第25話 頼もしい? 先輩登場
講義がない時間を利用して、俺は『現代カルチャー研究会』の部室を訪れていた。
漫画やゲームや何かの資料集やら映像ソフトやらで満載の棚が四方を囲んでいるせいか、少々狭く感じる部室だ。
みんな誰かしらと会話中だし、どう入っていこうかなぁ、この部屋のモノは好きに手に取っていいという許可は出ているけれど、一人だけ会話しないで漫画なんか読んでいたら浮きやしないだろうか……。新歓コンパで隣席になった、あの親切な先輩もまだ来ていないみたいだし……。
などと不安に思っていた時だ。
「君、石動の知り合いなんだよね?」
女の人に声を掛けられた。
部室の隅でパイプ椅子に腰掛けていて、誰かと会話しているわけでもないのに浮いている感じがしない、強者のオーラがある人だった。
慣れている雰囲気を出しているあたり、先輩なのかもしれない。
何より気になったのは、石動の名前が出てきたことである。
「そうですけど……」
キョドりながら答えたせいで恥ずかしくなった。
「どうしてわかるんですか?」
誤魔化しついでに訊ねてみる。
「さっきまで石動がここにいてさ、一緒に話してたんだけど」
先輩が言った。
石動と会いたくて部室にやってきたわけではないけれど、どうやら入れ違いになってしまったらしい。
石動と俺の時間割は、そもそも学部が違うこともあり、あまり被っていなかった。確実に会える時間帯は、講義が全部終わったあとだけだ。
で、そんな石動がどうしたというのだろうか?
「『そのうちここに
「あいつめ……」
俺は恥ずかしくなって、片手で顔を覆ってしまう。
お節介なオカンみたいなことするなよ。俺の母親でもそんなお節介なことしないぞ。
「まあほら、こっち座りなよ」
先輩がわざわざ予備のパイプ椅子を持ってきてくれた。
ありがとうございます、と軽く礼をして、俺はパイプ椅子に腰掛ける。
石動のせいで、先輩からの第一印象は情けなく映ってしまっていることだろう。
これは、俺が言うほど人見知りではないことを証明しないといけないのかもしれない。
「いや、別に話しかけようとして話せなくて困ってたわけじゃなくてですね」
俺は見栄を張る作戦に出た。
「いいからいいから。恥ずかしがるようなことじゃないでしょ」
先輩は特に気にしていない風で微笑む。少なくとも、みっともないヤツと思われてはいないようで安心した。どこか微笑ましいものを見る視線を向けてくれる。
「あたし、
先輩は、そう名乗った。
「ちなみに女子ね」
「見ればわかりますよ」
不思議なところがある人なのかな、なんて思いながら、越塚文斗です、と俺も改めて名乗り返した。
オタク系サークルの所属とは思えないくらい華やかな先輩だった。
肩を越す程度の黒い髪に、緑色のインナーカラーが入っている。
猫のような瞳をしていて、肌は白い。上背はあまりなさそうで、手足は細かった。水色をベースにゴテゴテしたデコレーションがなされているネイルは、それ不便じゃないですかトイレの時とか、などと不躾なことを訊いてしまいたくなるくらい目立っていた。
ジャケットとスカートは黒で、中に白いTシャツを着ていた。足元は赤いブーツだ。腕や指のアクセサリーも相まって、パンキッシュなスタイルだった。
「あ、そうだ。越塚って、石動と付き合ってるの?」
唐突なブッコミ質問を食らってしまう。
初対面で不躾にも思えなくないのだが、そう思わせない何かがこの先輩にはあった。
「石動は友達ですよ。どうしてそうなるんですか?」
石動は、いったいこの先輩にどんな話を?
「そうかなー? 石動からあんたの話聞いてると、あーこれ付き合ってんなって思えることばかりだったんだけど?」
先輩から詰められてしまう。
まあ、傍から見れば勘違いしそうだよな。
「石動とは、小学校と中学校が同じだったんです。幼馴染みたいなもので」
九重先輩に、石動と長く友達付き合いをしてきたことを説明する。石動が、同性とカウントできるくらい付き合いやすかったことは、ややこしくなりそうだから避けたけれど。
「ふーん、家族同士も顔見知りなのに『友達』ね。まあそういうことにしておいてあげよう」
九重先輩は俺の言い分を信じてくれていない感じだった。
「俺は1年生なんですけど、九重先輩は?」
石動との仲は説明すればするほどややこしくなりそうだし、余計に突っ込まれそうだったので、さっさと話題を変えてしまおう。
「あたしは4年生だよ」
緑色の毛先をねじねじいじりながら、九重先輩が答える。
「単位も内定も取っちゃって、向こう1年間ヒマしてる学生ニート」
学生なのにニートという、何だか矛盾していることを言い始めたが、既に大学生活でするべきことをこなしてしまっているあたり、優秀に違いない。
「エリートじゃないですか」
無事に卒業できるのか、そして就職までこぎつけることはできるのか、1年生ながら色々不安のある俺からすれば、王手直前で余裕綽々に構えているような九重先輩が眩しく見えた。
「まあ卒論はまだなんだけどね。今は色々取材中」
先輩は自嘲してみせるのだが、この調子だと完成の目処は立っていそうだ。
「でも、ヒマしてんのは本当だし、なんかあったら色々訊いて」
任せろ、とばかりに胸を叩く先輩。ドン、とよく響く。胸部のことはあえて触れない方がいいだろう。
いざ話してみると、基本人見知りな俺でも接しやすい先輩だとわかった。今後、大学生活で不安になった時は頼ってみるのもアリかもしれない。問題は、先輩は4年生だから今年一年しか頼れないということだけど。
「ありがとうございます。先輩って派手な感じで、俺みたいなのは警戒しちゃうんですけど、思ったよりずっと話しやすいですね」
俺は言った。何だかさらっと本心を言えたような気がする。
「派手ってほどでもないと思うけどね」
先輩は、自らの毛先を指差す。
「これなんか、今めっちゃ観てるアニメのキャラの髪色が超可愛くてさ、マネしてるだけだから。軽いコスプレ感覚だよ」
「先輩、オタクなんですか?」
「オタクだからここにいるんでしょ」
当然でしょうが、って顔をしている。
まあ、男子と比べると女子は趣味と外見が直結しない傾向にあるというのは聞いたことがある。だから九重先輩も、自分で言うようにオタクなのだろう。
「ところで、越塚はレトロなゲームのオタクなんだよね?」
「オタクってほど詳しくはないと思いますけど」
俺はレトロゲーム好きだけれど、特別知識が深いわけではない。
「でも、同年代の普通の人たちよりは詳しい気はします」
これまで出会ってきたクラスメイトは、ソシャゲや最新機器のゲームの話はできても、自分が生まれる前のゲームについて語れる人間はいなかった。そのせいでゲームの話になると俺だけ輪の中に入っていけない事態が多々発生したのだが、昔の話だ。トラウマをえぐるのは止そう。
「それなら、昔のソフトいっぱい扱ってるお店教えてあげるよ。今度ヒマな時に石動と一緒に行ってきな」
「石動と?」
まあレトロゲーで喜びそうな人間の心当たりなんて石動くらいしかいないけれど。
「デートにお誘いをするいい口実になるでしょ」
「だから、石動とは、ただの友達なんですよ」
「そうかな? 友達だと思ってるのは越塚だけじゃないの? あれ、越塚のこと好きだよ。越塚の話をしている時の石動、めっちゃ目をキラキラさせてたから」
「石動の目は元々綺麗です」
石動の瞳は、ブラウンの色合いが強くて、日が当たりやすい場所にいるといっそう澄んで見えるから。
「おっと、惚気けか?」
「ただの身体的特徴を述べただけですよ!」
声が大きくなってしまう。
九重先輩は話しやすいせいか、思ってもみなかったことまでポロッと口から出てしまう。危ない危ない。誤解を招くようなことを言わないように気をつけないと。
「そっか。あたしは異性の幼馴染なんていたことないから、傍から見てるだけじゃわからないこともあるのかもな」
九重先輩が言った。あえて引き下がってくれたのだろう。
何だか先輩に気を遣わせてばかりだ。
「先輩、ありがとうございます。今度石動と一緒に行ってみますよ」
石動と一緒に出かけること自体に抵抗はなかった。
石動だって、昔俺と一緒にやっていた影響でレトロゲーに興味はあるだろうから、連れて行ったら喜んでくれるかもしれないし、いい情報を得たことは間違いない。
「そっかそっか。そうしろよな」
正式入会後に初めて訪れる部室だったから、不安も多少あったけれど、九重先輩のおかげで今後もやっていける見通しが立つのだった。
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