第24話 幼馴染の彼氏

 ゴールデンウィークの存在を意識しつつある、とある日の平日。


 学食のフードコートのカウンター席に一人で座っていたのだが。


「越塚」


 俺を呼ぶ声に振り向くと、加嶋がいた。

 相変わらず誰からも好かれそうな、爽やかで清潔感のある見た目である。


「どうも……」


 加嶋と会うのは、前回石動と一緒にここで鉢合わせて以来だ。


「隣いいかな?」


 ちょうど俺の隣の席が空いていた。

 まさか、ダメ、というわけにもいかず、俺は隣に幼馴染の彼氏がいる状況に追い込まれる。


 加嶋はこれから昼食にするつもりなのか、トレイを手にしていた。オーソドックスな和食揃いの定食セットが、そこにはあった。


「越塚、大学生活はどう? もう慣れた?」


 割り箸を割りながら、加嶋が言った。


 まるで先輩みたいな物言いだ。加嶋からはいい意味で新入生らしさを感じないから違和感がない。

 服に着られている感がある俺のような新入生と違って、加嶋は大学生ファッションを自分のものにしていた。入学前から私服で遊びに行く機会がたくさんあったのだろう。


「とりあえずは、それなりに無難にやってるけど」


 安価で済ませることができるカレーを食べながら、俺は答えた。


「そっか。サークルは?」

「『現代カルチャー研究会』ってとこに入ったよ」


 オタクっぽいって思われたらどうしよう、なんて心配をしたせいで、声が小さくなってしまう。


「越塚って、昔のゲームが好きなの?」


 どうして知ってるんだ? まさか同志? と思いかけたのだが、そういえば石動も掛け持ちで入っているサークルだ。彼女なのだから当然情報は仕入れているはず。


「昔のゲーム機が家にあった縁で」


 俺は、触り程度のエピソードで、レトロゲーム好きになった経緯を話す。もちろん、両親の離婚云々などという面倒なエピソードは省いた。


 さほど関わりがない相手に自分のことを話すのは苦手だったけれど、それ以上に沈黙の時間が増えることを、俺は嫌っていた。


 説明が下手なタイプとは思っていなかったのだが、加嶋相手に緊張しているのか、それとも省くべきエピソードに気をつけていたせいか、時折まごついてしまった。


 それでも加嶋は急かすことも、途中で割り込むこともせず、俺の話を聞いてくれた。

 こいつ、意外と聞き上手だな。


「そういうこだわりがあるの、いいよな。オレはたまにスマホでやるくらいだから」

「へえ、どういうのやるの?」


 ソシャゲかな? それなら俺も多少は話せる。


「サッカーとか野球とか、対戦できるゲームばっかだよ」


 なるほど。友達とのコミュニケーションツールとしてゲームをしているタイプか。高校時代、ファミレスとかで友達と集まってワイワイやっていたのだろう。


 その中に、石動はいたのだろうか?

 

 いや、加嶋みたいな卒のないタイプなら、友達と遊ぶ時間と、彼女と過ごす時間は上手く配分しそうだ。


「……そういえば、加嶋は、どこかサークル入ったの?」


 加嶋というより、石動のことが頭に浮かんで、そんなことを訊ねてみる。


 石動は掛け持ちで俺と同じサークルに入っているけれど、他にどのサークルに入っているのか知らなかった。おそらく加嶋と同じところなのでは、と見当をつけていた。


「オレか? オレは法律研究のサークルに入ってて。法学部だからさ、せっかくだからそっち方面を掘り下げようと思ったんだ」


 これは意外だった。


 加嶋のことだから、チャラいサークルに入っているかと思ったのに。

 講義以外でも勉強のためのサークルに入るなんて、真面目そのものじゃないか。


「それと、フットサルのサークル。掛け持ちで入ってる」

「いかにもって感じだ」

「オレ、どういうイメージ?」


 加嶋が笑う。


 なんとなく、一仕事やってのけたような気になった。

 マズい。陰キャの陽キャに対する卑屈さが出てしまっている。


「その2つ?」


 俺は訊ねた。


「そうだな。あとはバイトもするつもりだから、サークルは2つでいいかなって」


 バイト……そうか。俺はまだバイトをする予定すら立てていなかった。うちは決して裕福ではないから、小遣いを得るには働かないといけないんだよな。


 加嶋が入っている2つのサークルのうち、石動がどちらかに所属しているということはわかった。

 石動のキャラから考えて、フットサルサークルかもしれない。


 先日バスケ対決をした時、運動能力は全然衰えていなかったから、スポーツ系のサークルを選んでいたっておかしくはない。少なくとも、法律の勉強をしているよりずっとしっくりくる。確か石動は、経済学部だったはずだから、法律の勉強を特訓したって旨味はないし。


 石動とバスケをした夜のことを思い出して、また邪念が頭をよぎった。


 あの日以来、俺はたびたび石動と体がぶつかってしまった時の感触を思い出してしまい、モヤモヤするハメになってしまっている。


 俺と石動は、そういう即物的なものとは無縁な、純粋な友情の関係で繋がっているわけで、異性に向ける感情を持ち込みたくないのである。


 その辺の感情を正当化しようとするあまり、最近では講義も身に入らないでいる始末だ。


「いいな、越塚は。昔の蒼生のこと知ってて」


 加嶋が言う。


 まるで俺の心を読んだかのようなタイミングである。


「加嶋は、知らないの?」

「なんかめっちゃ活発だったって話は、蒼生から聞くんだけどな」


 嫌味や当てつけで言っている感じはしない。


「詳しくは教えてくれないんだよな」


 そんな加嶋の答えに、俺は首を傾げそうになる。


 石動がどうして彼氏に昔のことをあまり教えないのか、わからなかった。


「一応聞くけど、石動が中学生だった頃の武勇伝は本人から聞かされてる?」

「越塚ほど詳しいかわからないけど、女子の校内記録を全部塗り替えたりだとか、バレンタインでは女子からチョコもらいすぎてバレンタイン禁止の校則ができたりだとか。それと、中学の時はスカートじゃなくてスラックスを穿いてたとか、その辺は」

「なるほど」


 それらは、石動蒼生の『代表作』みたいなものだ。


 その辺のエピソードを話しているのなら、秘密にしているわけでもないらしい。


 そうなると加嶋が羨ましがっているのは、俺が幼馴染として、話すまでもないくだらないことまで知っているからだろうか?


「まあいいや、この辺のことは、越塚に敵う気がしないから。教えてもらっても羨ましくなるだけだな」


 よくわからない敗北宣言を出して、加嶋の視線はフードコートの奥へと向かう。


「ところで越塚は、ああいうグループと」


 加嶋が指さした方向には、ロングスカートが似合いそうなお嬢様っぽい女子が、ノートとテキストを広げて何やら話し合っていた。


「あっちのグループ。どっちの方が付き合いやすい?」


 その別の方向には、運動部所属であろう、大学名が入った揃いのジャージを着た活発そうな女子の集団がテーブルを囲んでいた。


 なんとまあ、俺に女の話を振ってくるとは。


 これはボーイズトークが始まってしまう流れか?

 苦手なんだよなぁ。どういう子が好み、みたいなマイルドな話で止まってくれるならいいんだけど。


 これまで加嶋は、嫌に感じるような発言はしてきていない。

 ちょっと信じてみるか、とばかりに俺は加嶋の話に乗っかることにする。


「……上手くブレンドさせることはできない?」


 加嶋が挙げた2つの例は、俺にはどちらも極端に思えた。


「そうきたか」


 加嶋が笑う。そのまま清涼飲料水のCMに出てもおかしくないくらい爽やかに決まっていた。


「実はオレも、例にするには極端かなって思ったんだ。ちょうど見事にはっきりとジャンルに別れて座ってるのが面白くてな」


 加嶋は微笑みながら、悪い悪い、と謝ってくる。


「でも、どちらかというと、オレは女の子っぽい女の子の方が好きかな」


 そう加嶋は言いかけて、こちらを向く。


「って、今どきこんなこと言うの、なんか古臭い男っぽく思われるかな?」


 後頭部をかきながら、はにかんでみせる加嶋。


「いや、いいんじゃない? 誰にだって好みはあるだろうし」


 相手にそれを強要するようだったら色々と揉め事になるだろうけれど、加嶋のようなタイプなら上手くやるのだろう。


 余裕を見せつつも、俺は石動のことを考えていた。


 再会したあとの石動は、別人では? と思えるくらい清楚系女子アナスタイルな女性っぽい感じになっていた。


 あれは、石動が高校生になって内なる女子に目覚めた結果なのか。


 それとも、彼氏の加嶋の好みに合わせた結果なのか。


 石動に直接訊くでもしない限り、答えなんてわかりはしない。


 ただ……今の石動は、俺が知っている頃のボーイッシュなスタイルに戻ってきているわけで、もし加嶋の好みに合わせて女子っぽい感じになっていたのだとしたら、加嶋との間に何らかの不和が生じている可能性がゼロではないわけだ。


 幼馴染とはいえ、恋人同士の人間関係に首を突っ込めるほどの恋愛経験を持たない俺には、介入する選択肢なんて初めからないのだった。

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