第22話 幼馴染とボール遊び その2

 石動いするぎの方が実力は上とはいえ、相手はパンプス。こちらはスニーカーだ。機動力ならこちらが上。ちょこまかと動かなければいけないバスケの性質上、運動向きの靴を履いている方が有利に決まっている。


「へぇ、文斗あやと、本気じゃん!」


 石動の目つきが変わっていた。


 俺がよく知っている、勝ちに徹する負けず嫌いの勝負師の瞳だ。

 相手が男子だろうが関係なく打ち負かしてきたイケメン女子の本領発揮といったところか。


「そんな歩きにくそうな靴履いてるヤツに、俺は負けない!」


 俺は石動の前に立ちはだかる。


「靴くらいじゃ私のことは止められないよ!」


 石動のドリブルスピードが増した。


「知ってるか? 俺が履いてるこの白い靴は……エ◯フォースワンっていって、元々バスケ用の靴だったんだぞ!」

「そうなんだ! 私も持ってるけど知らなかった! 白で定番だからコーデの使いまわし効いて便利なんだよね! 文斗もファッションに気を使えるようになったじゃん!」

「違う! 入学前に母さんが勝手に買ってきた!」


 母さんはおばさんのわりにやたらと情報感度が高く、おしゃれに無頓着な俺にコイツを押し付けてきたのだ。


 ドリブルをしながら重心を左右に動かして俺を抜きに掛かる石動を相手に、俺は必死で食らいつこうとする。


 俺が思っていたよりもずっと、石動は機敏に動いた。

 重心を右に傾けた石動に気を取られているうちに、鋭いドリブルで逆を突かれた俺は、ゴール下への侵入を許してしまう。


「まだだ!」


 こんなに根性あったかなぁ、なんて疑問に思ってしまうくらい、勝負を投げ捨てる気持ちがなかった俺は、背後の石動へと諦めず向かっていく。


 けれど、気持ちに体がついてこなかった。


 ただでさえ受験勉強で鈍りきった体で、大学入学後も特にこれといった運動はしていなかったから、ディフェンスのための中腰姿勢を保っていただけでも疲労していたらしい。


 俺は自分の足に躓いて体勢を崩してしまう。


 そして石動も、レイアップシュートをやろうとしていたのか、地面に足が一本残った状態になっていて、不安定な体勢だった。


 俺の頭の中では、石動を巻き込むかたちで倒れ込んでしまう最悪のイメージが浮かんでいたのだが、石動は流石だった。


 どういう身体能力をしているのか、ジャンプの途中に体をぶつけられたというのに、上手くバランスを取って両足で着地し、ついでに俺を受け止めてみせたのだ。


 俺は石動に正面から抱きしめられるかたちで、転ぶことなく立っていた。


「文斗、だいじょうぶ?」


 石動の横を、てんてんと力なくボールが跳ねて、近くの草むらまで転がっていった。俺を抱きとめる時に放り出してしまったらしい。


「ああ、悪い……!」


 もちろん、いつまでも石動に抱きしめられているわけにもいかず、俺は体を離すのだが、石動の甘く爽やかな匂いが追いかけてきているようで、体は離れているのに未だぴったりと密着しているような気がしてならなかった。


「運動音痴なのに、無茶しすぎた……」

「そんなことないよ。けっこうよかったよ?」


 視線を合わせられなくなる俺に、石動は俺の両肩に手を当てて見上げてくる。


「怪我なくてよかったね」


 石動は、なんでもないように微笑みかけてくれる。


 石動と真正面からぴったりと密着する状態になっていた時、俺は強い違和感に襲われた。


 石動と体が接触したことは、昔から何度だってあった。


 部屋で隣り合ってゲームをしている時に熱中すると肩や腕がぶつかったり、漫画でお気に入りのシーンを見つけると俺にも見せるためか背後から覆いかぶさるようにして腕を伸ばしてきたり……。


 だから、石動と体が密着するほど近づこうが、なんともないはずだった。


 けれど、あの頃の石動は、こんなに体全体が、こう、柔らかかっただろうか?

 俺がよく知っているはずの石動が、石動じゃないみたいだった。


 深く考えれば、『同性の友人』以上のことを考えないといけなくなる。


 友人の気楽さを失い、彼氏持ちの幼馴染と夜の公園で密着していた後ろめたさがやってきて、石動を気の置けない友人だと思えなくなってしまいそうだ。


「でも、今のはナシね。ファウルだから。なんだっけ、ホールディングだったかな?」


 石動が言った。


 おかげで俺の意識はバスケ対決に戻り、多少は雑念から解放される。


「そうか……ファウルか」

「うん。ファウルだから私のフリースローね」

「そんなルールに厳密にやるんだ……」


 呆然としている間に、石動は2本のフリースローを見事なフォームで両方とも決めた。


「よっし、2つ!」


 目を細めて笑う石動は、両腕を突き上げてこちらと向き合ってくる。


 そんな天真爛漫な姿を前にすると、石動のことを眩しく感じてしまい、煩悩まみれの自分が恥ずかしくなりそうだった。


「そろそろ電車来そうだし、勝負は私の勝ちってことでいい?」

「いいよ……」


 もはやバスケ勝負どころではなく、俺は石動に完全に白旗を上げてしまうのだった。

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