第20話 俺を踏み台にして その2
観念した俺は、両手両膝を床に付ける。
「じゃあ乗るね~」
呑気な声が頭上から響く。この間延びした感じは、清楚系女子アナモードのものだ。
ふわふわした雰囲気になれば体重が軽くなるわけじゃないぞ。
そして、石動の足の裏の感触が俺の背中を侵食する。
「ぐえっ」
「うめくほど重くないじゃん!」
石動が抗議の声を上げる。
……いや、重いよ。石動は細身だけれど、たぶん胸の分だ。俺がひょろ長体型なせいも多分にありそうだ。
「いいから、早く漫画を置いちゃってくれ」
「はいはい。急かさなくても、今やってるよ」
だというのに、石動はやたらと時間を掛けてくる。
「石動~、もう持たないぞ……」
「わっ!」
石動の小さな悲鳴が聞こえる中、石動の重みにとうとう耐えられなくなった俺は、腕も脚も投げ出してうつ伏せに倒れてしまう。
「文斗~、大丈夫?」
「もっと心配してる声出してくれ……」
腹ばいにフットスタンプを食らった状況なわけで、このダメージは小さくない。
「ごめんごめん、ちょっと調子に乗っちゃった」
俺に肩を貸すような姿勢で助け起こしてくれる石動。
だが、そんな姿勢になったものだから、俺の胸部に石動の胸部が触れるかたちになる。
それはわかっているはずなのに、俺は目の前にある膨らみのことを考えないようにするためにひたすら『無』にならざるを得なくなった。
石動は大事な友達だ。俺と『同性』の、友達なんだ!
「お腹大丈夫?」
眉をハの字にした心配そうな顔で、石動は俺の腹部を撫でてくる。
この状況で下腹部近辺をさわさわされるのはどう考えてもマズい。
「大丈夫大丈夫、ありがとうよ」
俺は、なんでもないふりをしてさっさと立ち上がる。
「また同じ目に遭うのは嫌だから、一番上の段は俺がやるよ」
「そうだね、無理するのよくなかった」
最上段に腕を伸ばす俺の隣で、石動は手の届く段に本を並べ始める。
「久々に文斗と一緒にふざけたことできそうで、はしゃぎすぎちゃった」
視線を下げると、しゅんとした表情でしゃがみ込んでいる石動がいた。
「……まあ、気持ちはわかるから」
俺だって、幼馴染との再会は、嬉しくないわけがないのだ。
石動みたいな調子の乗り方はしないけど。
二人がかりなこともあって、ダンボール5箱分の本を並べ終えるのはすぐだった。始める前はあれだけ面倒に思えた作業も、二人がかりなら一瞬だ。
「こんなもんかな?」
並べ終わった本棚を見て、石動が言った。
「いいんじゃない?」
手伝ってもらっておいて文句を言う俺ではない。
俺は、用済みのダンボールを潰して平らにし、いつでも捨てられるように玄関の近くに立てかけておく。
「引っ越しって楽しそうだね。こうやって少しずつ自分の部屋にしていくんでしょ?」
「結構面倒だよ」
大掛かりなものは業者が運んでくれるのだが、小さなものは当然ながら自力でやるしかない。
俺は部屋のデザインにこだわるタイプではないのだが、実家の部屋から運んできたものを配置し直すだけでだいぶ体力が必要だった。俺でさえこれなのだから、インテリアにこだわりがある人間の引っ越し作業はもっと大変そうだ。
「でもなんか、新生活っぽい感じするよね。私はずっと実家だから、その辺の切り替えないんだよね。地続きのままっていうか」
通う学校が変わる、おまけに制服から私服になり、自由度も上がる。
それだけでも大きな変化に思えるのだが、地元を離れて一人暮らしをしている、という俺のことは、実家暮らしの石動からすれば、自分と比べて大きく違うように見えるのだろう。
「いっそ、文斗のとこに引っ越してきちゃおっかな。大学からも近いし」
「そっか。でも空いてる部屋がな……」
以前大家と鉢合わせした時、空き部屋はないようなことを言っていた。
「違う違う、別に部屋借りるんじゃなくて、文斗の部屋をシェアしてもらおうとしたの」
「なぜそんな突拍子もない提案を?」
「え? だって私が一緒だった方が楽しくない?」
決まってるでしょ、という顔で石動が言う。
「週末になるといつもお泊まり会やってた、昔みたいなことができるよ?」
確かに以前は、週末になるとどちらかの家によく泊まりに行っていた。
同じ部屋で夜通しゲームをしたり漫画を読んだり、石動が熱狂的に好んでいた特撮に付き合わされたり、どうでもいいような話で盛り上がったりしたことはいい思い出だ。
「それはそれで楽しそうだけど」
俺は言った。
「俺も石動も、もう大人だよ。昔と同じ感覚じゃ楽しめないって」
いくら俺が石動を『同性の友達』と思っていても、相手はもう彼氏持ちだ。
昔とは、状況が違う。
「でも、昔みたいな調子で一緒に遊びたい気持ちは、俺にだってあるから」
変な空気になりそうだったので、俺なりの本心を伝えておくことにする。
友人同士のルームシェアと考えれば、魅力的なのは確かではある。
夜通し話し合える友達がすぐ近くにいるのは、考えただけで楽しくなりそうだ。
「一緒に住むのは冗談だとしても、遊びたくなったらいつでも来ていいよ」
そう言っておくことにする。
「うん、行く!」
俺からよほど深刻な雰囲気が出ていたのか、少し肩が落ちていた石動の背筋が伸びる。
「ここを私の別荘にするつもりで、いっぱい来る……!」
「もっと家主を大事にしてくれないかな……」
図々しい石動だけれど、俺からすれば石動はとにかくエネルギーにあふれていた元気の象徴なので、これくらいジャイアニズムを発揮してくれていた方が調子が狂わずに済むのだった。
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