第17話 ボーイッシュ路線回帰の幼馴染

 俺と石動は、学食のフードコートへ来ていた。


 この時間は、講義に出席しないといけない学生も多い。昼休み中のピークと比べると、だいぶ座席に余裕があった。それでも周囲は賑やかな物音で満載なのだが。


 俺は、石動と丸テーブルを挟んで座っている。目の前には、フードコートの近くに入っているコンビニで購入したジュースがあった。


「――なんか、石動が石動になってるって気がした」


 とりあえずは、率直な感想を石動にぶつける。


「そうかなー。別にそこまで変化なくない? って思うんだけど」


 微笑む石動。


 この前俺の家でゲームをしていた石動が微笑むところも見ていたのだが、それと比べると同性ウケしそうなニュアンスがあるように見えた。


「いや全然違うでしょ。俺は石動がなんか中性的だった頃を知ってるけどさ」


 目の前にいる石動は、昔のイケメン女子路線だった石動蒼生とはまた違う感じだった。


 改めてよく観察してみると、こんな感じだ。

 蜜みたいな色の茶色がかった髪色は、石動の地毛だ。中学校の時は、教師から強制的に黒に染めさせられそうになったのだが、特別に許可をもらって事なきを得た過去がある。


 髪の長さは、前髪は眉のほんの少し下まで伸びていて、横は耳たぶが少し見えているくらいで(ピアスを付けているのが見えた)、後ろ髪は首を覆う程度の長さだった。

 このくらいの髪の長さだと、ちょっと髪の長い男子、と受け取られることもありそうだが、顔のパーツの丸っこくて柔和な感じや柔らかそうな肌艶や白い肌やふっくらとした唇が、石動を確実な女子たらしめていた。

 むしろ髪が短いおかげで、顔が隠れることなくはっきり見えていて、整った顔立ちがよりわかりやすくなっているように思えた。


 中学生時代までの石動は、もっと男子寄りだった。所作がもっと大雑把だった印象だ。だが今は、所作の一つ一つが、外側に開く、というより、内側に寄ってこじんまりとしている印象があった。


 なんかこう、ボーイッシュな中にも艶っぽさがある。

 清楚系女子アナスタイルだった頃とのハイブリッドといったところだろうか。


 喋り方も、中学時代までの女子より男子であることを意識したような感じではなく、再会後の石動に近い感じだし。あんまり同性受けしなそうな、間延びしたおっとり感がちょっとだけ消えた感じがする。


「……なんで急にまたそんな感じに?」


 石動も特に機嫌が悪そうな感じではないし、突っ込んだ質問をすることにした。


「簡単なことだよね」


 頬杖をついて、こちらへ向けた視線を離さない石動が口を開く。


「こっちの方が、私らしいかなって思ったんだ」


 石動は、吹っ切れたような表情をしていた。


「文斗だって、そう思うでしょ?」

「そりゃ俺は、そういう石動の方を見慣れてるから、自然には思えるけど」

「よかった。文斗から『なんか変~』って思われたら嫌だったから」


 変だとは思わないが、たった一日会わなかっただけで、突然の変化を目の当たりにしたものだから驚きはある。


 あとは、心配だ。


「まあ俺はそんな感じの石動を知ってるから別にいいんだけど、加嶋は戸惑ったんじゃない?」


 おそらく、加嶋はイケメン女子な頃の石動を知りはしないだろうから。

 清楚系女子アナスタイルが好みのど真ん中だったとしたら気の毒だ。


「あー、意味わかんないって感じだったね、なんか」

「ずいぶん他人事みたいに言うなぁ」


 やっぱりひと悶着あったのか。


 ただ、石動は特に問題があったような危機感を覚える表情をしていなかった。

 まあ、仮に俺が加嶋の立場だったら、いきなり髪をバッサリ切ってきたら混乱はするだろうな。


 かといって、それが理由で仲が悪くなるとは思えないから、一時的なものなのだろう。


「大丈夫大丈夫、文斗が心配しなくてもいいことだよ!」


 頬杖をつく石動が、なんでもないことだと告げるように軽く微笑む。


「髪切っただけなんだしさ、たいしたことなんてないから」


 そうだよな。およそ3年近く、好きで付き合っている相手なのだ。石動が何かしら徹底的に心変わりしたわけではないのだし、関係性が破綻したと考えるのは……もしかして俺の願望かと考えると恥ずかしすぎて退場したくなる。


「そっか、そうだよな」


 前向きに考えていこう。


 まだ始まったばかりの大学生活を、他人の事情ばかり考えるだけ考えて重たいものにするわけにはいかない。


「正直言って、俺としては今の石動の方がしっくりくるよ」


 清楚系女子アナ時代の石動は、どう扱っていいのかわからない時もあった。


「まあ、石動がまたそういうカッコしてくれて、俺はよかったと思う……かな」


 なんだか俺の好みを表明するみたいで気恥ずかしさがあって、石動と視線を合わせられなかった。


「そっか。よかったぁ」


 石動は、切ったばかりであろうはちみつ色の毛先をいじいじとさせた。

 気のせいか、今の俺と同じくらい頬を熱くさせていそうな顔に見える。


「文斗とまた会えた懐かしさで思い切ったことしてよかった」


 照れ顔(推定)のまま、にっこりと微笑みかけてくる石動。


 見慣れた髪の長さや髪色の幼馴染が再び俺の前に現れたことで、中学校生活の最後に、俺の家の前で別れた石動蒼生が帰ってきた気がした。


「せっかくまた会えたんだしさ、時間出来たらまた遊ぼうね」


 石動が言う。


「まあ、ヒマな時はな」


 だから俺も、調子のいい返事をしてしまう。


 昔と同じような姿の石動を前にすると、中学校時代までの楽しい時間が戻ってくるのではと期待して、無邪気な喜びに溢れそうになってしまう単純な俺だった。

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