第16話 清楚系女子アナスタイルの終わり

 週明け。


 月曜日は、昼休みのあとに待ち構えている3限目の講義を取っていなかった。

 昼休みを含めれば、4限目の講義までだいぶ時間が空くことを利用して、俺はとある場所へ向かっていた。


 うちの大学が誇るサークル棟だ。


 新歓コンパに参加した、『現代カルチャー研究会』の部室がそこにあるのだ。

 この日は、部室で入会希望票をもらって署名を済ませるつもりだった。それさえ終われば、俺は晴れてサークルの正会員である。


 サークル棟は、キャンパスの端に位置している。

 打ち込みのコンクリートで出来た、雑居ビル風の建物である。


 部室がある2階まで階段を昇り、『現代カルチャー研究会』の表札が掲げられた扉を確認し、ドアノブに手をかける。


 扉を少し開けた時点で、部室の中から歓声が聞こえた。


「失礼しまーす……」


 そう口にして入室するものの、部屋にいた数人の会員の関心は、俺に向かっていなかった。


 広いとは言い難い部室の中は、折りたたみの長いテーブルが中央を陣取り、その周りにパイプ椅子が並んでいて、そこに腰掛けている人たちはみんな部屋の奥にあるモニターに視線を集中させている。


 モニターの前では、パイプ椅子に座った2人の会員が並んでいる。


 画面の映像を見る限り、どうやら対戦格闘ゲームをプレイ中のようだった。


 このサークルは、レトロゲームを中心に取り扱って研究……という名目で遊ぶのがメインの活動だそうだ。新歓コンパで先輩から聞く限り、特にゲームに限定しているわけではなく、手広くオタクコンテンツに浸かっている自由なサークルらしい。


 ちょっと型落ちしたテレビ画面に映っているのは、ドット絵のキャラクターである。

 俺が持っているレトロなゲーム機よりもさらに古い世代のゲームに興じている。


 2人対戦だから、当然コントローラーを握っているのも2人だ。右側のパイプ椅子に腰掛けているのは黒髪で短髪の男子学生で、左側に腰掛けているのが、艶やかな蜜みたいな髪色をしたショートカットの女子学生だった。


 後ろ姿から判断すると、どちらも見覚えのない人である。2人とも先輩なのかもしれない。


 熱戦の邪魔をしてはいけない、と、俺はそろ~りと入室する。


 これ、みんな俺に気づくことなく終わって、入会希望書をもらえないまま4限目に突入しちゃうんじゃないだろうな。

 そんな心配をしているうちに。


 決着がついたようだ。

 どうやら、男子学生の方が勝利を収めたらしい。


「いやぁ、君、けっこう強いね」

「そうですか? 今回は私の完敗だと思いますけどー」


 女子学生の、苦笑する横顔が見える。

 口ぶりから察するに、女子は、男子学生より後輩らしい。


 女子学生の横の髪は顎先あたりまで伸びていて、後ろの髪は首を覆う程度の長さだった。整った顔立ちが凛とした印象を抱かせて、そのわりには気難しそうな感じがしないバランスに収まっている。


 初めて会ったはずなのに、どこかで見かけたような気がした。


 遠い思い出の中に……。

 いや待て。


 見覚えがあるなんてレベルじゃない。


 そいつは、テレビの前にある席から離れ、順番待ちをしていたらしいサークルの人間とバトンタッチをすると、跳ねるような足取りでこちらへ寄ってくる。


「あれ? 文斗も来てたんだ?」

「石動……だよな?」


 わかっていても、ついつい疑問形になってしまう。


「他の誰よ?」


 限りなく思い出の中の石動蒼生に近い女子は、何かに気づいたような顔をすると。


「文斗は、私以外に誰だと思ってるのかなぁ」


 再会した直後の、清楚系女子アナスタイルを彷彿とさせる間延びした声音を出しつつ、なんだかからかうような表情をしてくる。

 俺が一瞬、石動蒼生である、と確定させられなかったことを面白がっているみたいだ。


 こいつ……かつてイケメン女子として名高かった女子が清楚系女子アナに変貌したかと思ったら、今度はまたボーイッシュ路線に戻ってきやがった。


 その器用さには驚嘆するけれど、どうしても一言だけ言っておかないといけないことができた。


「あのさぁ石動……。いやまあ、ちょっと来い」


 こいつは、どうしてこう、極端から極端へ触れるのか。


 入学直後のスタイルから急に変わったら、加嶋や友達から違和感を持たれたって仕方がない。石動は良くても、相手側がついていけないだろうに。


 純粋に石動の今後を心配する幼馴染として、じっくり言いたいことや訊きたいことがあって、場所を変えたかった。


「いいけど。でも文斗も入会してからの方がいいんじゃない? 紙なら会長さんが持ってるよ?」

「その言い草だと、石動もここに入会を?」

「うん。掛け持ちだけど」


 サークルの規則では、掛け持ちも可能ということになっているから、石動のやり方には何の問題もない。


 どうやら石動の中では、まだレトロゲームに対する情熱や興味が残っていたらしい。


 ひょっとしたら、先日の俺との一件が石動に火を点けたのかもしれない。再会直後の石動は、腕前がなまっていたことからもわかるように、特にレトロゲームに情熱を注いではいなかったみたいだから。


「わかった。すぐ書いてくるから、外で待ってて」

「うん。待ってる~」


 石動が退室するのと同時に、俺はちょうどその場にいた会長に声を掛けることにしたのだった。

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