第15話 浮かれ始め

 昼になる。

 俺は石動を送るために、駅まで同行していた。


「またねぇ」


 こちらに手を振りながら改札を抜けていく石動。


 結局石動は、俺から借りた服装のまま自宅へ帰ることにしたようだ。

 洗濯した後、後日俺のところまで持ってきてくれるそうである。


「……近いうちにまた関わることになってことか」


 石動の姿が見えなくなってから、俺はぽつりと呟いてしまう。


 石動との関わりがこれっきりで終わりにならないのは、連絡先を交換した時点でわかっていた。


 安アパートへ戻る俺の足元がふわふわしていた。

 ここ1ヶ月近くで見慣れていたはずの景色が、今日初めて目にするような新鮮なものとして映るのは、俺が決して浮かれているからではないはずだ。


 アパートの階段を上がりながら、俺は今朝のことを思い出してしまう。


 俺は石動のために歯ブラシを買いに出かけた。

 使い捨ての安物を選ぶことだってできたのだが、結局俺が選んだのはドラッグストアで購入したちゃんとしたものだった。


 その歯ブラシは今、洗面台代わりにしている台所で、俺の歯ブラシの隣にコップに入って並んでいる。


「違う、これは友達用の! 友達が遊びに泊まりに来た時を想定して置いてるの!」


 外を出歩いている住人がいないのをいいことに、俺は独り言を言う。


『異性』が、また泊まりに来ることを期待してのものじゃない。

 石動蒼生という『同性の友達』が、また大失態をして泊まるような事態になった時のために用意しておくことにしただけだ。


「まあ、俺と石動じゃあまた単なるゲーム合宿みたいになるだけで、色っぽいイベントなんて起こりようがないんだけど」


 石動と再会した直後なら、ひょっとしたらそんな想像もしてしまっていたかもしれない。

 けれど、石動と一晩過ごす中で、石動も久々に再会した俺に対する警戒心がなくなったのか、俺がよく知る姿の片鱗を見せてくれた。


 石動の側としても、俺に望んでいるのは、『同性の友達』であることだ。


 その信頼を裏切るようなことをしてはいけない。


「勘違いしないように気をつけないと」


 大事なゲーム仲間を失いたくはないしな。


 俺は、残る一日と半分の休日をどう過ごすかという楽しい想像に気持ちを傾けながら、自宅の扉の鍵を開けるのだった。

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