第14話 ガッツリいける相手

 俺のアパートがある最寄り駅の周りは、やたらと飲食店が充実していた。


 俺と石動は、そんな駅前の牛丼チェーン店にいて、カウンター席で隣同士に座っている。


 一応女子な石動を連れてくるには色気に欠ける選択をしたように思えるかもしれないが、これは石動自身のリクエストによるものだ。


「石動も牛丼とか食うんだな」


 ひょっとしたら、一人暮らしな俺の懐事情に気を遣って安く済むとこにしてくれたのかな、と考えていた。


「文斗の私のイメージってどんななの? べつにセレブなものとか食べてないしー」


 石動に苦笑されてしまう。


 今のイメージに引っ張られてしまったが、石動の言う通りだ。


 昔、俺や石動の家で遊んでいた時は平気でスナック菓子を食べていたし、親同士一緒になってファミレスへ外食に行った時も、ラーメンとかハンバーグとかカレーとか、小学生男子が好きそうなものばかり口にしていたのだから。


 そんな石動が結局選んだ服は、ネルシャツにTシャツにデニムという、俺が着ればオールドスクールなオタクファッションをしているヤツ扱いされそうな格好だった。


 だが石動が着ていると、この格好のままショート動画でも撮影してアップロードすればファッション界のインフルエンサーになれそうなくらいサマになっていた。


 なんだろうこれ。シャツがオーバーサイズ気味で、肩甲骨のあたりが少し見えるくらい緩めに着ているサイズ感がこなれた感じを見せているからだろうか? それとも単純に顔か? スタイルか? わからん。


「でも、考えてみれば外でこういうの食べるの久しぶりかも。あ、先食べちゃっていい?」


 運ばれてきた牛丼に目を輝かせる石動を相手に、『俺のが来るまで待ってろ』なんて言えない。俺が『いいよ』と答えると、とてもご機嫌な石動は両手を合わせて『いただきます』と唱える。


「3年ぶりの牛丼だよぉ」

「結構食ってないな、それ」

「だからすっごく楽しみにしてたんだよね」


 石動は至って上機嫌で、薄切り肉に箸を伸ばす。

 石動に次いで、俺の分もやってきたので、石動に釣られるかたちで『いただきます』と言ってしまった。普段の俺はこんな行儀よくないからね。


「久々の味はどうだ?」


 隣に視線を向けると、石動は丼を抱え込んで豪快に飯をかき込んでいた。


「なに?」


 むぐむぐ言いながら答える石動を前にして、味の感想を求めるのは野暮と感じる。


「いや、満足してくれたなら嬉しいよ」

「うーん、満足といえば満足だけど……」


 石動は空になった丼をカウンターに置いた。


 その時響いたコトリ……とした乾いた音が、何とも寂しげに聞こえてしまう。

 これ、まだ全然物足りなさそうだ。


「石動。追加のもう一杯、行っちゃう?」


 試しにそう訊ねてみる。


 石動が注文したのは並盛りだ。きっと、一人暮らしで金を持っていない俺に遠慮したのだろう。ここの牛丼は並盛りだとそう量が多くはないから、石動には足りなかったのかもしれない。女子とはいえ、石動だから。中学生の頃は食べ盛りの男子運動部員並の食欲を誇っていた覚えがある。


「いいの?」

「遠慮するな。これも久々に再会した縁だよ」


 すると石動は近くにあった券売機に視線を移し。


「ほんとのほんとにいいの?」

「いいよ。俺の気が変わらないうちに頼んでこい」


 財布から千円札をぴらっと引っ張り出し、石動に押し付ける。


 俺はまだバイトも見つけておらず、親の仕送りで暮らしているから無駄遣いはできないのだが、大学に入ってから消費されることを想定していた遊興費が一切目減りしていないので、ここで使うことにした。


 ゼミの活動も本格化して、サークルにも入会を決めたことだし、そろそろぼっち生活ともおさらばだ。今後は石動のためにホイホイ奢るようなことはできなくなるだろう。幼馴染との再会記念という意味でも、今回ばかりは大盤振る舞いしたって今後の生活に支障はでないはず。


「文斗太っ腹すぎるよぉ」


 1000円札を丁重に手のひらで受け取った石動は、そのまま恭しい所作で券売機まで向かう。


「買ってきたよ!」


 ニッコニコの石動は、俺の肩を支点にしてグルンと回転するようにして席へ戻る。


「すみませーん、お願いしまーす」


 などと元気な調子で、店員に食券を手渡した石動の元へ置かれたのは。


 牛丼特盛だった。


 並盛りはオードブルってわけかよ。

 ……これはちょっと想定外だったかな、と、俺は想像以上の石動の食欲に驚愕するのだった。

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