第12話 幼馴染と一戦交えたあとの朝 その1

 ノンアルコールビールで酔っ払った石動を介抱するつもりが、結局は過酷なゲーム勝負になってしまった翌日。


 朝の爽やかでひんやりとした空気が、俺が住む安アパートを満たしている。日当たりがいいことは、このアパートの数少ないメリットだ。


 今日は休日で、いつものように大学へ通学するために慌ただしく準備を始める必要もないので、ゆったりとした時間が流れている。


「……いつもなら、素直に休日万歳ってところだったんだけど」


 部屋の隅。押し入れ側に目を向ける。


「まだ起きないか」


 そこには、布団にくるまってイモムシになっている物体が転がっていた。


「起きろ、石動」


 そいつに足を乗せて、俺は言った。


「なぁ~にぃ~」


 半分寝ている声が戻ってくる。


 石動は布団で全身を隠したまま、腕だけ伸ばし、布団の側で充電中のスマホを手に取る。


「まだ8時じゃん~」


 お休みなのに~、とかボヤキながら、腕を布団に引っ込めて二度寝に入ろうとする。長い黒髪だけ布団をはみ出していて、昆虫の足みたくなってしまっていた。


「もう8時だ。俺の一日は早朝から始まるんだよ。いつまでも俺の部屋を好き勝手使うんじゃないよ」


 石動の傍らにしゃがんだ俺は、掛け布団と同化した石動をぽふぽふと叩く。

 だが、布団から這い出てくる気配はない。


「どうしたもんか……」


 結局石動は、俺のアパートで一晩を過ごしてしまった。


 昨日の晩。俺に勝利した石動は、終わりよければすべてよし、とばかりに上機嫌のまま帰宅……することはなく。


『今ならどんなゲームしたって文斗に勝てる! ほら文斗、まだいっぱいゲームあるんだし、どんなソフトで挑んできてくれたっていいんだよ?』


 そんな石動の呼びかけにより。

 あのあと、めちゃくちゃゲームした。


 1回勝った程度で調子に乗りまくり、何故かチャンピオン目線な石動の挑発に乗ってしまったかたちだ。


 家主として、さっさと石動を家に帰すべきだったのに……。


 それなのに、久々に石動と一対一で向き合ったレトロなゲームは、想像以上の盛り上がりを見せ、気づいたら終電の時刻を過ぎてしまっていた。


 悔しいが、石動と昔みたいに遊ぶのは、時間を忘れるくらい面白かった。


 大学入学後、ほぼぼっちな状態で過ごし続けてきただけに、人との交流に飢えていたのだろう。


 一応、石動には実家の母親に連絡させている。


 深夜に送ったメッセージだから、事後報告みたいな感じになってしまっていて、どんな返事が来たかまだ聞いていない。石動が母親に怒られないか心配だ。


「おばさんから返信来てるか確かめてくれよ」

「明日のニチアサの時間に、文斗の前でやってげるよぉ……」

「そっちの『変身』じゃねえよ」


 ていうか石動、まだ特撮を観る習慣があったのか。


 石動は中性的な容姿や振る舞いにとどまらず、趣味趣向も男子っぽくて、俺が小学校3年生くらいで卒業した特撮番組を中学生になっても観続けていた。まあ、石動に付き合わされたせいで、卒業したはずの俺もそれなりの知識があるのだが。


 あと、まさかとは思うが、それは今日も泊まるよ宣言じゃないだろうな。


「いいから。おばさんが心配してたらどうする」


 成人し、大学生になったからといって、実家ぐらしの身なのだから同居人にはちゃんと一言入れておいた方がいい。


「はいはい……」


 未だ掛け布団から顔を出そうとしない石動が、スマホだけ布団の中へ引きずり込む。


「文斗の言う通り、ママから返信来てるよ」

「心配してたり、怒ってたりした?」


 どうも俺の方が石動の家庭を心配している気がする。


「別にしてないよ。ていうか、うちのママ、私がどうこうより文斗にめっちゃ食いついてるけど?」

「なんで?」

「うちって一人っ子だったから、文斗を私の弟みたいに思ってたところあるからじゃない?」


 家族ぐるみの付き合いをしていたから、石動の母親も俺を息子のように思ってくれているのだろう。

 それはありがたいのだが、だとすると俺は石動の「弟」ではなく「兄」だ。そこは譲れない。


「今度うちにおいで、だってさ」

「……機会があったらな」


 俺だって石動の母親に対して第二の母親みたいな親しみを持っているけれど、今の石動には加嶋がいるわけで、俺みたいなのがホイホイ実家にお邪魔したら面倒事が起きそうだ。


「石動、お腹減ってない?」

「減ってる~」


 よし、食いついてきた。


「どこか外に食べに行こう。おごるから。ここは駅前に近いから、食事するところには事欠かないんだ」


 さっさと朝食を食わせて家に帰す。そのためには、朝食代を余分に払うことになるのも辞さない構えだった。


「いいね、それ」


 にゅっ、と掛け布団から顔を出す石動。タダメシを食える嬉しさからか、みっともなくヘラヘラ笑っている。清楚が行方不明だ。俺からすれば、こういう自然体の方が石動らしいんだけど。


「文斗のおごりってところがすごくいい」

「意地汚いな……」


 まあでも、こういう正直な石動でいてくれた方が居心地はいい。清楚系女子アナの石動は、俺からすれば別人みたいだから。

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