第11話 レトロゲーム大会(参加者2名) その3

「……動きにくいこの服が悪いんだ」

「石動、何を――」


 あろうことか石動は、ロングのスカートをいきなりたくし上げた。


 膝上15センチくらいの位置まで大胆にめくり上げて日焼けとは無縁な白い腿を見せたと思ったら、あぐらをかくかたちでその場に座り直す。


「変な座り方したせいで、本気出せなかったんだ」


 見上げてくる石動。


 確かに、石動はこれまで正座をするか、脚を横に崩して座るかで、豪快にあぐらをかいてはいなかったけれど……。でもそれ以上の実力差があったような。


「文斗、もう1回、やろ? これで最後だから」


 鬼気迫る表情の石動。


 ふんわり清楚系女子アナな雰囲気など微塵もなく、獲物を食らいつくそうとする獅子のごとき圧力を放ってくる。


「わかったよ……でも、これ1回終わったら帰ろうな?」


 石動に同意することしかできなかった。

 こうなった石動を止めることはできない。

 そういえば、昔からこういうところがあった。


 凛としていて公明正大である、とクラスメイトは石動を評価していたのだが、俺の前になるとこういう無茶を言い始める時があったのだ。


 その気質は、どうやら高校の3年間では治らなかったみたいだ。


「ほら文斗、座りなよ。本当の戦いっていうのを教えてあげちゃうから」

「石動さぁ、気のせいかもだけど、なんか声低くなってない?」

「それだけ気合入ってるってことだよぉ……」

「まあ、石動がそう言うならいいけど……」


 目下のところ気にしないといけないのは、石動の声なんぞではなく、目の前の勝負だ。


 石動のことだ。中途半端に手を抜けば見破られ、打ち負かした時よりも厄介な目に遭うことは目に見えている。


「俺も本気で行くから」


 だから俺は、忖度なしで石動とぶつかり合うことを選んだ。


 そして、石動による泣きの一本勝負を終えた時。


 画面の向こうで勝ち名乗りを上げたのは、石動が操作していたキャラクターだった。


「勝った……!」


 うつむく石動は両手を握りしめていて、それはふるふる震えていた。


「文斗に勝った!」


 とうとう石動は飛び上がって喜んでしまう。


「勝った勝った!」


 その場で何度もジャンプをする。


 なんという跳躍力だろう。まるで全身がバネになっているようだ。やたらと女の子っぽくなっても、中学で数々の校内新記録を打ち立てた運動能力は錆びつくことなく健在らしい。


「……悪いが石動、ジャンプはやめてくれ。ここ古い建物だから」


 ここは安アパートだから、音が響きやすいのだ。このアパートの管理人は俺の母親と知り合いだ。母親のメンツを保つためにもあまり迷惑は掛けられない。


「文斗ったら、負け惜しみにいじわるなんか言って!」


 ぷふっ、と石動に笑われてしまう。


「悔しいなら素直に悔しいって言った方がいいよ?」


 調子に乗っていることこの上ないな。1回勝っただけでしょうが。いくら実力差があったって、10回やれば1回や2回運悪く負けてしまうことだってある。


 だが、不思議なことだけれど。


 そんな石動の姿を目の当たりにして、妙な感動を覚えていた。


 大学でまさかの再会を果たしてからの石動は、清楚系女子アナ化していて、昔からは考えられないくらい女の子っぽくなっていて、記憶の中の石動と一致せず、彼女の一挙手一投足に戸惑いを覚えてばかりだった。


 けれど今目の前で、無邪気に喜ぶ石動の姿は。

 俺がよく知っている、異性というよりは『同性の友達』に近いくらい心地よく接することができる、イケメン女子な頃の石動蒼生そのものだった。


「ああ、そうだ、悔しいよ。完敗だ」


 そんな石動を前にして、これまでにないくらい安心を覚えている自分のことが、素直に悔しかったのだった。

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