第10話 レトロゲーム大会(参加者2名) その2

 いや違う。思い出した。

 石動は勝負事になると、わりとみっともないことでも平気で言い出すヤツだった。


 友達グループで遊んでいる時はそうでもないのだが、何故か俺と遊ぶ時だけこうなるんだよな。それも小学生の時の話だけれど。流石に中学生になってからは、多少落ち着いた。


 今のうちの牽制しておくか。


「次負けても、『これ3本勝負だから! 1本取っただけで勝った気にならないでね!』とか言って往生際悪いルール変更するんじゃないぞ」

「あーあ、言ったね? それ、文斗も言っちゃダメだからね」

「その手のことは俺、一度も言ったことないけど?」

「えー? 文斗って勝つためにエグいこと普通にやるじゃん」

「それは、勝利のためにベストを尽くしてるだけだよ」


 あと、過去の石動との対戦を思い出してみても、別にエグい扱いされるようなことは何もしていない。


「じゃあ私も本気出して次は得意なキャラ使っちゃうから」


 石動が選択したキャラクターは、全身が筋肉の塊、というビジュアルの半裸コスチュームのガチムチだった。典型的なパワータイプの投げキャラで、一撃の威力はデカいのだが、小回りが効かなくて中級者以上でないと本来の特性を引き出せないキャラクターである。


 昔の石動なら、それなりに使いこなしていたはずなのだが、さきほどの対戦から考えると、キャラクターの特性を十分に引き出すことなく終わってしまいそうだ。


「それなら俺も持ちキャラ使っちゃうかな」


 俺は、バランス型で使いやすい主人公格のキャラクターを選択した。


 ブランクがあるとはいえ、一応俺はこのゲームの持ち主なわけで、そう安々と負けるわけにはいかない。ここらで、往生際が悪いことすら言えないくらい完膚なき敗北を与えてやらなければ。


「ふんっ、文斗ってぜーんぜん冒険しないよね」


 石動に鼻で笑われてしまう。


 まさか試合開始前から勝ち誇られるとは。

 ドヤ顔になって、文字通り胸を張っているのだが、そんな背筋を伸ばしたら胸が突き出て目立つことになる。


 これ、石動の心理作戦か?


 石動とよく遊んでいたあの頃はそんなでもなかった胸に注意を引き寄せて勝とう、などという卑怯な手に出ているんじゃないだろうな。


 あいにく俺は、石動のおっぱいになんぞ興味ないんだよ。


 それなのに、視界の端にちらちら映るものだから、俺は少しだけモニターに近づいた。


「文斗、ズルくない? そうやって頭で見えなくして!」


 憤慨したのは石動である。


「そうまでして勝ちたいのかなぁ。でも文斗の思う通りにはさせないから」


 背後から圧を感じると思ったら、コントローラーを握っていた俺の左腕から、ぬるっと腕が入り込んできた。


 石動の右腕だ。


 そのまま石動は、何食わぬ顔でコントローラーを握り直す。

 つまり俺の左腕と、石動の右腕が組まれる形になってしまったわけだ。


 そんな体勢だから、俺と石動は腕同士がぴったりと密着することになった。


「これなら動けないでしょ?」


 得意そうに微笑む石動。


 いくら相手が石動といえど……いや、イケメン女子時代の石動を知っているからこそ、このやたら柔らかい感触と体温のそばにいると平常心を保つのが難しくなってしまう。


「それ反則」

「なんで~? 文斗がズルしないようにしてるだけなんだけどなぁ」


 石動は本当に、俺が小賢しいことをしないように抑える意図でそうしているらしい。それ以上の意図があることは、表情や声音から読み取ることはできなかった。


「ズルする気なんてないって」


 そもそも、今の石動相手なら反則行為をするまでもなく余裕で勝てるわけで。


「それより、彼氏持ちなのに彼氏以外にそんなにべたべた密着していいの?」

「あー、また賢くんのこと思い出させようとしてる」


 石動は不服そうだった。


 加嶋とは付き合っているわけだから、隙あらば自分語りで惚気けられるものとばかり思っていたのだが、今のところ石動は加嶋の名前が出るたびに嫌そうにしている。


 高校時代からの付き合いらしいし、2人はもうひたすら惚気けるだけではない熟年夫婦段階に入っているということだろうか?


「今は勝負なんだし、ここには文斗しかいないんだから関係ないじゃん」


 あてつけみたいに手のひらをぺたぺた貼り付けてくる石動。……普通に鬱陶しいな。


 石動の発言から、彼氏の目がないからといって別の男とこそこそするみたいなニュアンスと捉えられかねないが、相手は俺なのだ。俺が石動を決して異性としては見ていないのと同様、石動もまた俺を『同性の友達』として扱っているのだろう。だから密着しようとも加嶋への不義理には当たらないと思っているのだ。


 だからといって、俺まで石動の考えに引っ張られるわけにもいかない。別に加嶋に義理立てする気は毛頭ないのだが、余計なトラブルの種になりかねないから。


 あと、右腕を動かしにくくされるとゲームをプレイしにくい、というシンプルな理由もあった。


「わかったよ。じゃあ俺は石動より後ろに座るから。それなら俺の頭でモニターが妨害されることもないだろ?」

「えっ……文斗がズルしないって自分から引いた……?」

「石動の中で俺はどれだけ卑怯者扱いされてんの」

「……文斗はズルいんだよ、自分では気づいてないかもだけど」


 心なしか声音が湿っぽかったけれど、気のせいだろう。石動はモニターと向き合って臨戦態勢に入っていて、気合十分になっていたように見えたから。もうこちらからでは石動の後頭部しか見えないし。


「じゃあ正々堂々勝たせてもらうわ」


 石動は妙な勘違いをしているのだが、俺はこの手の格ゲーで卑怯な戦術を使ったことはない。俺の頭は複雑にはできていないから、そんな手の込んだことはできないのだ。


 石動も、選択するキャラクターからわかるように、力こそ正義! とばかりにゴリ押しするのが隙なタイプだ。


 そうして、力と力のぶつかり合いのような対戦模様が繰り広げられた結果。


「……対ありでした」


 俺に完膚なきまでにやられた石動に、ためらいながらも声を掛ける。


 石動は、俺が予想していた通り、負けるたびに『これ3本勝負だから』だの『実は5本勝負だったんだよね!』だの、ゴールポストを動かす暴挙に出たのだが、いずれも俺が勝利を収めたのだった。


 石動……お前、本当弱くなっちゃったんだな。


 中学時代までは、俺と石動は五分の実力で、だからこそ一緒にゲームをするのが楽しかったんだけど。


 たぶん、それだけ長い間、この手のレトロな格ゲーには近寄らなかったということだろう。


「石動?」


 俺は石動の表情を伺おうとする。


「…………」


 無言の石動は、コントローラーは既に足元に転がっているのに、コントローラーを握った時の手のまま動かずにいた。


 おまけに能面を貼り付けたみたいに顔から表情が消えていて、ちょっと怖い。これまで、ふんわりとした笑みを絶やさないスタイルにキャラチェンジしていた直後だから余計にそう思う。


 すぐ隣にピリ付いたオーラを出してくるヤツの厄介さったらないので、俺は他所へ視線を向ける。


「そうだ石動、そろそろ帰る準備しないと電車なくなっちゃうぞー」


 時計が視界に入ったのをいいことに、石動を現実世界へ引き戻そうとする。


 新歓コンパが行われたこの日は金曜日だった。


 翌日は、教員免許を取得するために年間の必修単位とは別の単位を獲得しないといけない教職志望者や、運動部でない限り、基本的には休みだ。

 俺はのんびりできるけれど、石動に用事があるとしたら、翌日に疲れを残さないためにも帰った方がいい。


 あと、彼氏持ちの石動的には、あまり夜遅くまで俺のところへいない方がいいだろうし。


「わかった」


 すっくと立ち上がる石動。酒や食べ物のにおいが強い居酒屋帰りだというのに、やたらと甘く爽やかな残り香が広がる。


「そうか、じゃあ駅まで送るから――」


 そこまで言って、俺は自分の思い違いに気づく。


 石動の視線は、足元を向いていた。

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