第8話 まるで休日の昼間のような

 冷蔵庫から見繕った食材で野菜炒めをつくり、その残りと冷凍しておいたご飯を使って五目ピラフを調理した。


 食事用に引っ張り出してきた折りたたみテーブルに皿を乗せて、テーブルを挟んで向かい合うように座る俺と石動。


「なんかいかにもって感じの男飯だね」


 俺が差し出した食事を前にした時の、石動の第一声がそれだった。


 石動の感想は的確だと思う。石動の前に並ぶのは、男子高校生受けしそうな庶民派こってり料理だ。いかにも独り身男子の食事といった有様である。女子からすれば、見た目に物足りなさがあるだろう。


 俺はそもそも美的センスに欠けるところがあるから、料理の腕が上達しようとも、「映え」そうなものをつくることはできないが、これはこれで俺なりに狙いがあった。


「でも、懐かしくない?」


 石動用の麦茶を手渡しながら、俺は言った。


「土曜日のお昼感ある」


 石動は忘れていないようだ。


 小学生の頃、俺と石動は近所に住んでいた。

 俺はマンションで、石動はその近くのアパート。

 石動の母親が、土曜日だろうと仕事が忙しかったこともあり、石動はよくうちに昼食を食いに来ていた。

 俺の母親は石動を歓迎していて、イケメン女子な石動を面白がっていた。

 俺と石動は、親同士が顔見知りで交流もあったから、よく互いの家を行き来していたのだった。


「そういえば、私っていつ頃から文斗の家に普通に出入りするようになったんだっけ?」


 割り箸で野菜炒めを摘みながら、石動が言う。うまっ、とポロッと漏らすあたり、味は満足してくれたようでよかった。


「覚えてないの?」

「詳しく思い出せないだけ」


 そうなのか。俺としては、石動と深く関わるようになったキッカケは印象的だったから、石動も覚えてくれているものと思っていたんだけど。


 酔ったせいで記憶が曖昧になっているのかもしれない。


「あれは小学校の二年生の時だ。元々石動は、いつも仲良くしてたグループと一緒にうちに来てたんだけど」


 俺の家は、当時よく遊んでいたグループ内で一番学校から近い場所にあったせいか、放課後はよくたまり場になっていた。ちなみに、石動以外はみんな男子で構成されたグループだ。


「いつだったか、タイミング悪く他の連中の都合が悪くて、石動だけがうちに来た時があったんだよ。あの日は休日だったから、他のみんなは遊びにでも連れて行ってもらってたんだろ」


 俺と石動は、その時までずっとグループ単位で行動していたから、一対一で遊ぶほどには仲がよくなかった。間に誰かが入って初めてちょうどいい感じに絡むことができる。その程度だった。


 石動はこの時から女子よりも男子と遊ぶ方が多くて、グループ内でも女子扱いされることはなかったけれど、俺はどこかで石動を女子という「異物」として無意識のうちに考えてしまっていたのかもしれない。


「石動と2人だけで遊んだことないのに、うちに来たものだから、どうしていいかわかんなくてさ。なんか探り探りでグダグダになっちゃったんだよな」


 俺の部屋で特に会話することもなく、その場にあったゲームをしたり漫画を読んだりするという、全くもって客人をもてなす態度じゃない状態だった。

 じゃあ石動も帰ればいいものを、そうしないのが石動の律儀なところだ。


「あ、そうだ。その時家に文斗のママがいたから、『お父さんは?』って訊いちゃったんだよね」


 きっと石動も、特別仲がいいわけでもないクラスメイトと無言の中でいる雰囲気に耐えられず、苦し紛れに思ったことをなんとなく口にしてしまったのだろう。


 父親のことは、当時の俺にとって最大の禁忌だった。


 石動の質問で、父親に対して抱えていた色んな感情が一気に噴出して、涙目になりながら『いない』と答えたことを覚えている。


 俺の母親と父親は、俺が小学2年生の頃、離婚調停中であり、別居中だった。

 

 どうも父親の浮気が原因らしかった。結局父親は浮気相手の方へ行ってしまい、離婚という結末になるのだが、あの頃はまだ、両親が揃うのか片親になるのか、見通しが立たない不安な精神状態で過ごしていたのだ。


 俺と母さんは、父親が購入したマンションに、当の父親が出ていった状態で住んでいたことになる。


 結局そのマンションは、離婚による財産分与で母さんの所有になり、母さんは今もそこに住んでいる。豪胆だよな。まあ、そんな性格の母親だからこそ、父親がいなくても悲しい雰囲気を出す家族にならずに済んだのだが、それは離婚してしばらく経ってからの話だ。

 離婚調停中は、俺も母さんも沈んだ気持ちになっていて、家の中が暗かった覚えがある。


 そんな小学生時代だったけれど、振り返ってみると暗い思い出にはなっていない。


 それもこれも、石動がいたからだろう。


「そうそう。それで、石動なりに『これはマズい』って感じたのか、『うちもいないから!』ってフォローして」

「なんか、そこで初めて共通点見つけた感じだったよね」


 石動が控えめに微笑んだ。


 俺のところと同じく、石動の家庭もまた複雑だった。

 

 ただ、うちと違うのは、石動は両親がとっくに離婚済みだったことだ。

 石動がまだ物心付く前の話だったらしく、父親の顔を知らないそうだ。

 まあ、父親なんてロクなものじゃないな、と未だに実の父親に対して思うところがある俺みたいな歪み方はしていないようだから、初めから記憶がない方がかえっていいのかもしれない。

 石動が父親を悪く言っているのを聞いたことがないし。


「悲しい共通点だったけど」


 俺は苦笑してしまう。


「初めてがそれ? っていうね」


 石動もつられて苦笑を返した。


「でも、あの時は同じ境遇の人がいてくれて、心強かったよ。私、『自分はみんなと違うんだー』ってけっこう気にしてたから」

「そうだったか? グループのボスポジションで楽しくやってるように見えたけど」

「だって、露骨に弱み見せたらいじめられるじゃん」

「石動でも、そういうの気にしてたんだな」


 まさか大学生になって当時はわからなかった石動の姿を発見するとは。


 それを思えば、こうして石動と再会できたのは良かったのかもしれない。


「そういえば、おばさんはどうしてる? 元気?」


 この際だから、と俺は訊ねた。


 うちの母親が石動を面白がってかわいがっていたのと同様に、俺も石動の母親からよくしてもらっていた覚えがある。


「元気元気。最近彼氏もできたみたいだしね」

「なるほど。そりゃ元気だ。うちの母さんは相変わらず、仕事は人生の副業、とか言って趣味に生きてるよ。あの調子じゃ再婚は、ないだろうな」


 ただ、多少は残念がるかもしれない。俺たちの母親同士が仲良くするようになったのは、女手一つでこどもを育てている、という共通点があったからだから。


「なんか、文斗のママらしいね」


 石動が微笑む。


 ちなみに、石動は母親のことを『ママ』と呼ぶ。昔は、凛とした中性的な見た目でそこらの男子より男子っぽいくせに『ママ』と呼ぶ時はやたらと女の子っぽくなるのが面白かった。


「でも石動は、今も実家暮らしだよね?」

「心配しなくても、上手くやってるよ。もう大人だし」

「結構ママっ子だっただろ?」

「んもう、今はそんなでもないって!」


 石動がぷんすかする。


 石動の母親は、俺もよく知っているから、幸せに過ごしているようなら何よりだ。何なら一度会いに行ってみたい気さえする。


 ただ、彼氏持ちになった石動の実家に男の俺が行くのは、加嶋からすれば面白くないだろうな。どうして俺が石動の彼氏に配慮しないといけないのか、もどかしくはなるのだが。


 そんな感じで昔話や、懐かしい人について話に花を咲かせながら、男子高校生向け庶民派な昼食風夕食を終えるのだった。

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