第6話 新歓コンパ その2
「
俺は思わず、確認を求めるような訊ね方をしてしまう。
この居酒屋は、うちの大学の学生御用達なのだから、石動がいたっておかしくはないだろう。
「
石動も俺と気づいたようだ。
「なにしてんだよ、こんなところで」
なんとなくそう聞いてしまったのだが、トイレの前なこともあって、これじゃ変な意味に捉えられない。
「……石動も、サークルの飲み会に参加してたの?」
「そうだよ。ていうか、文斗もいたんだね。気づかなかった」
まあ仕方ない。このフロアは柱や壁で陰になっている部分もあるし、俺たち以外にも学生はたくさんいたのだし、俺は飲みの席だからといって目立つようなことはしないから。
「ていうか、大丈夫なの? もしかして飲んでるんじゃない?」
石動は、左右にふらふらしていた。
「飲んだ。ノンアルだけど」
「本当にノンアルか? 顔赤いぞ?」
「えー、ホント? 一口だけなのになぁ」
話している間も、目は閉じたり開いたりを繰り返しているし、首も左右にふらふら揺れている。
「私、思ってたよりずっとお酒に弱いみたい」
「……石動は、20歳を越えてもアルコールは避けた方が良さそうだぞ」
この調子じゃ、どんな災難に巻き込まれるかわかったものじゃない。
あまり酒の場に向かないヤツだったとは。
「うん、そうするそうする。もっと大人になったらねぇ、気をつける」
とうとう石動は、壁にもたれてしまう。
「ちょっとゲーしたら楽になったけど、まだキツいかも」
「今日はもう帰った方がいい。確か実家暮らしだっけ? ここから近いの?」
「えっとね――」
実家が近場にあることを期待して訊ねたのだが、石動の答えに俺は不安になった。
「……ここから1時間近くはかかるな」
こんな状況では乗り換えもままならないだろうし、電車内で吐いて大惨事になってしまう可能性もある。
これ、石動一人で帰れそうにないだろ。
サークルに仲のいい友達や先輩がいないか訊ねるのだが、石動もこの日がサークルの面々とガッツリ関わった初めての機会だったらしい。信頼して家まで送っていってもらえる友達はいないようだ。
「そうだ。加嶋は?」
困った時の彼氏頼みである。
「なんでそこで賢くんが出てくるの?」
ムッとした顔で、石動がこちらに詰め寄ってくる。
吐いてきた、というわりには甘い匂いがする。ゲロ以下のにおいなんてプンプンしない。
「いや、彼氏なら一緒のサークルに入ろうとかそういうのあるのかと思って」
「賢くんとはサークル別だよ。ていうかいつも賢くんと一緒ってわけじゃないし」
怒られてしまう俺。
俺は付き合ったことがないから、カップル事情なんぞ知らない。そういうこともあるのだろう。いまいち想像しにくいことだけれど。
「ていうかなんで賢くんのこと今ここで思い出させちゃうんだよ~」
不服そうな石動が、俺の肩をバシンバシンと叩いてくる。腰が入っていないのに、一発一発が重いのはどういうことだ。
「わかったよ、ごめんごめん」
石動の攻撃の手をどうにかとどめながら、俺は考える。
俺は頭の中で、石動を無事なままで送り届ける方法を考えていた。
だが、その場所は、石動の実家じゃない。
「石動、俺が家まで送っていこうと思うんだけど」
いくら石動が相手といえど、こう発言するのには勇気が必要だった。
「その状態じゃ実家までは無理そうだし……俺の家で休んでいかない?」
とりあえず、大失態を目撃されて石動の尊厳が脅かされることのない場所まで避難させ、充分に休ませることが必要だと考えての発言だ。
断っておくが、下心はない。
相手は石動だ。元親友である。俺は、イケメン女子時代の石動を知っているから、石動のことは性の対象にならないんだよね。本当に。
「文斗ん家!?」
思ったより驚かれてしまったので、そんならしくないことを言ったかな? と心配になる。
いや、仮にも俺は、石動からすれば『異性』だ。俺が一人暮らしをしていることは知っているはずだから、彼氏以外の男のところへ行くなんてとんでもない、などと考えているのかもしれない。
「行く~!」
文字通り両手を挙げて賛同の意思を見せてくる。
「文斗がどんなえっちなモノ隠し持ってるのか探しに行きたい」
「そんなものはない」
俺をなんだと思っているんだ。
「ほんとに?」
酔って頬が赤くなったまま、俺を見上げるような姿勢で半目になる石動。
「本当だよ」
……嘘である。
大学の講義で必要になるから、と購入したノートパソコンが、今の俺にはある。
俺は、酒は飲めないけれど、18禁の制限が掛けられたコンテンツに触れられる年齢にはなっている。
そのせいで、つい魔が差して大人のパソコンゲームを買ってしまっていた。
違うんだ、えっちだし女の子がいっぱい出てくるけど、ゲーム性が高い作品で、時間泥棒と言われるくらいの名作国盗りシミュレーションゲームなんだ。
「じゃ、早く行っちゃお」
俺に向けて両腕を突き出してくる石動。
どういう意図なのだろう? としばらく眺めていると。
「もうっ、私ふらふらなんだから、文斗が支えててくれないとだめじゃん!」
頬をふくらませる石動は、巻き付くように俺の腕を取る。
相手は以前の石動と違って彼氏持ちなだけあって、密着されることを何とも思わないわけにはいかないのだが、それは俺が恋愛経験がないから思うことであって、石動みたいな陽キャ勢からすれば普通のことなのかもしれない。
深く考えるのは止そう。
まさか、こんなかたちとはいえ、石動を俺のアパートに招待することになるとは。
高校生の頃の俺に伝えたって、理解してもらえないだろうな。
あの頃は、石動と再会することになるなんて夢にも思っていなかったから。
「あ、ごめん、出る前にもう一回ちょっとゲーしてくる」
トイレに踵を返す石動。
もう本当、石動にはアルコール厳禁だな。
俺は石動を伴って、居酒屋を出ることにした。
新歓コンパは中座することにはなるが、もう『現代サブカルチャー研究会』の雰囲気は掴んでいた。ぜひ入会したい、と思えるくらいだった。
先輩に中座することを伝えた時、俺の近くには石動がいた。まだ体調が悪いままだから、俺が手渡した水が入ったグラスを手に、床と座敷席の段差に腰掛けて、背中を向けている。
「……お前、こっち側の人間かと思ってたのに随分手が早いのな」
ナンパ師だと勘違いされた俺は、先輩に驚愕されてしまった。
「文斗~、まだ~?」
長い黒髪で隠れた背中を向けていた石動が振り返り、長い両脚をパタパタさせながら、こちらを急かしてくる。
「しかも、なんだ、すごい可愛い子じゃないか……」
可愛いという、俺にとって石動を指す言葉として違和感しかない評価を下したのは、先輩だけではないらしい。このサークルの男子たちは、石動にちらちら視線を向けていた。違った。女子もいる。清楚系女子アナスタイルになっても、同性にモテるのは相変わらずか。
誤解を解いておきたいが、体調の悪い石動を休ませることを最優先にしたい。今だけは俺だって、美女のナンパに成功したモテ男である。
「まあ、俺もやる時はやるんですよ」
よせばいいのに見栄を張って、気のいい先輩相手に無駄なマウントを取りつつ居酒屋を後にするのだった。
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