第4話 フードコートで探して その2

「――蒼生あおい


 突然、男の声が間に割って入る。


「賢くん」


 石動に釣られて振り返ると、件の彼氏が今回も現れた。


 そうだった。今の石動には『これ』があるのだった。

 元仲良しの幼馴染は、すでに彼氏持ちなのだ。


 とはいえ、俺は別に石動が、彼氏という「モテた結果」がいることに心を揺さぶられているわけじゃない。石動がモテるのは理由として全然納得できるからだ。


 俺の動揺は、そこらの男以上にイケメン女子だった石動が、男と付き合っていることを目の当たりにしたことに原因がある。


 石動って異性に興味あったんだ、という衝撃に揺さぶられているわけで、石動蒼生に恋人がいることに動揺しているわけではない。


 ましてや嫉妬なんてもってのほかである。


 石動は旧友であり悪友であり、同志のようなものだ。

 恋愛感情とは別の意識が働いて仲良くしていたのだった。


「こんなところにいたのか。NINEの返事がないから心配したぞ」


 賢くんとやらが爽やかに微笑み、こちらを見てくる。


「あっ、どうも」


 爽やかな笑みはそのままに、俺に向かって会釈をしてきた。

 整った顔立ちの男だった。


 180近くありそうな高身長に、スマートな体つきをしていて、どこぞのダンスグループにでも所属していそうな雰囲気は、とてもちょっと前に高校生だったとは思えないくらい洗練されて見えた。


 だいたい、高校生の時なんて1年の大半を制服で過ごすから私服に関わりが薄い分ファッションセンスが磨かれにくいのに、すでに小慣れた雰囲気を出せているのはどういうわけなの?


 ファストファッションの衣料品店で、可もなく不可もなくな最小公倍数的な服しか着ていない俺とは大違いだ。


「この前も会いましたよね?」


 そう訊ねてくるわけだ。


「そうだ、賢くんにはまだ文斗のこと紹介してなかったよね?」


 長いスカートを翻しながら椅子から立ち上がった石動が、俺の隣に立って、手のひらを差し向けてくる。


「文斗とはね、小学校と中学校が一緒だったの。幼馴染っていうのかなぁ」


 石動が言った。


「ずっと仲がいい友達だったんだ。だからこうして久しぶりに会って盛り上がっちゃったんだよね」


 仲がいい友達か。


 俺たちの関係性を言い表すには、これ以上ないくらい的確な言葉なのに、どうしてモヤモヤするのだろう。


「石動と幼馴染だった、越塚文斗です。よろしく」


 黙ったまま石動に紹介されっぱなしなのも失礼に感じた。


「ああ、幼馴染。そうだったんですね」


 どうやら賢くんとやらは、俺のことを一切知らないらしい。


 当たり前といえば当たり前なのだが、石動を通して何か聞いているのかもしれない、という期待があったせいか、どうも胸につっかえるものがあった。


「それで、こっちが加嶋賢ね。私は賢くんって呼んでるんだけど」

「蒼生とは、高校からの同級生なんですよ」

「1年生の時からクラスメイトなの」

「1年生の頃から……」


 俺はふと考える。


 高校1年生ということは、当然ながら、石動が中学校を卒業してまもなくの時期に当たる。


 加嶋が石動と初めて出会った時、石動は俺がよく知る、あのイケメン女子な姿のままだったのだろうか?


「でも、越塚くんのこと羨ましいな。オレ、蒼生とクラスメイトになる前の蒼生のこと、あんまり知らないですから。なんか全然教えようとしてくれないんですよね」


 加嶋が言った。


 加嶋という男は、俺がこれまで交流しなかった陽キャイケメン感溢れているわりに、なんだか話しやすい雰囲気があった。俺は人見知りをする方なのに。


 だから俺の方からも質問をぶつけようと思う程度の積極性が生まれてしまった。


「じゃあ石動が中学生だった時の――」


 イケメン女子時代は黒歴史なの? と石動に話を振ろうとすると、目にも留まらぬスピードで俺は口もとを手のひらで抑えられてしまった。


 石動の手だ。


「文斗、今はそういうのいいから」


 目を細めた石動の視線が俺を捉えていた。

 この眼光、球技大会の女子バスケの決勝戦に挑む直前に見たのと同じヤツだ……。


 石動は負けず嫌いで、特に怒った時は子供っぽくなるヤツだったから、このモードに入ったら変に逆らわない方がいい。そう経験が告げていた。


「越塚くん、蒼生が中学の時に何かあったんですか?」


 加嶋が楽しそうに訊ねてくる。

 そして、俺の口を封じていた石動の手を、さり気なく外してくれた。


「もう、賢くんはそういうの訊かなくていいの!」


 ぷんすかし始める石動。


「蒼生は自分から話してくれないんだし、越塚くんから訊かないと一生わからないかもしれないだろ? オレだって、中学の時の蒼生のことちょっとくらい知ってたっていいじゃないか」


 加嶋は、石動の腕をやんわり抑えて動きを封じる。

 その姿はまるで、石動の腕に手を回して後ろから抱きしめているかのようだった。


 思うんだけど、この人たち……なんかイチャつき始めてない?


 そういうものか、と徐々に受け入れつつあるけれど、未だに俺の中での石動はイケメン女子なイメージが完全に消えたわけじゃないから、立派に『彼女』をやっている石動を前にすると居心地が悪くなる。同じ名前の知らない誰かが目の前にいるような気がするからね。


 ていうか、腕を体に付けた都合上、石動の胸が押し出されて強調されているような気が。


 石動の胸のサイズなんて気にしたことなかったけど、こんな目立つほど大きかったっけ?


 なんだか余計なことばかり考えてしまう。


 あの石動を『異性』としてカウントしようなんて、どうかしているんじゃないか?


 石動と会話している時に、俺は食事を終えていたわけで、次の講義もあることだし、さっさと退散した方が良さそうだ。


「じゃあ俺、そろそろ……」


 思わず背中を丸め、陰キャ感丸出しな卑屈感を発揮しながら、俺は席を立つ。


「あっ、そうか、もう行かないとなんだね」


 石動が言った。この時になると、加嶋からは離れていた。


「じゃあさ、せっかくこうしてまた会えたんだし――」


 片手にスマホを持った石動がそう言いかけた時だ。


「蒼生も、のんびりしてるヒマないんじゃないのか?」


 加嶋が言った。


「次の比較文学の教授、けっこう出席に厳しいって話だから」


 入学後、講義は教授によって厳しさがまちまちなことを身をもって痛感していた。

 アバウトな教授だと出欠確認すら取らないし、出欠さえ取れば講義室の出入りを自由と公言する教授もいるし、高校以前のように厳格に講義に臨むことを求める教授もいる。


 その手の情報は、自分自身で確認する他に先輩からも流れてくる。加嶋は人当たりが良さそうだし、先輩から引き出した情報を持っているのだろう。


 中学時代の石動は、制服にスカートではなくスラックスを選ぶという女子の中ではちょっとイレギュラーな存在だったけれど、授業態度そのものは真面目で優等生だった。テスト期間が近づくと、俺を巻き込んでスパルタの勉強会を開いていたのをよく覚えている。


 高校生になってもそんな根っこは変わらなかっただろうから、加嶋も石動の真面目に巻き込まれて大変な思いをしていたのかもしれない。そこは俺の役割なのに、と思うことは何だか女々しいからやめておく。


「じゃあね、石動。石動も遅刻しないうちに行った方がいいよ。あと、加嶋……くんも」


 俺みたいなヤツは、ほぼ初対面の相手を呼び捨てにすることはできないのである。


「はは、もう初対面じゃないんだし、加嶋でいいよ。俺も越塚って呼びたいしね。なんなら、蒼生みたいに賢くんって呼んだっていいし」


 加嶋の方から明るく提案してくる。


「さすがにいきなり下の名前は……。じゃあ加嶋って呼ばせてもらうよ」


 陽キャ同士だったらこういうやりとりをせず、すんなりと親しみのある呼び名を交わし合うんだろうな。


 加嶋は、「賢くんじゃないのかー」なんてちょっと寂しそうだったのだが、俺のコミュ力では名字の呼び捨てが今のところの限界だ。


 優等生の邪魔をしないように、俺は空き容器が載ったトレーを持ってさっさと返却口へと向かおうとする。


「文斗~!」


 石動の声がしたので、振り替えざるを得なかった。


「じゃあ、またね!」


 女子っぽさ満載の姿に成長を遂げた石動なのに、その時は、俺がよく知る中学時代に石動に戻ってしまったように見えた。


 またどこかで会いたい気持ちが、石動にあるのは確かなようだ。


 それだけで嬉しくなる俺は単純というか、チョロいにもほどがある。


 昼食後の講義すら楽々乗り越えられそうな意欲が湧いていた。

 俺は石動に軽く手を振り返して、フードコートを後にするのだった。

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