第3話 フードコートで探して その1
石動とまさかの再会を果たした翌日。
俺は昼食を摂るべく、2号館の地下にあるフードコートに来ていた。
大学は自由に時間割を組めるから、午後1回目に講義がある日は、少し遅めに昼食を摂るようにしている。
いくつもの有名チェーン店が入っているこのフードコート内でも比較的安価に購入できる中華麺をすすりながら、店内の人の流れをぼんやりと見ていた。
俺は上京してこの大学に入ったから、中学や高校時代の顔見知りはいない。高校の授業に近いスタイルで行うゼミも始まったばかりで、まだロクに顔を覚えていない。
今は4月の半ばで、サークルの新歓コンパが始まるのももう少し先だ。
だから、いくら混雑していようが、顔見知りがいるならわりとすぐ見つけてしまえる。
それは向こうも同じことなのだろう。
「文斗、こんなところにいたんだ?」
カウンター席で優雅に食事をしていた俺の隣の席に、滑り込むようにして座ったのは、石動だった。
隣にやってくると同時に、甘い匂いがふんわりと漂ってくる。石動もトレイの上には人気チェーン店のカルボナーラが乗っているのだが、食べ物のにおいが一切気にならない。
ひょっとしたら先日の自称石動は俺の見間違いだったのかもしれない。
そんな疑惑を吹き飛ばすような実在感が、すぐ隣からやってくる。
オシャレ感度の低い俺には理解できないくらい艷やかに手入れされた長い黒髪が揺れ、石動の動きから遅れて俺の腕に毛先が触れる。
それだけで、ちょっとドキッとした。
落ち着け、相手は石動だぞ?
見た目が女子アナっぽくなろうが、中身は俺の家にゲームをしに来ては対戦して負けてコントローラーを投げつけるあの大人げない石動のはずだ。
「もしかして、いつもここでお昼にしてたの?」
フォークでパスタをくるくるやりながら、石動が言う。
「いや、いつもはコンビニで買ったおにぎりとかパンで済ませて、さっさと図書館にこもるのが定番。人混みより、静かな図書館でヒマつぶしてた方が快適だし、有意義だから」
あの石動がふんわりした口調になっていることを未だ受け入れられないままだ。
「じゃあ今日はどうしてフードコートにいるのかなぁ」
テーブルにひじを突いた石動が、こちらの顔を覗き込むようにして首を伸ばす。
いかにも、私に会いたかったんだろ? とでも言わんばかりの表情だ。
俺が知る石動は、中学生になっても小学生男子の精神を忘れないヤツだったから、いたずら好きなところがあったのだが、こうして女っぽく成長してもその面影があることに安堵してしまう。
学生に人気でいつも混雑しているフードコートを避けている俺が、今日はここにいるのは、石動と遭遇する可能性を頭に入れていたことは否定できない。
「まあ、正直に言えば石動目的だったってのもあるよ」
「お、意外と正直に言うね」
ニコニコしながら、石動はフォークで丸めたパスタを口にする。
「そりゃ親友といっていいヤツと久しぶりに再会したら、そうなるでしょ」
これが異性相手だったら、照れ隠しやらなんやらでモゴモゴしそうだが、俺にとって石動は、異性にカウントされる相手じゃない。
小学校から中学校までで、一番仲が良かった友達だ。
時期的にまだ友達づくりが難しい以上、昔仲良かった友達がいれば気になってしまうのも仕方がないと思う。
「でも、文斗の言ってることわかるよ」
フォークを置いた石動がこちらを見る。
「私も、文斗と一緒の大学ってわかった時は嬉しかったもん」
柔和な笑み。
俺がよく知る石動も決して表情がカタいヤツではなかったけれど、こんな絶妙に感情を表現できるほどの豊かさは持っていなかった気がする。もっと無骨なタイプだったし。
「なんか表情が柔らかくなったんじゃない?」
ついそんなことを言ってしまった。なんとなく、目を合わせられなかった。
「ほんとに?」
石動は、手元のクリームソーダをずずず……と吸いながら見つめてくる。
清楚風女子アナスタイルになっても、ストローを音を立てて吸う雑さは変わらないのか。
「『笑顔はママのお腹に捨ててきた。私には似合わないから……』とか言ってた記憶あるぞ」
「そ、そんなこと言ってたぁ?」
頬を染めながら、石動が言った。
「そのくせ、『私よりキミが笑った方がずっといいよ!』とかいう殺し文句で女子を落としてたでしょ」
石動はよくモテた。
女子から。
学校一のイケメン男子や、女慣れしたチャラい男や、目立つ運動部の男子よりも、ずっとずっとモテていた。
「学校側から黙認されてたバレンタインデーのチョコの持ち込み、禁止されたのは石動のせいって忘れたわけじゃないだろ? 教師もたった一人の生徒のためにあれだけ大量のチョコを学校に持ってこられるなんて想定外だったんだろうな」
「そ、そのことはもういいじゃん!」
石動にとってはよほど恥ずかしい記憶らしく、俺の肩に突っ張りをかましてくる。痛っ。この見た目でも力は相変わらずみたいだ。
「でも、文斗はあんまり変わんないね」
俺に話の矛先が向き始める。
確かに、石動がいなくなって以降の俺は、石動のキラキラ感のおこぼれにあずかって生きることができなかったから、高校時代も陰キャなままで終わったけどさ。
こんな俺にだって、変化したとことはあるんだぞ。
「変わったよ。こっちの大学に入るために、地元を出た」
なんだそんなことか、と思われそうだが、実家を出たことは、俺からすれば一大決心だった。
うちは母子家庭で一人っ子だから、俺が家を出れば母親を一人地元に残すことになる。
まあ、母さんは豪快なタイプでまだまだ元気だし、快く送り出してくれたから、今のところ心配はしていないけれど。
以前の石動は、自分の家かってくらいに俺の家に来ていたから、当然俺の母親のことも知っている。母さんも、石動のことは歓迎してたな。どちらかといえば引っ込み思案な俺に、仲良しの友達がいてくれることが嬉しかったのだろう。
「そっかぁ。文斗も立派になったね」
「おいやめろ」
頭をなでる、という俺の知るイケメン女子な石動からは考えられないムーブには流石に違和感を覚え、俺は思わず頭をそらしてしまった。
「じゃあ今は一人暮らし?」
俺の頭を捉えそこねた左手を所在なくひらひらさせながら、石動が言った。
「ああ。母さんの知り合いが大家やってる安アパートに住んでる。家賃の心配はあんまりしなくていいけど、やっぱ古い建物で色々不便だし、自分のことは全部自分でやらないといけないから、ちょっと実家が恋しくなるよ」
「でも気楽じゃない?」
「それが一番のメリットだな。石動は?」
「私は実家だよ」
「じゃあ、こっちに越してからずっとそこに住んでるの?」
「そうそう。高校の時からずっと」
久々の語らいは想像以上に俺を満たしてくれた。見た目や口調が変わって別人になったように思えたのに、俺が知る石動の要素がまだ残っているとわかったからかもしれない。
一人で上京してきて不安が先行する大学生活だったが、これでようやく期待が不安を上回りそうだ。
地元の人間がほぼ皆無な中、一人でも旧友がいるのは心強いから。
「それでさそれで~」
石動も同じ気持ちなのか、まだ話したがっていて、俺の手元をグイグイ引っ張ってくる。
こういう可愛げのある仕草は、俺がよく知る石動からは見られなかったところだから、まだまだ混乱することは多い。
ただ、違和感があるというだけで、嫌な気分になっているわけじゃない。
もしかしたら、今の石動を、昔の石動と同じように違和感なく受け入れられる日もすぐにやって来たりして。
そんな淡い期待をした直後だった。
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