第4話
手紙には、六番街の倉庫に来いと書かれており、渋々アレンはそこへ向かった。
今はもう使われていない倉庫で、人目にはつかない。
誰かを始末するにはうってつけの場所だろう。
「・・・・・・たったこれだけか」
倉庫内には思っていたよりも少ない人数しかないなかった。
もちろん、問題の渦中の人物であるオルドリッジの若君はいない。
「魔法人形を連れてこいと言ったはずだが」
そう言って前に出てきた男には見覚えがある。
確か、オルドリッジ家の若君の四番目の部下だ。
その程度の人間で制圧できると思われたのだろう。
ずいぶん舐められたものだ。
もっとも、過去の経歴は消してきたので今のアレンという名の情報屋ではそれほどの相手と思われるのも仕方がないのだが。
「なぜ魔法人形を盗んだ。あれはお前のようなただの情報屋の手に負えるものではない。さっさと手放してしまえばよかろうに」
実際はシャノンが連れ出したのだが、彼らはアレンが実行したと考えているようだ。
「そういうわけにもいかないのさ。可哀想なレディをお前たちのような連中に渡せるものか」
冗談めかしてそう言えば、相手はさらに苛立った。
「馬鹿なことを。ふざけるのもそれほどにしておけ。何がレディだ。あんなもの、ただの機械だろう」
ああ、こういう人がフローライトの心を殺してきたのかと実感する。
彼らは、フローライトのことをただの美術品、ただの機械と見なしてそれに心があるなんて考えもしないのだ。
「ハッ、笑わせてくれる。お前らはフローライトのことを何一つとして分かってないな」
だからこそ、これ以上フローライトを人の手の元には置いておきたくない。
「あの子は、花が好きで掃除がちょっと下手で、褒められると嬉しそうな顔をして───────そんなふうに、物扱いなんてしていいワケがないんだよ!」
アレンがそう言うと、彼らは一斉に銃口を向けてくる。
それに対してわざと挑発するかのように、アレンはニヤリと笑ってみせた。
──────────────
「あー・・・・・・クッソ、痛てぇ・・・・・・」
早々に争いの決着は着いたが、弾が掠った左肩が痛いと悪態をつく。
あの倉庫は以前にもどこかの家同士の抗争で争いの場にされたことがあり、その際に細工を頼まれた経験があるので構造の把握はもちろん、以前使った仕掛けが残ったりしていたのだ。
だからこそアレンも拳銃と暗器だけで挑んだのだが、流れ弾にうっかり当たるなんて。
肩を押さえながら路地裏を歩く。
店にきたあの男にもフローライトの姿は見られてしまった。
もしかすると、オルドリッジではなくブライアント家に寝返って彼らに情報提供する可能性もある。
なにせ、ブライアントはこの間のオークションでズタボロにやられたばかりだ。
面子を保つ為に、そろそろ動き始める可能性はある。
そうなればもはや、フローライトのことなんか眼中に無くなるだろう。
そもそも、フローライトがアレンの元へ来ることになったのは二つの派閥の若造の喧嘩が元だ。
彼らはフローライトのことを相手との争いのための物としか見ていない。
おそらく、あのオークションで盗まれたのが絵画なり金品なりであっても同じように争っていたはずだ。
それくらい、彼らにとって歌う魔法人形そのもの自体はどうだって良くて、単に、いかに相手から優位に立つかを見ているだけなのだ。
だが、どちらにせよ拠点を移して身を隠さなければならないことは確定事項だったということになる。
「・・・・・・はぁ」
重いため息をついてしまう。
フローライトは今頃リリアンのところへ無事に着いただろうか。不安で仕方がない。
「魔法人形など、さっさと手放してしまえばよかろうに」
先程言われた言葉が、頭の中で反芻する。
こんなことになるぐらいだったら、魔法人形なんて引き取らなければよかったなんて、そんなことは絶対に思わない。
そもそも、これも想定済みの出来事だ。
確かに、シャノンが彼女を連れてきた時は、とんでもない厄介事だと思ったし、彼女を相手にしたところでなんの利益もないだろうと思った。
だが、どうしても彼女のことが気になった。
機械には心がないと言いながら、あれこれと表情を変えて、自分よりも感情豊かに見える。
なにより、あの朝に聴いた苦しそうな歌声。
あの声が、いつの日か透き通ってどこまでも歌えるようになるまで、彼女を見ていたいと思ってしまった。
「これが、一目惚れってやつか・・・・・・?ハハッ、俺らしくないなぁ」
最初は上辺だけの優しさで接していたのが、そのうちだんだん離れがたくなってくるなんて。
乾いた笑いだけが空へ消えていく。
もうこうなれば認めるしかなかった。
今後のことを考えれば、フローライトのことはリリアンに任せて手を引くのが最善策だろう。
でも、どうしてもその選択肢だけは選びたくないと思ってしまう。
その時だった。
「───────ららら、ららら」
どこからか、歌声が聞こえてくる。
ピタリとアレンの足が止まった。
「これは、あい、のうた・・・・・・」
次の瞬間、肩の痛みも忘れて声の聞こえてくる方へ走り出す。
この歌声は、フローライトのものだ。
少し歪で、けれども心のこもった優しい歌声だった。
「ああ、ああ・・・・・・」
フローライトは、向かいの道の階段に座り込んでひたすらに歌っていた。
どういうわけか、リリアンの元へは行かなかったようだ。
道行く人の中には、立ち止まって耳を傾けている人もいた。
肩についた血の跡はこの際仕方がないと、驚かせないようにそっと近づいていく。
「素敵な歌だ。レディ」
そう声をかければ、フローライトは驚いたようにパッと顔を上げた。
「アレン・・・・・・」
それからすぐに、目敏くアレンの怪我に気づく。
「怪我をしていますよ!死んでしまいます!」
ちょっと掠った程度だが、フローライトには重症に見えたらしかった。
立ち上がって、どうしようと狼狽えている。
「死なないよ、これぐらいじゃ。ちゃんと止血したし」
「ほんとですか?」
「ほんとさ。それより、さっきの歌。凄く素敵だったよ。君の歌声は美しい」
フローライトは、まだ戸惑ったような顔だった。
けれど、決心したように口を開く。
「・・・・・・私を作った人は、私にこう言いました。この歌は大切な人が残してくれた歌だから、誰かに歌い継いで欲しい、と」
私を作った人とは、大魔法士エドアルドのことだ。
彼がなぜ魔法人形を生み出したのか、最大の謎とされてきたが、その答えは周囲が思うよりも素朴で些細な願いだった。
「ずっと歌いたかったはずなのに、どうして忘れてしまっていたのでしょう」
「忘れたのなら、また覚えればいい。大丈夫、歌は君の胸の中にあるさ」
そう言うと、フローライトはふわりと微笑んだ。
硬い無機質な表情ではない、柔らかくて暖かい、花が咲くような笑顔だった。
その笑顔を見て、アレンはおもむろにフローライトに尋ねた。
「新しい家はどんなのがいい?」
「え?」
「首都にいると面倒事に巻き込まれそうだし、郊外に一旦移ろうかなって。郊外に住むんだし、せっかくだから庭付きにしようかな。フローライトも、ガーデニングしたいだろ?」
フローライトは、一体何を言っているのかときょとんとしている。
「私を、捨てないのですか?」
「捨てないよ。君のことは、俺が守るから」
「練習曲しか歌えませんよ」
「十分じゃないか。練習曲だって素敵だろう」
これ以上は否と言わせないと、アレンはフローライトの頭を優しく撫でた。
フローライトは戸惑いながら、くすぐったそうにしている。
最後の最後で欲が出て、やっぱり離れるのはやめにした。
これからも、フローライトの隣で彼女の歌を聞いていたい。
「名前は当然変えるとして、一応、顔も変えようかな」
「え・・・・・・、アレンも顔のパーツが取り外せるのですか?」
フローライトが驚愕の表情をした。
アレンもということは他にも取り外せる奴がいるのかと聞きたいが、それよりもその表情を鏡で見せてあげたかった。
こんな顔で、心が無いなんて言われたって信じられない。
「そんなわけないだろ。ハハッ、君の発想は面白いなぁ」
もし本当に顔まで変えることになったらシャノンにとことん文句を言ってやろうと笑う。
名前も姿も何度も変えてきたが、あまり慣れたくはないものだ。
「それじゃ、行こうか。レディ」
アレンが恭しく差し伸べた手をフローライトはしっかりと受け取る。
こんな自分の隣に彼女がいるなんて、初めて顔を合わせた時には想像もしなかったことだ。
いつかきっと、彼女が歌と心を取り戻すその日まで、傍にいたい。
握りしめた手は固く冷たいけれど、それでもアレンには暖かく感じられた。
レディ・エチュード 雪嶺さとり @mikiponnu
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