episode 3-3

……気まずい。どうしてこんなことになった。

車内はいつも通りの静けさだが、なんだかいつもよりもエンジン音が大きい気がする。多分気のせい。

どういう訳か、甘木さんを家まで送っていくことになった。タクシーでいいじゃないですかと言ったらそんなにお金はないとのこと。聞いたところ私たちの家から甘木さんの家までタクシーで帰ると数万円はするとのこと。それならば仕方ない。


しかし問題はここからで、ドライブがてら悠貴さんも一緒に行こうと提案したら明日は早起きのため早くお風呂に入って寝なきゃいけないからと断られた。するとどうなるかと言うと私と甘木さんが二人っきりで車に乗って家まで送ることになる。勘弁してほしい。

出会って数時間だが、甘木さんはとてもかわいいし礼儀正しいし所作が綺麗だし服も綺麗だしいい匂いがするし本当にかわいい。しかし甘木さんから見れば私はただの一般人であり、しかも仲のいい先輩の同居人という謎ポジションだ。

何が言いたいかと言うと非常に気まずい。そもそも知り合って2時間くらいなのに何をそんなに信用してくれているのか。いや、何もしないけど。

それにしても大丈夫かな。車の中煙草臭かったりしないかな……。

落ち着け、私はタクシードライバーだ。無心で安全に気を付けながら走ればそれでいいんだ。


「そこ右です」


指示を受けて右に曲がる。座っている甘木さんはまるでお嬢様のように可憐で美しく、外を眺めたり時々私を見てきたりする。私の顔何もついてないよね……?


「七海さん」


「はい?」


「コンビニ、寄りませんか?」


「分かりました」

ここでシカトしたら嫌われること待ったなしなのでコンビニに入る。

早く帰りたかったのだが、どうやらまだ先の話のようだ。





「今日はありがとうございました」


コンビニでシュークリームとコーヒーを奢ってもらった。甘木さん曰く今日のお礼だそう。別にいいと言ったけど押し切られた。

なんというか、こういう気の使うやり取りが苦手なんだよなあ。甘木さんみたいに良い人が相手だと特に。


「いえいえ。いきなりすぎてびっくりしましたけど」


「つきしー先輩が女の子と同居してるって気付いたらどうしても気になって」


行動力が凄まじい。こういったところが夢を叶える所以だろうか。

シュークリームを頬張る姿がかわいい。口についたクリームを手ですくって食べたらラブコメみたいだが、そんなことしたら通報されかねないからやめておこう。

ていうか、ケーキの後にシュークリームってすごいな。私は一日何も食べてないからいいけど甘木さんの胃袋は無限大なのか。


「でもこんなにイケメンさんだとは思いませんでした」


「それほどでも」


顔面だけはよく褒められる。自分で言うのはアレだがやたらイケメン女子として生まれてきた。学生だった頃にはたくさんの女の子にモテた。

ちなみに今は誰か人間と会うことすら珍しい。どうしてこうなった。


「つきしー先輩はどうですか?」


「どういう質問ですか」


「家でもあんな感じなんですか?」


あんな感じとは、つきしーせんぱ……悠貴さんの仕事中のことだろうか。

私もオタクだし、なんならファンなので悠貴さんが出演している作品や放送やラジオは追っている。PCの画面越しに見る彼女はお姉さんっぽくて、頼りになる感じがして、面白いし、なんか凄い。正直素人には詳しいことは分からないけどとにかく凄いことは分かる。彼女が人気声優なことには顔と声が良い以外にも色々理由があるのだと思う。

しかし家ではちょっと甘えん坊だ。疲れた時には抱き着いてくることも多いし寝る時も抱き枕にされる。

……まあこのことは黙っておこう。


「あんまり変わらないかな」


ちょっと嘘。


「ほーほー」


ホットコーヒーを一口飲んでから答えるとなるほどなるほどと感心しているようだ。


「私つきしー先輩に憧れてるんですよね」


「まあなんとなくそんな気はしてた」


私のような人にも優しい人だ。きっと後輩にも慕われてるのだろう。

お店で初めて会った時も、家でケーキを食べている時も甘木さんが悠貴さんに向ける視線は尊敬の眼差しだった。多分。


「初めてつきしー先輩と共演出来た時、本当に嬉しかったけど話しかけるのは無理だなって思ったんですよ」


「あー……わかる」


私と同じように人見知りの悠貴さんには圧倒的な話しかけるなオーラが漂っている。話しかけたら息の根を止められそうな気さえ感じる。あんな人絶対に話しかけたくない。


「その作品の収録で緊張しちゃって、外で深呼吸してたら悠貴さんが話しかけてくれて背中擦ってもらって、すごく落ち着いたんですよね」


「へえ」


自分の知らないところの悠貴さんの話を聞くのは新鮮だ。

私から悠貴さんにお仕事のことを聞くことはない。一人のオタクとして居たいし、向こうから話してこない限りは詮索しないことにしている。

とにかく後輩から慕われてるみたいでお姉さん安心したよ。


「まあそこから一緒にご飯行くまでに時間はかかりましたけど」


「あー……なかなか心開かないタイプなので……」


「なかなか攻略は難しいですね」


「ギャルゲーだと最難関キャラみたいな人なので」


「七海さんもそうじゃないです?」


「気難しそうってことですか?」


「いやいや」


ニコッと笑う笑顔がかわいい。私が見る笑顔のほとんどが悠貴さんの意地悪な笑顔のため心が洗われるようだ。そして気難しいと思っていても普通に私と話してくれる。この人がエンジェルなのかもしれない。

甘木さんと目が合うと頷き合った。コンビニを出て再びタクシードライバーになる。


「つきしー先輩みたいに名前で呼んでいいですか」


「どうぞ」


「アンリちゃん」


「ちゃん付けなんてほとんどされたことないですね」


「なんて呼ばれてるんですか?」


「悠貴さんからは杏理、あとはアンリくんとか」


「あっ、そこ左ですアンリくん」


「はーい」


間に流れる空気は少し柔らかくなった気がするし、気まずさはなくなった。多分。

曲がる際にチラッと見た横顔は楽しそうだった。多分。

まあ……疲れたけどたまにはこういうのも悪くはないのかもしれない。多分。











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夢のような生活はカフェオレのように甘い 憂鬱 @nakk04

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