episode3-2

コートを羽織って、スマホと車と家の鍵を持って家を出る。

外は相変わらず寒い。こんな日に外に出たくない。いや、こんな日以外でも外には出たくはないけれども。冬の夜風は痛いくらいに冷たく、小走りでエレベーターに乗り駐車場を目指す。

静かなエレベーターの中で時間を確認すると電話を受けた時間から20分経っていた。煙草吸ってたらボーっとしていたのかいつの間にかそんな時間が経っていた。着いたら不機嫌の悠貴さんに顔で遅いと言われることが確定している。悠貴さんだけならともかく友達も居るのだから早く行かねばいけないと思ってはいるものの、体と頭がついてこなかったのだから仕方ない。

実際のところ行きたくないのは確かだ。迎えに行くこと自体が既に結構めんどくさい。雨が降った日に駅に迎えに行くくらいは稀にあるが、基本的に私は煙草や甘いものの買い出しくらいでしか外に出ることがない。徹底的にヒモニートっぷりだ。この恥ずべき肩書きに全く恥じることのない引きこもりっぷりを見せている。

まあ迎えまではギリギリ吝かではないのだが、悠貴さんの後輩兼友達が家に来るとかとても困る。私が認めるレベルのコミュ障であるあの悠貴さんが一緒にご飯に行くくらいの人なのできっといい人なんだと思う。誰とかは聞いてないし知らんけど。

後輩ということはもしかして声優さんなのか。そう思うと途端に緊張してきた。

車に乗り込み、エンジンと暖房をかけて駐車場を出る。だいたい10分くらいあれば着くだろう。

さっそく信号に引っかかった。……どうやら今日はついてない日のようだ。





「遅い」


「ごめんて」


着いたら第一声がこれだった。自分で言うのもアレだが、私のような人間が迎えに来ただけで凄いと思うので感謝してほしいところだ。

それにしても店が騒がしい。金曜日だし時間もピークくらいのため仕方ないとは思うがもう帰りたすぎる。

人混みは苦手、というか嫌いだ。具体的に言えば4人くらい居ればその時点で帰りたい。その会話、私要る?居ないも同然くらいの影の薄さを発揮し、いずれ自分の存在に疑念を抱き始める。

いや、まあここ個室だしあんまり関係ないけど。


「わっ……すごいイケメンさんだ」


「ど……どうも……」


「キョドるな」


無茶を言うな。初対面な上にめちゃめちゃかわいい人なんだ。私がキョドらない訳がない。しかも見たことある人だった。オタクとしてはサインでも求めるべきだろうか。

それにしてもなんだこのキラキラ空間は。美女二人がテーブルを挟んで向かい合ってる姿はとても眩しい。私もまあまあ顔はいい方だと思うが、一般人兼ヒモの私から見てもやっぱりオーラが違う。これが人気声優さんたちか。


「はじめまして。甘木甘奈と申します」


「ぞ……存じております」


「嬉しいです」


目を合わせられないまま自己紹介を交わした。自己紹介とかいつぶりにしたのだろうか。

そして目の前に差し出された手。さすがの私でも意図を察して手を差し出すとお互いに優しく握り合う。小さくて柔らかい手は私がぎゅっと握れば折れてしまいそうなくらいだ。握手会とかもあるだろうにこんなに簡単に握手なんてしてしまっていいのだろうか。300円くらいしか持ってないけど払った方がいいのかな。

あっ、離れてしまった。


「まさかつきしー先輩の同居人さんがこんなにイケメン女子だなんて知りませんでしたよ」


「教えてないし」


「つきしー先輩の好み?」


「顔は好きね」


「中身は?」


「クズ」


「ひどい言われようだ」


「そんなことは置いておいて早くお店出ない?」


「賛成です」


そんなことなのかい。前を歩く二人をゆっくりと追いかけた。

甘木さんに握手してもらったこの手、一生洗わないぜ!





「お邪魔しまーす」


家に初対面の人が居るという状況が新鮮すぎてまるで人の家に居るような気分だ。隣に居る悠貴さんがごめんという顔をしているが、別に悪い人ではなさそうなので大丈夫ですよという意味を込めて微笑んでおく。

実際あの悠貴さんが一緒にご飯を食べに行くだけあってとてもいい人そうだ。私が画面越しに見ていた印象と全く同じで、ふわふわしていてかわいいが、それでいて礼儀正しい。運転していた時に後ろの席に座っていたが、座っている時の姿勢や各所の所作から育ちの良さが表れていた。そしてかわいい。


「二人で住んでる割には物がないですね」


「二人ともそんなに物に執着するタイプでもないし」


コートを畳みつつ部屋をキョロキョロする姿は本人の容姿も相まってまるで子供のようだ。つまりかわいい。ふわふわパーマが揺れていて甘い香りがしそう。かわいい。


「甘奈にデレデレしてない?」


「まさか」


全然表情は変わってないはずなのに見破ってくる辺りさすが同居人というところか。伊達にそれなりに長い時間共に暮らしていない。


「おつまみとかある?」


「ケーキならありますけど」


「本当にケーキパーティーしてたんかい」


「甘木さんは食べますか?」


「いいんですか!ケーキ嬉しいです!」


冷蔵庫からケーキを取り出し、箱を開けて見せると甘木さんは目を輝かせる。かわいい。そして悠貴さんは怪訝な顔。そういえばあなた数週間後ライブでしたね。


「甘木さんはどれが好きです?」


「なんでも大丈夫ですよ。ここにあるやつ全部好きです」


箱の中には4つのケーキ。チョコケーキとチーズケーキとモンブランとタルト。それぞれ夜食、朝ごはん、お昼ごはん、おやつの予定だったけどケーキ1つで甘木さんの笑顔が見れるなら安いものだ。


「じゃあ私はチョコで」


「つきしー先輩は食べないんですか?」


「うっ……」


悠貴さんの綺麗な顔が歪む。甘いものは好きだけど抑えなければならない。

悠貴さんはプロ意識の高い人だ。きっと断るのだろう。


「モンブランで」


「いや食べるのかよ」


「ケーキ一個分くらい後でなんとでもなる」


プロ意識がケーキに負けた瞬間である。流石に悪い気がするのでこれからライブまでの期間はある程度は悠貴さんのダイエットとキープに付き合うとしよう。


「二次会ですね」


「ちゃんとご両親に連絡してね」


「はーい」


お母さんと娘か?

突然にかわいい人、しかも一方的に知ってる人とお知り合いになった。

人生何があるか分からないとはよく言ったものだ。こんな素敵な光景もう見れないかもしれない。しっかりと目に焼き付けておこう。

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