第8話

 夕方、日が暮れていく。

 爽子さんの目は蕩けてきている。起きていることが難しくなっている証拠だった。

 彼女が、眠りについてしまう。


「……雪、降らないね」


 爽子さんが弱々しく窓の外を見て呟いた。

 彼女は憎悪の視線を送りながら、窓の外に広がる紅葉を見つめている。


 今年もダメだったかと諦めかけた――その時だった。


「――あっ」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、紅葉の中にが煌々と輝いた。

 それは雪の結晶だった。


 奇跡は起きた。雪が、降ったのだ。


「…………雪だ……。先生、雪だよ……!」


 彼女は食い入るようにして窓に近寄り、外を見つめた。目の錯覚かと思われた結晶それはちゃんと雪だった。

 次々と空から降ってくる。僕も思わず食い入るように見つめ、そして彼女と共に撮影した。

 紅葉と雪と彼女が写ったその写真は、とても素晴らしい画となった。


 不意に彼女の体が傾く。僕は咄嗟に彼女の体を支えた。

 彼女が眠りにつく、瞬間だった。


「…………雪、見れたぁ……」

「見れたね」

「せんせいの、言ったとおり……雪、降ったね」

「降ったね」

「……今年は、いい、思い出、できたなぁ……」


 そう言って瞼を閉じていく彼女は、とても幸せそうな表情をしていた。

 まるで死にゆく間際のようで僕の心はざわつく。彼女は死ぬわけではないと分かっていても、その感覚はなくならない。

 ぎゅう、と彼女を支える手に力が入る。すぐに力を緩めて、摩りながら彼女を後ろから抱擁した。


「……また来年も、この時期に雪が降るかもしれないね。そうしたらかぼちゃじゃなくてみかんを用意しないと」

「……ハロウィンなのに……?」

「みかんを食べながら雪を見ないと、冬感がないだろう?」

「そう、かも?」


 僕の言葉を聞きながら、弱々しくもくすくすと笑う爽子さん。ほぅ、と吐息を吐き出して、もう一度目の前の雪を眺める。


「今年は、特別だね。先生、私が戻ってくるまで、死んじゃあダメだよ」

「分かってるよ。……おやすみ、爽子さん」

「……おやすみなさい、鹿目先生……」


 そうして彼女は眠りについた。

 外に爽籟そうらいが吹き抜け、もみじと共に雪花が天へと舞った。

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