第6話

 爽子さんは、僕のだった。

 姉さんは、爽子さんが爽籟病を発症した年に亡くなった。まるで入れ替わるようにして亡くなった。この偶然に、僕は恐ろしささえ感じた。


 姉さんが亡くなった日、国から通告を受ける。


 どうやら姉さんには子どもがいて、その子が症例の無い病気を抱えているらしく、後見人がいないために身元を引き取ってほしいと要請が来た。

 現実味のない話に、僕は軽く眩暈めまいを起こした。


 ある日の夜。

 僕は寝苦しくてうなされて、勢いに任せて起き上がった。寝汗がべたついて気持ちが悪い。

 ふと周りの音が静かなことに気が付いて、不安が一気に押し寄せる。

 負の感情がどんどんと僕の心を蝕んでいくのが分かった。

 一人になるとどうしても不安になって、ネガティブ思考に陥る。

 姉さんが亡くなってから、どうやら僕は、心が壊れてしまったみたいだ。

 酷いときは戻してしまったり、カッターナイフでリストカットを試みたときもあった。


 けれど死ぬまではない。


 この檻にいる限り、死ぬことは、許されない。


 この感情の海に溺れそうなときはまず爽子さんの部屋に行くことを約束していた。

 これは、爽子さんの提案だった。

 お互いに補い合う。僕が彼女を生かすかわりに、彼女もまた僕を生かす。

 それは、ある種、共依存といってもいい。

 そしてこれは、僕たちにとって、必要なことだった。


「……さ、さわこさん……さわこさん……」


 僕は舌足らずの、情けない声を出して爽子さんを呼ぶ。

 爽子さんは僕のことを確認すると、その小さい体を精一杯に広げて「いいよ」と抱きしめてくれる。

 大の大人が恥ずかしいと初めの頃は思っていたが、どうしようもないと気が付くと心が軽くなった。


「……ごめんね……いつも……」

「いいよ。だって、お互い様だもん」


 ……ああ。いけない、いけないよ鹿目。

 彼女は爽子さんだ。姉さんじゃない。

 頭ではそう理解しているはずなのに、どうしても思考が許してくれないのは、それは僕の中の姉さんの亡霊が邪魔をしているからなのかな?


「……先生……?」


 そうだ。どうせ答えなんて帰ってこないんだ。

 爽子さんの声が離れていく。いつの間にか僕は眠気と戦っており、そしてその戦いに負けた。気が付けば翌日の12時であり、自分の空腹の音で目が覚めた。


 持ちつ持たれつ、支えて、支えられて。


 こうして、僕たちの奇妙な秋は続いている。

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