第5話

 彼女と出会ったときに僕は言った。


「はぐれ者同士、仲良くしよう」と。


 ここは診療所とは名ばかりの、大きな大きな山という

 僕たちは、国の特別機関によって管理及び監視されている。

 治すことが目的ではなく、を持つ者して、国に生かされているのだ。


 酷い話だと僕は思う。

 少なくとも、彼女は必死に生きているというのに。


 これは彼女に対しての冒涜ぼうとくではないだろうか。


 乾いた洗濯物の残りを畳み終わり、昼食とも夕飯とも言える食事を作り始める。食事を作り終えテーブルの上に並べラップを掛ける。これから僕は仕事の続きを進めなければならない。彼女が戻ったときにすぐに食べられるようにしておこうと思った。

 部屋へ戻ろうとしたとき、爽子さんが戻ってきた。彼女は手帳程の大きさの冊子を持っていた。

 それは4年前、この診療所という檻の中で暮らす際にしようと決めた“交換日記”だった。


 4年前、国の規定に従い僕たちはこの山の診療所にやってきた。

 当時、僕は25歳、爽子さんは14歳だった。


 僕は医師免許を持っており、診療所の経営を任された。だが、さすがにこんな山奥の診療所に患者など来るわけがないだろうと、国の言い分を疑った。

 揶揄たとえるならば、“彼女”が“患者”なのだろうが、その言い方は気に喰わなかった。


 僕らにはある共通項がある。


 彼女は世界で初めて爽籟病そうらいびょうという病を発症した

 僕は、爽籟病を発症した者の


 僕たちは悲しいことに『爽籟病』という病で繋がっているのだ。


 この診療所にいる理由は、爽籟病について知っている者同士、お互いに監視し合うのが目的だった。

 その思惑おもわくが見え透いていて、吐き気がしたのを憶えている。

 しかも同居人は思春期真只中まっただなかの女子中学生と来た。

 いい歳した成人男性が同居してもいいものなのか? と若干の不安が僕の中に募る。


 診療所に着き、各々の荷物を片付けていく。必要な衣食住に関しては全て国が保証するという。

 何もかも、この檻から逃げられなくするためのもの。怒りを通り越して呆れて笑えてすら来てしまう。

 今日のところは配給されたおにぎりと飲み物を食べて早く寝よう。彼女の部屋にも運んであげようと席を立ったとき、その彼女がなにやら手帳サイズのノートを持って来た。


「えっと……爽子さん?」

「……交換日記をしよう、鹿

「――交換日記?」


 そのノートの表紙には【交換日記】と可愛らしい字で書かれていた。

 僕は少しだけだったけれど、おもてには出さないように努力する。


「そう。……私、先生のこと知りたい。何も知らないまま一緒に生活は出来ないから、仲良くなりたいから、交換日記がしたい」


 彼女は恥ずかしそうに僕を見て、その意思を示した。可愛らしい子だなと思った、が、その思考は危険だと脳が告げた。

 危ない。

 危ない所だったぞ、鹿目よ。


「そ、そっか。そうだよね。何も知らないまま同居は怖いもんね。交換日記、しようか。最初は爽子さんから始めてみよう」

「……うん!」


 こうして始まった交換日記は、2か月間続き、そして彼女が眠りについて終わる。

 しかしこれだけでは彼女が可哀想だと思った僕は、彼女の眠っている期間もずっと日記を書き続けていた。


 春は桜の花の押し花を。


 夏は川の流れるほとりを。


 冬は真っ白にきらめく雪たちの写真を現像し、日記に貼り付ける。


 そうすることで彼女が知らない季節を見せてあげられると、安易な考えだけれどそう思ったのだ。

 秋になると彼女が起きる。彼女は、眠っていた期間の出来事をこの交換日記を通じて知っていく。

 微笑む爽子さんを見ていたうちに、僕は自然と彼女を被写体として撮影していた。


「先生、最近疲れてる?」


 そんな、4年前の当時を思い出していたとき、爽子さんがそんなことを聞いてきた。


「んー、そんなことはないと思うけどな」

「本当?」

「どうしてそんなことを聞くの?」

「日記が……更新、されてなかったから」


 爽子さんが交換日記を手に持っていた。それを見て、はたと思い返す。

 ……確かに、最近交換日記を書いた記憶がない。僕は記憶を辿ってみるが、やはり記憶がない。

 思い当たる節はあった。けれど、このことを爽子さんに伝えることはしない。してしまえば彼女は優しいから、気を遣ってくれるだろう。


「……ごめんね。もしかしたら自分でも知らない間に忙しかったのかも」


 僕は素直に彼女に謝る。

 彼女にこれ以上の心の負担はかけたくなかった。

 ストレスが『爽籟病』にどう影響するのかが分からないからだ。


「そっか。じゃあ、お休みなさい」


 彼女は僕を見て、何かを言いたげにしていたけれど、何も言わずに微笑んだ。

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