第11話 最大ギルドの主
入口に目を向けた面々はなんの反応も示さず会話へと戻っていった。喧騒の中から凜とした声が響く。
「アマテラスさん。扉は静かに開けてくださいと、何度言ったら分かっていただけるのでしょうか。慣れてない者が驚きますので、次回からはゆっくり開けてください」
「はいはい」
受付カウンターの奥から青い長髪の女性が忠言してきた。
軽く手を挙げて答えるアマテラスの態度にため息をついた受付嬢は、そのままカウンターの奥へと姿を消した。呼び止めようとした純白の少女の手が虚しく空を泳ぐ。仕方ないと建物内を見渡し、近くで固まっていた檸檬色の髪の少女に目をつけた。
「あなた、ギルド《ここ》の関係者?」
「は、はいっ! 『神々の黄昏』メイジ隊所属の
あ、噛んだ。
「よ、よろしきゅ」
また噛んだ。
「おねぎゃいひましゅっ!」
「分かった、分かったから! もう充分だから一旦落ち着こ? ね?」
あまりに噛むので、見るに堪えなくなったエナがすかさず止めに入る。ユリナと名乗った少女は、噛んだからか、はたまた緊張に耐えきれなかったのか涙目になっていた。しゃくり上げる背中を優しくさすりながら手近な椅子に座らせ、落ち着くのを待った。
いきなりの出来事に困惑するアマテラスも、なぜ泣かれたのかよく分かっていないようだった。
ひとしきり泣いて平常心を取り戻したユリナは立ち上がると、綺麗な檸檬色の髪を揺らし困惑するアマテラスに頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。アマテラス様は、私が最も尊敬しているお方なので緊張してしまって……」
「別に私は尊敬されるような人間じゃないよ。現実に戻れば、私は弱いからね……」
アマテラスの顔に影が差した。それも一瞬のことですぐに元の調子を取り戻す。腰に手を当て、建物内を見回すと改めてユリナに目を向ける。
「キュクロ──ギルマスに会いたいんだけど、どこにいるか知らない?」
「団長、ですか?」
「そ。一応アポは取ってるんだけど……店に顔出してるならそっちに行くし、フィールドに出てるなら出直すけど」
「団長なら二時間前に上のフロアに素材採集に出かけましたよ。たぶん、そろそろ戻ってくるんじゃないでしょうか」
直後に入り口の扉が勢いよく開いた。現れたのは戦鎚を背負った浅黒い肌の大男。後からぞろぞろと入ってきた他のプレイヤーより頭一つ分抜き出ている。
そんな彼がアマテラスとエナの近くに歩み寄ってきた。エナとの身長差は三十センチ以上あり、自然と男を見上げる形となる。入ってきてからずっと眼光鋭く、睨まれているようで怖い。威圧感を放つ彼が口を開き、
「久しいな、アマテラス! 元気にしてたか!」
ニパッと少年のような笑みを浮かべ、純白の少女の方を思いっきり叩いたのである。さっきまでの威圧感はどこへ行ったのやら。
その後、握手を求められたアマテラスは男の手を握り返し、柔和な笑顔を向けた。
「久し振りって、この前会ったばかりでしょ。素材集めに行ってたって聞いたけど、何層に行ってたの?」
「26層だ。で、今日は何の用だ? いきなりメッセ飛ばしてきて、まさか昔話をしに来たわけじゃないよな?」
画面を操作して戦鎚を消したキュクロが話題を振る。はっきりと口には出していないが、言外に早くしろと言っているようだった。
「安心して、ちゃんと用件はあるから。その前に……エナ、こいつはキュクロ。ギルド『神々の黄昏』のギルドマスターよ」
「ど、どうも……」
「おぅ……誰だ?」
「今紹介するから。彼女はエナ。32層の〈アルケミストの洞窟〉で出会った子よ」
アマテラスの紹介に、キュクロは眉をひそめた。
「32? おいおい、冗談はやめろ。どっからどう見たって駆け出しのその子が、32層なんて行けるわけ無いだろ」
「話は最後まで聞きなさいよ。エナが言うには、〈始まりの森〉に行ったらプレイヤーに襲われて無理やり転移させられたみたいなの」
「間接的なPKか。それが『神々の
カウンターの中で素材を出して整理しながらキュクロが会話を続ける。彼の興味はほとんど会話に向けられていないようだった。ただの世間話という意識で聞く知り合いの態度に、額に青筋を浮かべたアマテラスは語気を強め、
「この子がPKに遭う前に、ログインしてすぐに四人組の男と揉めたらしくてね。その中に、腕に緑のバンダナを付けた男がいたらしいのよ。──あなたのところにいたわよね? 腕に緑のバンダナを付けた男」
「……いるにはいる。そいつが罠を仕掛けたって言うのか? 馬鹿馬鹿しい。たかが揉めた程度でそこまでするか普通」
「サリュが割って入らなきゃエナが負けるだけで済んだでしょうけど。だとしても、これは明らかに問題よ」
作業を続けていたキュクロが手を止めた。
すぅっと目を細める純白の少女は、エナ以上に苛立っていた。ここからが本題、と前置きして早くも慰謝料請求について一方的に宣言する。
「まず、エナを罠に掛けたプレイヤーによる謝罪と賠償金の支払い、それと彼女の装備の無償提供を要求するわ」
その瞬間、室内がザワついた。
有無を言わせぬ発言に、当事者であるはずのエナは置いてけぼりを食らう。険悪な雰囲気にオロオロする彼女を大男の視線が射貫く。
「……それは、君の意思なのか?」
「えっと……はい」
「…………時間をくれ。本人に事実確認をしたい。アリア、ちょっと来てくれ」
呼ばれて出てきたのは、最初に見かけた青い髪の受付嬢だった。アリアと呼ばれた彼女はお盆を片手に、
「先ほど扉を勢いよく開けたのは団長ですか?」
「それについてはすまん。それは置いといて、二人を応接室に案内しておいてくれ。茶と菓子も出してくれると助かる」
「……かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
カウンターの脇を通り過ぎ、通路を抜けて応接室へと通された。部屋の中央にはローテーブルと、それを挟むようにソファが置かれていた。座ってみるとかなりふかふかだ。
一礼して退室したアリアが茶と菓子を持って戻ってきた。湯気の立つ紅茶にサクサクのクッキーという洋風セットである。
「では、何かあれば呼んでください」
「あ、そうだ。アリアさんも一緒にどうですか?」
業務に戻ろうとした青髪の女性をエナが引き留めた。動きを止めたアリアは少しだけ驚いた顔をしていた。
「私も、ですか?」
「はいっ。いいよね?」
「いいんじゃない? あなたが良ければね」
ちらりと横目で見るアマテラスも、口ではどちらでも言い風に装っているが一緒に飲みたそうだ。客人からの期待の眼差しに、受付嬢は微かに笑った。
「そうですね……そろそろ休憩を当必要もありましたし、折角なのでご一緒させていだたいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
「では私の分の紅茶と追加のクッキーを持って参りますので、しばしお待ちください」
そうして扉を閉めたアリアが戻ってきてから、楽しい女子会が始まった。残念なことに、ほとんどモンスターの倒し方についての語らいで終わり、エナはずっと愛想笑いを浮かべているだけだった。
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