第12話 犯人捜しは幕を下ろす
キュクロは25層にある『神々の黄昏』の支部を訪れていた。まさかギルドホームに残してきた少女たちが、モンスターの倒し方の話で盛り上がっているとは露ほどにも思っていない。
険しい顔で扉を潜ってきたギルドマスターに、談笑していたプレイヤーたちはギョッとした。カウンターにいた青年が駆け寄り、
「だ、団長!? どうされたんですか!?」
戦闘時以外、滅多なことでは見ない剣幕にギルドメンバーたちの顔は真っ青である。そんな彼らを一瞥し、ドスの効いた声で室内へと呼びかける。
「──バルゲイドはどこだ」
「は──?」
「バルゲイドはどこだぁっ!!」
「た、たぶん上の層にいるかと……」
「今すぐ呼び戻せぇっ!!」
「は、はいぃっ!!」
青年は急いでバルゲイドと言うプレイヤーへと連絡を取った。張り詰めた空気が漂う中、20分以上経ってから黒の鎧を纏う男がギルド支部に現れた。左腕には緑のバンダナが結ばれている。
なぜ呼ばれたか分からないといった様子の男を応接室へと連行し、団長直々の取り調べが始まる。
「単刀直入に聞く。昨日、紅色の髪をした女性プレイヤーと揉めたか?」
「さぁ? 知らねぇなぁ。そいつと俺に何の関係があるってんだ?」
「その子が言うには、緑のバンダナを付けたプレイヤーと揉めたらしいんだよ。その後、そいつに襲われた」
「……おいおい、まさか俺を疑ってんじゃねぇだろぉな? わーったよ、正直に話す。確かに揉めた。だが、その後の事は知らねぇよ。それとも、俺がやったって証拠でもあんのか?」
バルゲイドの言う通り、証拠はどこにも無い。仮にやっていないとしたら、彼に疑ったことに対する謝罪をしなければならない。
目を伏せ、少しばかり思案したキュクロは顔を上げ、
「……疑ってすまない。お前がやっていないとなると、犯人は分からずじまいになるが仕方ないだろうな」
「もう行っていいか? これから素材を集めなきゃなんねぇからな」
「あぁ。……仕方ない。慰謝料とオーダーメイド装備の無償作成で揉めたことに対する謝罪をするか」
「はぁ? 何言ってんだ。たかが転移したぐらいでそこまでやる必要は無ぇだろ」
バルゲイドの吐き捨てるような一言。それを聞いて、キュクロの顔に影が差した。
扉を閉めようとする男に向かって、今し方手に入れた証拠を突きつける。
「なぁ、バルゲイド」
「あン?」
不機嫌そうに振り返る男の目を正面から見返し、
「なんで“転移した”って知ってんだ?」
「あ? そりゃ、あんたが言ったから──」
「俺は“襲われた”としか言ってない。それなのに、お前は件の少女が転移したと知っている。なぜだ?」
バルゲイドの動きが止まる。彼の肩に、立ち上がった団長は手を置いた。
「──全部話してもらうぞ」
「や、やれるもんならやってみろよ! 俺があんたに脅されたと言やぁ、あんたの立場は危うくなるかもなぁ!!」
「言っとくが、さっきの会話は全部録音してある。お前が何を言おうと、誰も耳を傾けねぇよ」
今度こそ顔面蒼白となったバルゲイドは、団長と呼び集められた幹部たちの前で罪を認めた。
◇ ◇ ◇
1層の『神々の黄昏』ギルドホームでは、エナの知らない上層のモンスターの話で盛り上がっていた。しかし、和やかな空気は唐突に崩れ去ることとなる。
険しい顔で入ってきたキュクロを見て、アリアも眼光を鋭くさせる。彼はエナの傍に立つと、
「──申し訳なかった」
頭を深く下げた。突然のことで呆然とするエナだったが、頭を下げたままの彼は上に立つ者の責務を全うする。
「俺自身には関わりの無いことだが、ウチの団員がしでかしたことは団長である俺の責任だ。アマテラスが提示した慰謝料、全額を支払うつもりだ」
「と、とりあえず顔を上げてください!」
キュクロの体を起こそうとするが、直角に曲がった上体はびくともしない。助けを求めてアマテラスとアリアを見る。前者はポカンと口を開けて固まり、後者は額に手を当てため息をついていた。
少しして我を取り戻した白髪の少女がキュクロに声を掛ける。
「慰謝料を払うってことは……本人が認めたってことでいいのよね?」
「あぁ、バルゲイドの奴が全部吐いた。1層で揉めたエナを〈始まりの森〉で襲い、上の階層へ転移させた、とな」
「そう……なら、このまま金額の交渉に入りましょう」
当事者が介入する暇も無く話が進む。ギルド側から提示されたのは500万Gの支払いとオーダーメイド装備の製作費用及び素材の負担、という内容だった。
話題に上がったオーダーメイド装備を作製する費用の相場はエナには分からない。途方もない金額であるというのは容易に想像がついた。交渉を進める二人の傍らで、アリアにオーダーメイドについて話を聞いた。
「あの、オーダーメイドの装備ってどれくらい掛かるものなんですか?」
「そうですね……物にもよりますが、武器を作るとなると少なくとも数十万Gはしますね。今回エナさんにお作りする装備は性能も良いものになるでしょうから、おそらく数百万から1000万といったところでしょうか」
あまりの高額予想に、目眩にも似た感覚を覚えた。ただでさえ高額なのに、その上慰謝料まで貰うのは気が引ける。被害者であるはずの少女から別案を懇願した。。
「お、オーダーメイド装備の製作費だけでお願いします!」
「いや、それじゃあ俺の気が収まらん」
「私だってそんなに貰っても困るんです! それに、始めて二日しか経っていない私がなんの努力もせずにオーダーメイド装備を作ってもらうなんておこがましいですっ!」
それは別にいいのでは、とその場の誰もが思った。
少しの間、沈黙が訪れる。やがて長めのため息が室内に響いた。
「……分かった。ならばこちらはオーダーメイド装備の製作費用だけを払おう。素材はひとまず俺たちの方で負担はするが、少しずつ回収して納めてくれれば問題ない。持ってきたらアリアが素材の管理をしてくれているから、彼女に渡してくれ」
金額が抑えられたことに、エナはホッと胸を撫で下ろした。
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