第9話 小さな双壁と骸の大群

 長々と話しているうちに陽が沈み、頭上には満天の星空と満月が浮かぶ。同時に、森に漂っていた空気がガラリと様変わりする。先ほどまでのものとは違う濃密でジメッとした、細部にまで纏わりついてくる嫌な雰囲気。森そのものが巨大なモンスターになったかのよう。

 あるある話で盛り上がっていたアマテラスたちも、会話を中断して周囲の様子に目を光らせる。


「サリュ、一つ聞いていい?」

「……手短に」


 アマテラスの問いかけに盾の少女──サリュは両手の盾を構えつつ応答。声色に緊張の色が浮かび、表情も僅かに焦っているように見える。


「ここに来る前に何してたの?」

「クエスト進めてた」

「……何と戦ってた?」

「……ちょっと面倒な相手。夜になりそうだったから逃げてきた」

「まさかとは思うけど、戦場跡に行ってないでしょうね?」

「…………ごめん」

「……後で話があるから! エナ、また抱えるよ!!」

「【反転化】!」


 森全体が震えた。水色混じりの黒髪と白髪が同時に翻り、エナの体に衝撃が走る。抱えられたと認識した時には景色が後ろへと流れていた。

 三人が先ほどまで立っていた場所に、影が大量に流れ込んできた。

 フードを目深に被った、サーベルを携える人影。プレイヤーかと一瞬思ったが、フードの下から見えた顔は紛う事なき骸骨。眼窩には警戒色である赤色の光点が瞬いていた。

 離れゆく景色の中ではかろうじて読めた名は〈スカルマーダー〉。見た目から察するに、アレがアマテラスの言っていたアンデッド系のモンスターなのだろう。

 死人の群れが、全力で逃げる三人の後を追いかけてきた。見かけによらず足が速く、逃げても逃げても距離が広がらない。


「なんで夜目前で戦場跡なんかに行くのよ!」

「クエスト! 依頼があったの!」

「どうせ弔いクエでしょ! そんなもの昼に行きなさいよ!!」

「お願いだから喧嘩しないでー!?」


 左右を骸骨が壁のように埋め尽くしていた。いがみ合いながら走っていたから追いつかれたようだ。


「サリュ!」


 危険を察知したアマテラスが隣を走る少女の名を叫んだ。反転しながら何かを呟いたサリュは、二枚の大盾を正面に構え、


「──【クイック・リロード】、【反転化】、【聖域】、【聖龍の咆哮】!!」


 一つ目と二つ目のスキルでは何が起こったか分からない。その後の三つ目のスキルでサリュの足元から白い光が溢れ、四つ目のスキルで虚空に白球が十個出現した。少女を中心に左右五つずつ、弧を描くように並び、骸骨の群れ目がけて白い光を発射。撃ち抜かれた死人は青い欠片となり、その数を徐々に減らしていった。だか、間隙から新たに雪崩れ込み隙間を埋めていく。


「ちょっと! やるなら全部倒しなさいよ!!」

「数が多くて無理!」

「あーもうっ! こうなったら逃げるが勝ちよ!」

「私AGI低いし、【反転化】もしばらく使えない」

「っ、なら担いであげるわよ!!」


 そう言って左脇にサリュを抱えると猛然とした勢いで森を駆ける。

 背後に迫る骸骨たちから雄叫びが響く。肩に担がれたエナの紫の双眸が、〈スカルマーダー〉の大群に赤いオーラが纏っていくのを捉えた。名前の隣に、赤色の剣と盾と靴のマークに上方向の矢印が付いたものが現れていた。


「あのっ、名前の隣に赤いマークが三つ付いたんだけど! あれって何!?」


 その瞬間、「うえっ!?」とアマテラスの口から変な声が出た。


「くそっ、絶対に強化バフ付けたじゃん! サリュ、森抜けるまでどれくらい!?」

「……ニキロくらい?」

「長いっ!」

「バフって何ぃいいいいいいい!?」


 ほとんど叫びながら聞くと、アマテラスによる緊急講義が始まった。

 強化バフとは、自身や味方の能力向上のことを指す。能力の上昇は赤色で表示され、剣は攻撃力、盾は防御力、靴は敏捷力を表している。

 逆に能力を減少させるものは弱体化デバフと呼ばれ、濃い青色で表示される。状態異常も弱体化の一種らしいが、詳しい話はピンチを乗り切ってからと言われた。

 最速を維持しながら木々の間を抜け、ようやく平原へと踊り出た。雲一つ無い満天の星空の下、平原の途中で急制動をかけたアマテラスはサリュを投げた。あろうことか森の方へと。


「【クイック・リロード】、【反転化】、【聖域】、【聖龍の咆哮】!!」


 着地と同時にスキルを並列起動する。白光が闇へと放たれ激しい爆発を起こした。時折、小瓶に入った液体を飲みながら砲撃を繰り返す。少しして、アマテラスが水色混じりの黒髪の上に手刀を落とした。


「やり過ぎ。あいつらはもう撤退してるって」


 最後の砲撃が効いたのか目下の危機は去った。優しく地面に下ろされたエナの隣で、アマテラスもサリュも一気に脱力しその場に座り込んでしまう。肉体に疲労が溜まっていないので、精神的なものだろう。

 労いの言葉を自分が掛けて良いものだろうかと考えたが、落ち着く時間が二人には必要だろうと判断して黙っておくことにした。


「……この後私は上がるけど、サリュはギルドに行くの?」

「もちろん。ドロップアイテム売りたいから」

「だよね~」


 何気ない会話の中に出てきた“ギルド”という単語にエナが耳聡く反応する。


「今ギルドって言葉が聞こえたけど、アマテラスの知り合いがやってるギルドってどんなところなの?」

「気になる?」


 彼女の問いに、こくこくと首を縦に振った。


「いいよ。じゃあ街まで歩きながら離しましょうか。サリュも、ほら立って」


 二枚の大盾を軽々と拾い上げながら、いつの間にか大の字に寝転がっていた少女を無理やり立たせる。その手に盾を握らせる姿は母親のようだった。

 アマテラスに率いられるまま、月明かりに照らされた平原を進む。この時間、モンスターはあまり出てこないようで目の届く範囲に影は見当たらない。

 街の中へ入ると他のプレイヤーとすれ違うことが増えてきた。彼らはアマテラスとサリュの姿を見るなり、ギョッとしたり二度見したりとあまり見ない反応をしていた。


「ねぇ、二人を見た人が驚いてるようなんだけど、なんで?」

「…………それよりも、明日改めて行く知り合いのギルドなんだけど」

「えっ、嘘でしょ!? 話変えたよこの人!」


 話をすげ替えた純白の少女は、いくら聞いても答えてくれなかった。サリュも頑なに沈黙を貫き、視線が合わないように顔を背けていた。その後も教えてと二人にせがんだものの、納得のいく回答は得られなかった。

 結局、この日はギルドの詳細について聞くことは叶わなかった。サリュと別れ、1層〈ストレチア〉へと転移した後、後日の待ち合わせ場所と時間だけ決めてアマテラスとも別れた。

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