第8話 洞窟を抜けて
途中で骸骨武者やリザードマンと遭遇したが、アマテラスの圧倒的な強さの前に瞬殺されていった。その後もひたすら歩き続けたが、変わり映えのない景色に方向感覚を失いそうになる。同じところをぐるぐると回っているのでは、と不安になってくる。
ここまで一人で無双する純白の影を追って角を曲がった時だった。
「あ────」
洞窟の奥が明るくなっていた。久し振りの明かりに、エナは自然と駆け出す。安堵と高揚感に背中を押され駆ける彼女の背後に「走ると危ないよー」と声が掛かる。
最後の直線を完走し、洞窟からの脱出を果たす。
崖にぽっかりと開いた穴の外は開けた場所となっており、鬱蒼と茂る森が周りに広がっていた。空はすでに茜色に染まっていて、もうすぐ夜が訪れようとしている。
ぐっと体を伸ばし、死の恐怖と閉塞感から身も心も解放する。なんだか長い時間彷徨っていた気がするが、実際は1時間ほどしか経っていない。
「夕陽が綺麗……ゲームじゃないみたい」
感傷に浸っていると、遅れてアマテラスも洞窟から出てきた。
「夕陽に見とれてても良いけど、陽が落ちきったらアンデッド系のモンスターがそこら中からうじゃうじゃと──」
「それ以上は言わないでくださいっ!!」
耳を塞いでしゃがむエナの姿に笑いつつ、彼女の隣を通り過ぎる。
「そういう訳だから、早く近くの街まで戻るよ」
さっさと歩いていく白髪の少女の背中を慌てて追いかける。隣に並んだところで、エナは疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ところで、アマテラスさんってこのゲームを始めてどれくらいなんですか?」
とっさに出てきた唯一の質問だった。強力なモンスターを一人で倒す彼女の、その強さの秘訣を是非とも聞いておきたかったのである。
突拍子もないエナの質問に、アマテラスは少し困ったような表情を見せた。
「質問にはできるだけ答えるけど、その前に一つだけいい?」
「はい、なんでしょう?」
「私と話す時は敬語じゃなくていいよ。私もエナって呼ぶから。敬語だと他人行儀な感じがして、何というかその……居心地が悪いというか、ね。落ち着かないのよ」
「……分かりました。じゃあ、改めて──こほんっ。アマテラスさ……じゃなくて、アマテラスはこのゲーム始めてどれくらいなん、なの?」
急に敬語で良いと言われて、たどたどしい口調で再度同じ質問をした。会って間もないアマテラスにタメ口で話すのは気が引けたが、彼女は気にした様子も無く頬を掻きながら恥ずかしそうに答えた。
「えっと、GWOが発売された当初からやってるから……かれこれ4年はプレイしてるかな」
「凄い!、れ、レベルは……」
「レベルは100を超えてる。長いことやってるせいか、参加したイベントでは祀り上げられるし街を歩けば人が集まって動けなくなるしで、良いことなんて全然無いよ。まぁ、最近はそういうのも少なくなったけどね」
アマテラスの目がここではないどこか遠くへと向けられる。想像もつかないような苦労を経験してきたのだと容易に理解できた。
「それで、他に聞きたいことはある?」
「他……他……」
何を聞こうか。視線を彷徨わせていると、ガサッと茂みが揺れた。とっさにアマテラスの背後へと隠れてしまう。
はっとして前へ躍り出る。腰に提げた剣に手を伸ばして一気に抜き放つ。
洞窟の中ではアマテラスに頼りきりだった。今度は純白の少女の手を少しでも借りるまいと、相打ち覚悟で構える。
(あれ、相打ちだと自分も死ぬじゃん)
そう考えて全身が硬直する。視界が狭まっていく少女の肩に手が置かれた。
「大丈夫、落ち着いて」
恐怖と緊張で震え始めていた手に、そっと別の手が重ねられた。優しく包む手が力む腕をゆっくりと下ろさせる。顔面蒼白で隣を見たエナは、精一杯の覚悟を台無しにされ途方もない無力感に涙を浮かべた。
「私……役立たず、ですね……」
「何言ってるの。初めてのプレイなんだから、そういうのは気にしなくていいの。あと、これはゲームなんだから思いっきり楽しまなくっちゃ! 緊張するのは構わないけど、しすぎると体に毒だからね~」
俯く少女の紅色の頭がわしゃわしゃと乱雑に撫で回された。破顔一笑するアマテラスのテンションがやけに高い。温かな言葉を掛けられたエナの心は和んだ。
「それに、」
「…………」
じーっ、と。エナは自分に視線が向けられていることに今さらながら気付いた。
吸い込まれそうなほどの黒に、水色の房がいくつも混ざった髪。伸びに伸びた前髪で右目を隠し、無気力そうな瞳を二人に向けている。表情も読み取れない。エナより頭一個分低い小柄な体躯だが、両脇を固める純白の大盾を軽々と持っていた。
お人形さんみたい、と言われること間違いなしの少女がエナを見て首を傾げた。
「……あなた、1時間くらい前に会った?」
「1時間前? ……あっ! もしかして、あの四人組に絡まれた時に助けてくれた方ですか!?」
「覚えててくれて嬉しい」
「あの時はありがとうございました! あの、何かお礼を」
「お礼はいい。けど――」
少女の目がエナの隣に向けられる。無気力そうな瞳の奥に敵意が滲んだのが気になったが、あえて聞かないことにした。何かの因縁から戦いにでも発展したら、エナには止められないからである。
睨みつけ牙を剥く盾の少女をなだめ、ここに至るまでの経緯を説明した。今にも喧嘩を売りそうな二人の間に割って入っておくのを忘れない。
敵意もなりを潜め、いつの間にかモンスターの話が始まっていた。
「アンデッド系のモンスターはしつこいのが売りだから。倒したそばから湧いてくるからウザい」
「右に同じく。後ろの方で呼び出す
「ソロプレイヤーの敵」
「ほんと面倒なのよね~」
盾の少女もアマテラスと同じソロプレイヤーのようで、二人だけで話が盛り上がっている。断片しか聞き取れないが、気付けばエナの知らない話になっていた。会話に入ることもできず時間だけが過ぎていった。
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