第2話 チュートリアル


 見たこともない世界へ飛び込むのは怖いが、不思議と気分は高揚していた。

 視界が白い光に包まれる。収まるとそこは足場以外何も無い空間だった。見渡す限りの白一色。果ての無い場所に優美は不安を覚える。

 ブォンッ、という音と共に目の前にホロウィンドウが出現した。名前とパスワードを入力欄があったものの、優美はすぐに入力せず腕を組んだ。本名は絶対にやめろ、と夏凜から忠告されていたのである。かといって適当な名前をつけるわけにはいかない。

 考えているうちに、二年前に母から名前をどうつけたのか聞いた時のことを思い出す。

 優美が生まれてすぐ、両親は名付けで相当揉めたらしい。二人とも候補を一つずつ出したが埒が明かず、じゃんけんで決めることになった。結果として母親が勝ち“優美”に決まったのである。父親は“恵那”と名付けたかったようで、母親に土下座までして懇願したのだとか。

 聞いた当時は変なの、と笑った記憶がある。最近になって冷静に考え、いい加減な方法だと頭を抱えたことも覚えている。

 頭を捻ること十数秒。

 他に良い名前も浮かばない。キーボードを叩いて“エナ”と打ち込み、パスワードを設定する。画面が消えた後、


『ようこそ、Grow World Onlineへ。チュートリアルをプレイしますか?』


 女性のような機械音声が流れ始めた。Yes/Noの選択画面が現れたが、迷うことなくYesを選ぶ。途端に果ての無い白の空間から、遮蔽物の無い草原地帯に世界が書き換えられた。土の匂い、肌を撫でるそよ風は現実のものと変わりない。

 呆けているのも束の間、優美から2メートルほど先の地面から青い光が湧き上がった。ゼリーのような質感の青くて小さい物体が出現する。

 ぽよぽよ跳ねる謎の物体に、目が点になる優美の耳にあの機械音声が再び響く。


『フィールドには小型のものから大型のものまで、様々なモンスターが生息しています。名前やHPバーは頭上に表示されています。階層ごとに配置されたボスなどの強力なモンスターは複数のHPバーを持つものもいますのでご注意下さい』


 目を凝らして見ると、青い謎物体の頭上に名前と緑の棒があった。スライムという名前のそれからは全く脅威を感じない。


『戦闘の方法は二種類あります。一つは武器で直接攻撃する方法、もう一つは魔法で攻撃する方法です。まずは剣で攻撃してみましょう』


 言葉が終わると、虚空から鞘に収まった剣が現れた。抜くと、陽光を浴びた刀身が銀に煌めく。

 この非現実感、なんか凄い! と目を輝かせ感動した優美エナは意気揚々と構え、


「やぁっ!」


 気合いの掛け声とともに振り下ろす。ゼリー状の体に赤い筋が走り、HPバーも半分まで削れた。

 両手を高々と掲げ攻撃が当たったことに喜んでいると、腹部に衝撃が走った。突然の一撃に軽く吹っ飛ばされ尻餅をつく。

 お尻をさすりながら顔を動かすと、スライムとの距離が近くなっていた。体当たりをされたのである。柔らかそうな見た目とは裏腹に結構ダメージがあった。


『フィールドにいるモンスターは攻撃してくるので、剣や盾で防ぐか回避しなければダメージを受けます』

「それは早く言ってほしかった!」


 意味が無いと分かっていてもつっこまずにはいられなかった。それでも音声は続く。


『プレイヤーのHPは視界の端に、他のプレイヤーのものは対象の頭上に表示されます。HPがゼロになると死亡となり、直前に立ち寄った街へと転送されます。死亡のペナルティとして所持金減少や一定時間ステータス減少が発生します。また、プレイヤーが他プレイヤーを倒した場合、アイテムの一部と所持金が移動します』


 はたしてそれがどれほど辛いものか優美は知る由もない。


『次にスキルでの攻撃です。スキルにはMPを消費することで使える魔法も含まれます。スキル名を発することで発動します。それでは基礎魔法の【ファイアボール】で攻撃してみましょう』


 言われるがままスライムに向き直り、


「……【ファイアボール】!」


 スキル名を唱えた直後、現れた魔法陣から火球が出現。ぷよぷよの体に命中して火花を散らす。残りのHPを失い、スライムは青いポリゴン片となって消滅していった。


『モンスターを倒すことで経験値やアイテムを獲得できます。また、特定の条件を満たすことでスキルを獲得する場合もあります。……以上でチュートリアルを終了します。これよりアバター作成に移行します』


 アバターとはゲーム内での自分の分身のようなものだ。一から作成することも出来るが、こだわりが無い優美は“自動作成”を選択した。気に入らなければ作り直せば良い。

 ワクワクする気持ちを抑え、アバターが完成するのをじっと待った。

 白い空間で“作成中”という表示を目の前に優美エナはがっくりと肩を落としていた。性別だけ選択し待っていたのだが、


「まさか、八連続で変なアバターになるなんて……」


 1分ほどで完成した最初のアバターは、痩せているリアルと対極の恰幅の良さだった。迷うことなく再作成を選択すると今度は高身長のマッチョに。その後も気に入らなかったり、初めに出てきたやつが出たりした。9回目に納得のいく姿を引き当て決定したのである。

 精神的に疲れているところに、ガイド音声が流れる。


『アバターの作成が完了しました。ようこそエナ様。心行くまでGrow World Onlineをお楽しみ下さい』


 その言葉を最後に視界が光に塗り潰された。

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