【2万PV感謝!】グロウワールド・オンライン
秋野 夕立
第1章 人生初のゲーム編
第1話 Game Start
六月某日。梅雨前で湿気が徐々に多くなってくるこの季節。
タワーマンションの八階に母親と二人で住んでいる加賀月優美は難しい顔で紙と睨み合っていた。彼女の傍には三十センチ四方の箱に収まったゴーグル型のVRギアが置かれている。
高校デビューを果たしてすぐ、同じクラスの旋藤夏凛と名乗った女子生徒に声を掛けられたことが全ての始まりだった。
◇ ◇ ◇
入学式当日。式も終わり教室でホームルームが始まるのを待っていた時だった。
「ねぇねぇ、『Grow World Online』っていうゲーム知ってる?」
唐突に話し掛けられ、とっさに反応ができなかった。ゆるりと顔を向けると、癖っ毛と八重歯が目立つ少女が傍らに立っていた。
「えっと……」
「……あ、ごめん! 自己紹介がまだだったね。私は旋藤夏凜。気軽に“せんちゃん”って呼んでくれていいから。で、さっきの質問なんだけど、知ってる?」
聞き馴染みのない言葉だったので、優美は首を横に振った。
「そっか……ま、それはそれとして一年間よろしくね~」
と言いながら夏凜は別のクラスメイトの元へと駆け寄っていった。優美にしたものと同じ質問をして、思った返事が得られなかったのだろう。その後も嵐のように、クラスメイトに声を掛けては同じことを聞いて回っていった。
嬉々とした彼女の様子を横目で眺めながら、何の気なしに「Grow World Online」と検索をしてみる。サイトにはゲームの画像と簡単な説明が書かれていた。
「ふーん……」
内容はよく読まず下にスクロールしていると、
「おっ、GWOのサイトじゃん。何? もしかして興味あったりする?」
「いや別に」
「え~、そんなこと言わずにやろうよ~」
「やらないって! ほら、ホームルーム始まるよ!」
スーツをバッチリ着こなした担任と思しき男性が入って来たことで、夏凜は渋々退散していった。だが、この日を境に来る日も来る日もゲームの魅力を語られる始末。休み時間はもちろん、授業中でさえ「やろうよ」としつこく声を掛けられた。
それが一ヶ月も続くとさすがに折れるというものである。ひとまず話だけ聞いてみると、休み時間全てを使ってどういうゲームなのかを力説された。内容だけ聞くと面白そうではある。しかし、プレイするのに必要なVRヘッドギアとソフトの合計金額を聞いた瞬間、優美の目が死んだ。
「どう? ねぇ、やってみようよ!」
「いや、そのぅ……」
身を乗り出した最後の一押しに、優美はすぐに返事をすることができなかった。やってみたい気持ちはあるが、金銭面のことは親に相談しなければどうすることもできない。
目に見えて肩を落とすクラスメイトに、
「一ヶ月後が私の誕生日なんだけど、そこまで待ってほしいの」
「まじで!? 待つ待つ! もう一年だって待っちゃう!!」
彼女はあっさりとOKを出した。その日のうちに親に話をすると、こちらもあっさりとOKが出た。
それからさらに一ヶ月後。継続して行われた夏凜の猛アプローチが実を結び、先日迎えた誕生日に件のゲームソフトとゲーム機を買ってもらったのである。
◇ ◇ ◇
サイドテーブルに置かれた長方形の小さな箱。剣や杖を持った男女数人と大樹が描かれたパッケージに『Grow World Online』という色彩豊かなタイトルロゴ。
夏凜の話ではVRMMOと呼ばれているジャンルで、ゲームの中で実際に動きながらモンスターと戦って強くなっていくRPGなのだそうだ。五感全てをゲーム世界に没入させるフルダイブだから複雑な設定はいらないよ~、と聞いていたのだが、
「……あーもうっ! 全っ然分かんなーい!!」
説明書を片手にベッドに倒れ込む。VRヘッドギアの設定は比較的スムーズに終えることができた。で、始める前にどうやってやればいいのかおさらいしていたわけだが、書いてある単語の意味が理解できなかった。
未知の世界を旅しよう、と1ページ目から書いてあるが、そもそもVRMMOがなんの略なのかすら分からない。考えるのをやめて先に進むと、また違った意味不明の単語が出てきて頭を悩ませる。
ゲームに対しての理解が足りないのは、彼女が今まで一度もデジタルゲームで遊んだことが無いからだ。ゲーム自体に興味が無かったというのが一番だが、普段の生活や部活で体を動かすことの方が多かったというのもある。
眉間にしわを寄せ、ページをめくるごとに目に飛び込んでくるゲーム用語に少女の頭はパンク寸前だった。
むくり、と起き上がった優美は説明書を箱へと戻し、改めてパッケージを眺める。
「未知の世界、ねぇ……とりあえず始めてみよっと」
VRギアの電源を入れ、頭から被った。画面に『注意:仰向けになって下さい』と表示されたのでベッドに倒れ込む。ゆっくりと呼吸を繰り返す少女の意識は、次第に現実から離れていった。
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