第4話 ???

 目を開くと、どこかの洞窟に立っていた。天井は遥かに高く、道幅もかなり広い。前後に伸びる道の奥は薄暗い。

 状況が分からずしばらく体が動かなかったが、時間が経つとともに立って周りを見渡す余裕が生まれた。あの光が一体何だったのか、詳細は見当も付かない。それでも罠に嵌められたことだけは分かる。


「誰かー! 誰かいませんかー!!」


 あらん限りの大声で助けを求めた。しかし、反響した声は闇に溶け徐々に聞こえなくなる。返ってくる声もまた無い。困り果てたエナは、恐怖を圧し殺して洞窟の奥へと歩を進める。

 曲がり角では壁を背にして先を窺い、遮蔽物の無い直線では素早く慎重に移動を続ける。ふと気配を感じて足を止めた。紫の双眸を背後へと向けるが、見えるのは剥き出しの岩肌と深い闇だけ。

 恐ろしさを感じたのは一瞬。すぐに気のせいだと判断して先を急いだ。少し進んだところで初めての分かれ道に出くわした。


「…………よし、こっち」


 即断即決で左の道を選択する。進めど進めど変わらぬ景色に飽き飽きした頃、


「うーん、何か変……」


 道中ずっと感じていた、魚の小骨が喉につっかえたような違和感は顔を見せてはいない。腕を組んで頭を悩ませた少女は、これまで続けていた警戒を解いた。


『――――ォォォォオオオ――――』


 遠くから何かの叫び声が響いた。微かに聞こえたその声にハッとして振り向いたエナは、今さらながらこれまで感じていた違和感に思い至る。

 この洞窟も──場所は分からないが――フィールドであるなら当然モンスターが出てくるのだろう。実際はこれまで一度もモンスターの姿を見ていないわけだが。嵐の前の静けさと呼ぶのが相応しいほど辺りは静まり返っていた。

 フィールドの広さは未知数。突然モンスターが湧いてくるのではという恐怖と、誰もいないのではという寂しさかエナの心を圧し潰す。

 瞳を潤ませるエナは、手を合わせてモンスターが出てこないように祈った。

 おっかなびっくり前進を続けていると、背後で微かだが物音がした。震えながらも振り返って戦慄した。

 遠く。深い闇の中に赤い光点が二つ浮かんでいた。モンスターだと認識した直後、光点が四つに増えた。さらに増え続け、ついには何十もの群れとなる。

 闇から這い出てきた姿に、エナは卒倒しそうになった。

 大地を踏みしめながら現れたのは4メートルはあろうかという骸骨の侍。片手に大太刀、全身を鎧で武装したそれが見えるだけで6体。ゆっくりと進軍する彼らの周囲には、岩のゴーレム、毒々しい紫色の大蜘蛛、口の端から炎を噴出させている大トカゲが連なっている。こちらは数えきれないほど大量である。

 死の行軍が、恐怖で竦む少女目がけて突撃してきた。


「いやぁあああああああああぁぁぁぁっ!?」


 おぞましい光景にたまらず逃走する。空いた距離を一気に縮められると覚悟したが、幸いなことにモンスターたちの足はそれほど速くなかった。それでも、レベルの低いエナより速い。

 なんとか逃げ切ろうと曲がり角を利用して引き離しに掛かる。曲がる時に少しでも減速してくれることを期待したが、広い道幅では大した効果を生まずほんの僅か差が広がるに留まった。

 ゲームでは疲れないから良いものの、全力疾走で長時間移動するなんて現実では到底できない。仮想空間であることに感謝しながらエナは逃走を続けた。

 恐怖で呼吸が荒くなる。

 背後を振り返る余裕は無い。

 もつれそうになる足をどうにか前に進めながら、少女は誰かに届くことを祈ってあらん限りの声で叫ぶ。


「だ、誰かっ! 助けてぇええええっ!!」


 エナの叫びは、モンスターが発する地響きによって虚しくかき消された。ただひたすら、本能のままに少女はモンスターの群れから逃げ惑う。

 時を同じくして、同じ洞窟内にいた一人のプレイヤーが足を止めた。遠くで微かに鳴り響く地鳴りを聞き、眼前の骸骨武者をいとも容易く屠る。消失を確認することなく、反転し疾走を始めた。

 他のプレイヤーが近付いてきているなど、逃げるのに必死なエナは露ほどにも思っていなかった。足がもたつき群れとの距離が縮まる。

 姿をはっきりと視認できる距離まで近付いた骸骨武者が大太刀を振りかぶる。しぶとく逃げ回る獲物を狙い、前方へと跳んだ。

 着地。振り下ろした大太刀が大量の砂を巻き上げ、通路にいる全ての者の視界を奪う。

 弾き出されたエナの体が地面に投げ出された。衝撃で飛ばされてきた岩塊に撃ち抜かれたことでHPも黄色に染まっている。なんとか立ち上がり、涙を流しながら丁字路を左に曲がった。

 走る足を緩めた少女は、正面に屹立するそれに今度こそ絶望の底に叩き落とされることとなった。

 立ちはだかる巨大な影。通路の幅ギリギリまで埋めるその巨躯はもはや壁である。緩慢な動きの影は人型で、全身が岩や鉱石で形作られていた。遥か頭上に浮かぶ名前は〈ギガントゴーレム〉。緑に輝くHPバーは4段もある。

 巨人の赤い双眸が眼下の矮小な存在を認識した。

 曲がり角の先からモンスターの群れが迫っているというのに、エナは巨大なゴーレムを見上げたまま立ち尽くす。ゲームでの死は現実のものとは違う。頭では理解しているのに体が動かない。目の前の怪物が放つ死の恐怖に全身が硬直していた。


「……私、ここで死ぬのかな…………」


 頭の中は真っ白で、抵抗する気力はすでに消失していた。呆然とするエナをよそに、大トカゲより一回り以上大きな拳が振り上げられる。モンスターの群れも追いつき、各個体が攻撃に移った。

 あらゆる動きが緩慢に映る。前後から迫る攻撃を浴びれば、少ししか成長していない少女のHPは刹那の内に削り取られる。

 死を覚悟したエナは瞼を強く閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る