第8話 カールの決意

 帰り道、騎士達は気の抜けたカールを心配して、同行を申し出てくれた。


「失礼ながら、ロバート様の人となりを知る我々からすると、アレキサンダー様のお怒りはごもっともだが」

「おそらく、ロバート様は、面と向かってアレキサンダー様にお叱りをいただいても、意味がわからないのではないかな」

「意味がわかるなら、最初から報告するだろうし、そもそも、自重なさるはずだ」

「自重の欠片もなかったが」

「王太子宮の近習なんて、書庫に籠った青二才かと思っていたのにな」

「騎士団長様がやたらと持ち上げても、眉唾ものだったが、いやぁ実に腕前もさることながら、豪胆で驚いたな」

「あの丁寧な口調で、よく聞くと相手を罵倒しているのだから、恐れ入った」

「頭のいい男は恐ろしいね」

四人の呑気な会話に、カールはため息をつきかけて、思い当たった。


「あの、皆さん、イサカの町にロバート様が到着されて早々の、いろいろなことをご存じなんですか」

カールの質問に四人が顔を見合わせた。


「当たり前だ。だから我々は呼び出されたようなものだ」

「当時の荒事だろう。何度も切り結んだよ。でも、最初の頃だけだ」

「君たち後任が来る頃には、俺達もほとんど御者だったからな」

「そうか、君たちロバート様の腕前を見ていないのか、もったいない。彼は素晴らしい。血気盛んなのが、掴みかかってきたときなど、私達よりよほど早く反応して大したものだった」

「そうそう、手加減がどうのとね。飄々と言うのだから全く」

騎士達はカールも知らない話を楽しそうにしていた。


 緊張のあまり、忘れていた。カールが直接話を聞いてみたかった騎士達が、全員そろって目の前にいるのだ。

「あの、でしたら、もっと詳しく教えてください。芝居に緊張感を与えるには、真実味が必要なのです」


 四人は顔を見合わせて笑いだした。

「さすが商人だな。もちろんだ。ロバート様もローズ様も、貴族から過小評価されすぎだからな」

「いくらでも協力するよ。なんなら役者に剣術の稽古をつけてやろうか」

「そりゃ無理だ。危ないじゃないか」


 騎士の過小評価という言葉に、カールはアレキサンダーの下手な連中という言葉を思い出した。

「ありがとうございます」

カールは商人だ。当然、貴族に太刀打ちできるほどの権力も財力もない。だが、商人だから出来ることがある。芝居だから、伝えられることもあるはずだ。


「よろしくお願いいたします」

カールの言葉に、騎士達は快諾してくれた。


 芝居は人々に夢と希望を与える。 


 子供の時見た、騎士の物語にカールは胸を高鳴らせた。カールは騎士にはなれなかった。

「カール、あなたは町も救ってくれた一人よ。私も救ってくれたわ。鎧を着ていなくても、剣を持っていなくても、あなたは私の騎士様よ」

妻の言葉は嬉しかった。


 イサカの町で、カールは夢を掴み、希望をかなえた。兄の商会から独立した。今ではカールの商会は、イサカの町で作った様々な商品で利益をあげている。ティタイトとの交易が絶えても、イサカの町は収入を得ることができる。それに気づいた他の商人達が、今や好敵手となりつつある。


 幸せな気持ちになる贈り物とローズはいった。幸せな気持ちというならば、必ずしも物を売らなくてもよい。芝居でもできる。芝居は、幸せな気持ちを見ている人々に伝えることができるはずだ。


「僕らの連隊長のため、頑張りましょう」


 あの日そう言ったマーティンは、イサカの町に根を下ろした。ティタイトや川の民との煩雑な交渉にあたっている。すぐ気弱になるマーティンを、ティタイトの民の血を引く妻が優しく支えてやっている。


 可愛らしい子供達の名前が、ローズとロバートというのだから、笑ってしまう。マーティンに先を越されたが、カールの息子の名前もロバートだ。

 

 イサカの町で子供が生まれたら、ほとんどの親は、男の子はロバート、女の子はローズと名前をつける。二人目、三人目から他の名前をつけるようになるから、町中は小さなロバートとローズに溢れている。


 そんな風潮に乗ったマーティンとカールは、婚約中のレオンに呆れられた。人のことを呆れておいて、レオンは、子供が生まれたら、ローズかロバートに名前を考えてもらうなどと、ちゃっかりしたことを宣言している。


 一番若いのに図々しいレオンだが、目覚ましい功績をあげ、先日、実家を侯爵家に返り咲かせてしまった。


 負けてはいられない。何としても、芝居を成功させて見せる。カールは決意した。 


<前編 完>

後編は後日、本編に合わせて投稿予定です。

カールも頑張りますので、是非、お待ち下さい。

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