幕間 献上品の毒見は必要でしょうが、味見は予想していませんでした。
アレキサンダーは、様々な品を献上されてきたが、これほどまでに珍妙な品は初めてだった。
「これを食べるのか」
「はい。南の地で採れるものです。産地では滋養の効果があるとされていると聞いております」
商人であるカールにとっても、本当に珍しい品だ。
「そうであれば、父上に献上したいが、この見た目では、躊躇われるな。砂利か、せいぜい木の実の殻にしかみえないが」
アレキサンダーの言葉に、カールが苦笑しながら頷いた。
皿の上には、焦げ茶色の小さな粒が小山を作っていった。
「乾煎りした豆を砕いたものだと聞いています。苦味があります」
「味を見たのか」
アレキサンダーの言葉に、カールは頷いた。
「一応は」
「効果は」
「わかりません」
カールは正直に答えた。
「お若いですからね」
エリックの言葉に、他の近習達も頷いた。
ロバートが、手を伸ばし数粒をつまんで口に入れた。アレキサンダーが口にする前に、毒味をするのが、ロバートの役目だ。
「確かに、苦いですね。苦味だけではないですが」
ロバートの言葉に、アレキサンダーも手を伸ばした。
「変わった味だな」
ノックの音が響いた。
「誰だ」
問いかけながらも、ロバートは、扉の方へと歩いていった。
「ローズです」
ローズの声と同時に、ロバートが扉を開けてやる。
「カールさんが、いらしてると聞いてまいりました」
「ローズ様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。カールさん」
カールの挨拶に、ロバートと手をつないだローズがお辞儀をした。
カールも見慣れた光景だ。
「今日は、少し珍しいものをお持ちしたのですよ。滋養の効果がある木の実です」
「じよう」
ローズが首を傾げた。
「あなたには、まだ早いですね」
ロバートが、ローズの頭をそっと撫で、長い髪に指を絡ませ、弄んだ。ローズが微笑み、ロバートに身を寄せた。
二人の距離の近さに、戸惑ったのはカールだけのようだった。カール以外は、全員見慣れた光景らしい。
「少し味見をしますか」
アレキサンダーが頷いたのを確認すると、ロバートは、ローズの手に少し木の実の欠片を乗せてやった。
カールが止める間もなかった。
「苦いわ。でも、味がするわ。酸っぱいのかしら。なにかちょっと美味しいかも」
首を傾げながらのローズの感想にロバートが微笑んだ。
「もうすぐ、お勉強の時間ですね」
「はい。名残惜しいですけれど、失礼します」
「送りましょう」
当たり前のようにロバートが、ローズの手をつないで、出ていった。
「どうした」
これから見慣れる光景なのだろうが、カールにはそんな余裕はなかった。カールの様子が気になったのだろう。アレキサンダーに声をかけられた。
「いや、いえ、あの、あの」
カールは、こんなことになるとは、思っていなかったのだ。貴重な品を、子供のローズに食べさせるなど、予想していなかった。
「言え」
商人は、王太子の命令には逆らえない。
「その、なんともうしあげますか、
申し訳無さそうなカールの口からこぼれた言葉に、近習達が顔を見合わせた。
「つまりは、あれか、夜のお楽しみの時間にってか」
エドガーの言葉に、カールが頷いた。
「子供が食べてもよいのか」
「わかりません」
「ロバートが、食べたな」
「食べましたね」
カールは、それは別によいと思う。多分。あくまで多分だが。
「私が様子を見てきます」
エドガーが、誰の返事も待たずに、部屋から飛び出していった。
「あいつめ」
カールは、アレキサンダーが舌打ちするかと思った。
「カール、お前、知っていて持ち込んだな」
アレキサンダーの言うとおりだ。知っていた。でも、カールにも、予想外の出来事だったのだ。
「あの、でも、ロバート様の毒味はともかく、ローズ様まで召し上がるとは」
「ローズは好奇心が強いし、ロバートはローズに甘い」
アレキサンダーの言葉に全員が頷く。アレキサンダーも目線で許可したから、ローズに甘いのはロバートだけではないと思ったが、カールは黙っていることを選んだ。
アレキサンダーの言う通り、怪しげな効能をカールも気にしなかったわけではない。カールも、少し確かめたのだ。商人が商品をよく知ることも必要だ。好奇心に負けて味見したが、カールには、残念なことに何もなかった。
「ロバートさん、大丈夫ですかね」
「妹だと言い張っているのですから、何もしないでしょう」
ティモシーの言葉に、エリックが冷静に言葉を返した。
「いえ、そういう意味では無くて」
ティモシーが、言い淀んだ。
「ロバートは相変わらず、ローズに何もしないだろう。何もしないでいるために、いつもよりも苦労するかもしれないが。ローズを妹と言っているのはロバートだ」
アレキサンダーが肩を竦めた。
「妹」
気になった言葉を、カールは思わず繰り返してしまった。まだ、その言葉を王太子宮で聞くとは思っていなかった。
「そうだ。妹だ。あいも変わらず妹だと言い張っている。往生際の悪いやつだ」
アレキサンダーの口調は乱暴だが、何処か優しい。
「いつ自覚するのかと思って、見守っておりますが。見守っている間に、何やら、可愛らしいというか、少々面白い事態になっておりますね」
エリックはそう言うが、笑顔一つなく、可愛らしいとか、面白いと言われても、カールも対応に困ってしまう。
「ローズちゃん、何も知らないですから、思いっきり甘えていますよね」
ティモシーの言う通り、ローズはロバートと、当たり前のように手をつないでいた。
「あぁ、あれは拷問だと思います」
フレデリックが、思わせぶりな作り笑いを浮かべた。
「見方によっては、
品のない笑い方をするフレデリックにエリックが眉根を寄せた。
「お前は、何を言うかと思えば」
アレキサンダーの溜息は深い。
「ローズちゃん可愛いのに、そういう事を言うのは止めてください」
ティモシーが抗議する。
「お、ティモシー、お前、惚れてるのか」
フレデリックの言葉に、ティモシーが、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「ありえませんよ。小姓は皆、知っていますから。年少班のレイモンドも、『ローズちゃんはロバートさんの大事だから、優しくしないと駄目』と、他の子を叱るくらいにはわかっています」
ティモシーの言葉に、アレキサンダーは深く、これ以上はないほど深く、溜息を吐いた。
「誰か、ロバートになにか言ってやってくれ」
誰も、何も返事をしない。
アレキサンダーの目が卓上の
「これを、盛ったら、ロバートも少しは素直になるか」
「止めてください」
カールは悲鳴を上げた。
「僕の首が、どうにかなってしまいます」
エリックが、わざわざカールに向かって一礼した。
「あの唐変木を、人並みするための、尊い犠牲です。ありがとうございます」
「そんなぁ」
床にへたり込んだカールを見て、エリックの頬が少し緩んだ。
「冗談です」
エリックは、ロバートの片腕だ。優秀だが、冷たい無表情が、ロバートに似ているといわれる男だ。
「あなたが、冗談を言うなんて」
「失敬な」
エリックの顔に、わずかに浮かんでいた笑みが一瞬で消えた。
「失敬だが、カールの言いたいこともよく分かる」
アレキサンダーの言葉に、執務室は笑いに包まれた。
「エドガーです」
ノックと同時に、扉が開き、エドガーがはいってきた。
「いつもどおりです。残念なくらい、いつもどおりでした」
エドガーの入室手順は、少々間違っていたが、誰もそれを指摘するものはいなかった。
「そうか」
「そうでしょうね」
「このままだと、可愛いローズちゃんが、フレデリックさんのせいで、悪女にされてしまいます」
「可愛い悪女って、いい響きだな。悪くないだろ」
各自の勝手な発言にエドガーが首を傾げた。
「説明をしてもらおうか」
エドガーの目が、カールをとらえた。
エドガーはにこやかに微笑み、両手でカールの両肩を掴んできた。真正面で捕まっては、カールには逃げ場はない。武芸の心得のあるエドガーに、カールが勝てるわけがない。
カールはその日、軽はずみな気持ちで、献上品を選んだことを、後悔しながら王都の定宿に帰った。
カールが献上した
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