第6話 機密保持の懇願
カールは焦っていた。アレキサンダーから、ロバートを問いたださないと言う確約をもらっていない。アレキサンダーは、最初から丁寧に台本を読んでいた。今ならまだ間に合う。アレキサンダーを止められるだろう。
今、ロバートに知られたら、やめるようにと言われるに決まっている。それだけは避けたかった。
既に芝居の稽古は佳境にはいっている。無論、妻には最初の観客になってもらった。妻以外の知り合いにも、何度か見てもらっている。好評だった。
噂を聞きつけた川の民が、稽古を見るために、舟を降りて町までやってきたほどだ。習慣の異なる彼らも、いい芝居だと言ってくれた。
ぜひ、国中で講演してみたい。誰の不利益にもならないはずだ。
「殿下、なにとぞ、私の興行で収益があがるまで、どうか、そこに書かれている内容に関して、ロバート様に真偽を確かめようとなさるのはお控えください。嘘偽りはございませんことは、この命にかけて誓います」
あまりに必死なカールに、エドガーが何か察してくれたらしい。
「アレキサンダー様、カールは吟遊詩人達の歌と同様、芝居もロバートに秘密にしたいみたいですよ」
エドガーの言葉に、カールは、壊れた絡繰り仕掛けのように何度も頷いた。
「あぁ、わかった。秘密にしておけばいいのだろう。ロバートには一切言わない。もちろんローズにもだ」
アレキサンダーは芝居の台本に熱中しているのか、目を上げようともしなかったが、約束してくれた。
カールは心の底から安堵した。
「だが、こちらにも条件がある」
アレキサンダーが台本から目を上げた。
「私も芝居を見てみたい。警護の問題があるから、旅芸人の天幕に私が行くことは無理だ。王太子宮に旅芸人を呼んで上演できるくらい、興行的に成功して見せろ。それを誓うのであれば許可する」
アレキサンダーの言葉に、カールは生唾を飲み込んだ。どの程度成功したら、王太子宮に招かれるのかなどわからない。だが、妻と約束したとおり、沢山の人が観たくなる良い芝居を作り上げたはずだ。座長たち旅芸人も、よりよい芝居にするため、日々稽古をしてくれている。
「誓います。ぜひ、殿下の御前で演じることができる芝居とします」
カールの言葉に、アレキサンダーが頷いた。
「ロバートとローズの婚約が、国中に知れ渡るが、それはそれでよいだろう。あの二人の婚約を歓迎する風潮が国中に満ちれば、下手なことを考える連中も減るだろう」
アレキサンダーの言葉に、カールも不穏な影を感じた。ロバートもローズもこの国のために働いた。カールだけでなく、イサカの町の恩人だ。二人の婚約に、下手なことを考えるアレキサンダーの言う連中、おそらくは貴族がいるなど、カールには思いもよらないことだった。
「成功して見せます」
芝居は平民の娯楽だ。確かに、貴族の館で曲芸や芝居を披露するような一座もある。カールと組んでいるのは、平民の楽しむような芝居を演じる一座だ。貴族の下手な考えに影響を与えるほどのことができるとは思えない。だが、娯楽に影響力があることは実感している。
吟遊詩人の歌のおかげで、イサカの町の薔薇を使った商品の売り上げは好調なのだ。王太子宮に献上し、グレース様、ローズ様にお使いいただいているという売り口上を、使うようになってからの売り上げの伸びも素晴らしい。売り口上を提案してくれたのはローズだ。アレキサンダーに許可するように口添えしてくれたのはロバートだ。
イサカの町だけではない、カール自身、カールの妻もロバートとローズに恩義があるのだ。
「ぜひ、この場で、王太子様にご覧いただくため、精進いたします」
無論、ロバートとローズも見ることになる。成功したあとであれば、ロバートも芝居を中止しろとは言わないだろう。二人の婚約を待ったのは、芝居の中で二人を結婚させてしまったからだ。二人の婚約を喜んでいたアレキサンダーであれば、そのくらいの嘘は許してくださるはずだ。
「楽しみにしている」
「はい」
アレキサンダーの言葉に、カールは再度礼をし、退席した。
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