第4話  カールの挑戦

 王太子宮をカールが訪問するのは、最早珍しいことではない。今日は一つどうしても、確認せねばならないことがあった。以前、その話題で、アレキサンダーを不機嫌にしてしまったカールは、緊張しながら謁見の間にいた。


 手元にある芝居の台本をアレキサンダーに、確認していただく必要があった。


 王太子宮で、酒盛りをしながら吟遊詩人達と物語を作るのは楽しかった。


 子供の時、吟遊詩人達の歌う物語に心躍らせた。父にねだって、芝居に連れて行ってもらったときのことも覚えている。カールは、芝居の中での英雄、騎士に憧れたものだ。


 イサカの町に帰ったカールは、おそるおそる妻に相談した。

「芝居をやりたいんだ。ロバート様とローズ様の物語があるだろう。吟遊詩人達の歌だ。あの物語を芝居にして、沢山の人に見てもらいたい。みんな苦労した。でも、この町はよくなった。知ってもらういい機会になると思うんだ」

カールの言葉に妻は笑った。


「儲からないかもって心配しているんでしょう。沢山の人が観たくなるよい芝居にしたらよいのよ。沢山の人が観てくれたら、儲けになるわ。あのお二人は恩人よ。人が来ないような芝居にしたら失礼よ」

「じゃぁ、良いと言ってくれるかな」

「私が最初の観客になること、人を感動させる良い芝居にすることね」

そう言って妻は賛同してくれた。

「カール、あなたは私を助けてくれたわ。でも、ロバート様がいらっしゃなければ、私は処刑されていたのよ。忘れないで。私の命の恩人の芝居で失敗だなんて、許さないわよ」

妻の言葉に、カールが身を引き締めたのも事実だ。


 カールはあちこちの芝居小屋を訪ね歩いた。いくつもの旅芸人の芝居を見た。ようやく、なかなかよさそうな旅芸人の一座を見つけた。座長を説得し、協力してもらって作った台本が手元にある。カールは、今日、何としてもアレキサンダーに芝居を上演する許可を頂く決意をしていた。既に芝居の稽古は始まっているのだ。実はイサカの町では、仲間内だけだが、上演は始まっているのだ。後には引き返せない。


「アレキサンダー王太子殿下、お久しぶりでございます。本日は、イサカの町で咲く薔薇の花の蜂蜜をお持ちしました。ぜひ、お納めください」


 カールは謁見の間で一礼した。イサカの町では、町を救った少女ローズを讃え、多くの薔薇が植えられ、咲き誇っている。その薔薇を使った様々な商品をカールは町の者と作り、主にイサカ周辺と王都で売っていた。吟遊詩人たちが、イサカの町を救った恋人たちの物語を歌っている地域では特に、イサカの町の名を冠した薔薇に関連する商品はよく売れる。


 カールの仲間の中には、吟遊詩人と共に旅をして、売り歩いている者もいるほどだ。


「こちらはぜひ、ローズ様に。町の女性たちが刺繍したハンカチです」

「まぁ、素敵なものをありがとうございます」

「こちらのハンカチは、恐れ多いのですが、ぜひグレース様にお受け取り頂きたく存じます」


 身重のグレースへの贈り物を差し出せば、カールの予定通りになるはずだ。多分、アレキサンダーも察して、カールの願っている状況を作り出してくれるだろう。

「ロバート、せっかくの贈り物だ。グレースに届けてやってくれ。ローズも、その蜂蜜の味を見てきたらいい」

アレキサンダーの言葉は、カールが狙った通りだった。あとは、練習通りに確認したうえで、アレキサンダー様にこの台本を見ていただけばいい。カールは何度も練習した言葉を、心の中で繰り返した。

「かしこまりました」

「ありがとうございます」

それぞれに礼を言って、ロバートとローズが謁見の間を出て行った。


「婚約したぞ」

カールが聞くまでもなく、アレキサンダーが言った。練習する必要などなかったことにカールは拍子抜けした。

「おめでとうございます」

カールの言葉に、アレキサンダーが鷹揚に頷いた。

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