『あつあつを召し上がれ』
「そうだ・・・、これ読んだことある?」
珈琲を飲み終わって暇そうにしている水島に後ろの棚に置いていた一冊の本を渡した。
「『あつあつを召し上がれ』・・・、読んだことないです」
「あげるよ」
「えっ・・・!?いやいやいや、売り物ですよね?」
「私物だから」
「いや、でも・・・!」
しどろもどろしている水島にクスっと笑ってしまう。
「今の水島に読んで欲しいんだよ。だからあげる」
そう言うと本と泰一を交互に見た後にコクリと頷いた。
「ありがとうございます。あ、あの、今読んでも良いですか・・・?」
内容が気になるのだろう。そわそわしている水島に微笑むと水島はすぐに読み始めた。
『あつあつを召し上がれ』は小川糸が書いた小説だ。7つの短編集が収録されていて、1つの短編が大体に20ページ程。読みやすそうだなと思って手に取り電車本として読み始めたのがきっかけだった。
元々『食堂かたつむり』を読んだことがあったので、料理の描写が美味しそうに描かれるのはわかっていた。水島にこの本をあげた理由は『さよなら松茸』と『こーちゃんのおみそ汁』が収録されているからだ。
『さよなら松茸』では能登にお別れ旅行に行った中年の男女が描かれている。物語は恋人が浮気しているところを共通の知り合いが見つけ、それを女に伝える。女は10年以上同棲していた男に別れを切り出すが、男と30代最後の日に旅行に行くことになってしまった。旅行中、美味しい料理を食べて一晩過ごすが何もない。もう二人は一緒に過ごすことはなくなってしまうが、それでも日々が進んでいくことが描かれていた。別れを切り出した女は辛いはずなのに、それを淡々と描き、美味しい料理を食べたらどんな状況でも美味しいのだということがほろ苦く、優しい。
『こーちゃんのおみそ汁』は電車で横に座っていた人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられる程泣いてしまった章だ。亡くなってしまった母の代わりに父におみそ汁を作る娘。その娘が結婚で旅立つ前のこと。父と娘の関わり合いに泣かずにはいられなかった。水島にはこの本にある物語で美味しそうに描かれる料理や人との関わり合いに癒されて欲しい。
水島のことをチラリとみながらゆっくり珈琲を飲む。昔から読むのが早い彼女の顔がだんだん歪んでいき、目の縁が涙でいっぱいになっているのを見てティッシュペーパーを横においてやる。それを見た水島は2、3枚取り出して涙を拭き、本を閉じた。
「うう・・・」
泣いている水島の頭に手を置くと「これは反則ですぅぅぅううう!」と叫んでいた。目を丸くした泰一は思わず「くくっ」と笑い声をあげると水島が睨んできた。
「一日に二回も泣かされるとは思いませんでしたっ!」
怒っている水島から手を離しにっこり笑うと溜息を吐かれる。
「・・・先輩のそう言うところですよ」
「なにが?」
「何にもありません!」
そう叫ぶ水島が小声で「この人たらし・・・」と呟いたのは泰一には聞こえなかった。
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