おな小のこいびと
久野真一
おな小のこいびと
「春ちゃんとこうして七夕を過ごすのは何年ぶりだろうね」
街灯に薄明るく照らされた小さな小さな公園。
そんなちょっと寂しい雰囲気のある公園で、しかし僕らはお互い笑顔で空を見上げていた。
「最後が……小六の時だから、四年ぶり?」
隣に座る
「あの時は春ちゃんもだいぶちんちくりんだったよね」
「それ言ったら
「春ちゃんもすっかり女の子って感じだよね」
「そういうのセクハラだよ?」
「いやいや。彼女に言うのは別でしょ」
「彼女でもセクハラはセクハラ」
「じゃあ、春ちゃんの発言もセクハラだね」
「私のは違うよー」
とってもとってもくだらない会話。
でも、言い合ってお互いクスクスと笑い合う。
隣の春ちゃんとふと目が合うと目を閉じてキスのおねだり。
内心、苦笑しながらチュっと口づけて顔を離す。
「やっぱり拓斗は男の子だ」
「それ言ったら春ちゃんも女の子だね」
「でも、ようやくこっちに帰って来れたんだね」
「
彼女が関東の地方都市であるここを離れて大阪に引っ越したのが四年前の夏。
そして、帰って来たのが七月六日の昨日だ。
「関西弁は最初全然慣れへんかったわ」
「春ちゃんの関西弁、未だに違和感ある」
「私も切り替えるとき戸惑うんよね」
「こっちの方に戻して欲しい」
「友達はいっぱいできたよ。ストレートに色々言われるの、最初怖かったけど」
「うん。大阪の人ってそういうイメージあるね」
テレビとかネットでの情報だからわからないけど。
「だから人見知りの私にはちょうど良かったのかも」
「なんとなくわかる気がする」
昔から本音を言って嫌われることを人一倍怖がっていた彼女だ。
僕も春ちゃんと仲良くなるまでに結構時間がかかったものだった。
「でも、色々弄られるのはなかなか慣れへんかったわ」
「急に関西弁に切り替えないでよ。びっくりするって」
「ごめんごめん。でも、ちょっと明るくなったと思わない?」
悪戯めいた笑みを浮かべる春ちゃんは確かに、あの頃の人と接することにおっかなびっくりだった頃とはちょっと違っていて、悔しいけど魅力的になっていた。
「正直、すごく明るくなったよ。でも、春ちゃんは結構あっちでモテたでしょ」
小学校の頃の彼女は引っ込み思案な性格もあって、親しい友達は少なかった。
それでも、容姿の綺麗さはクラスメイトの誰もが認めるほどで、今もそう。
中学でさぞかしモテたのだろうと想像して少し嫌な気持ちになる。
「別にモテてないよ。男の子の友達はいたけど、告白されたこともないし」
「どうだか。気がついてなかっただけじゃないの?」
みっともないなと思いつつ、そんな言葉を吐いてしまう。
「えと。どうして急に不機嫌?」
「別に。不機嫌じゃないって」
「不機嫌でしょ。そういう風に不貞腐れた声出すときは」
遠距離とは言え恋人になって数年。
さすがに機嫌まで隠すことはできないか。
「春ちゃんが男子と仲良くしてるのを想像したら、ちょっとね」
言葉にするとみっともないので先を濁す。
「んふふ。ということは嫉妬?」
「ノーコメント」
「拓斗はそういうとこ可愛いよねー。えいっ」
嫉妬なんて見せつけられて何が嬉しいのか。
何故だか機嫌よく抱きついてくる彼女。
「いい子いい子」
しまいには調子に乗って髪の毛を撫でてくる。
昔からこうだった。内弁慶というかなんというか。
僕相手には調子に乗るとこういうノリになることがあった。
「同小の奴らに見られたらなんて言われることか」
高校こそ別になった奴が多いけど、中学までは皆進路は一緒。
未だにちょくちょく会って遊ぶ奴も多い。
なんて考えていると……痛っ。
「なんで急に背中つねるのさ」
「同小の友達。女の子とも仲良くしてるでしょ?」
「そりゃ、知っての通り、冬ちゃんとかゆかりんとかは今も仲良いけど」
だから何だというのだろう。
「変なこととか……してないよね?」
「いやいや。しないって。なんでまた突然」
唐突過ぎてわけがわからない。
確かに二人と仲良くしてるけど、別に浮気だ何だということは誓ってない。
困惑するばかりだ。
「わかってるけど。拓斗がそういうことするわけないって。でも……」
「でも?」
「拓斗が冬ちゃんたちと仲良くしてるの想像するとモヤモヤする」
抱き合っているから表情は見えない。
ただ、幾分不機嫌そうに、でもギュッと強く抱きしめられる。
暖かさや柔らかさ、どこかいい匂いが伝わってきて少し照れる。
「つまり嫉妬?」
「自覚したくないから言わないで」
「さっきは春ちゃんが言った癖に」
「今は反省してる」
「反省だけならなんとでも言える」
「拓斗はちょっと意地悪になったよね」
「だって、春ちゃんが可愛いし」
男としてはこのくらいの嫉妬ならむしろ嬉しいし。
「いい子、いい子」
意趣返しだ。それくらいしてもいいだろう。
「悔しいけど、気持ちいい……」
もう不機嫌はどうでもよくなったんだろうか。
ふにゃりとした声で甘えてくる春ちゃんが可愛らしい。
「これからは毎日一緒に居られるね」
「うん」
「四年間、時々しか会えなくて寂しかった」
「僕も会えた時もすぐ離れると思うと余計寂しかった」
「でも……」
「でも?」
「四年前の今日、告白してくれてありがとう」
本気を伝えるときのいつもの声。
そして目を大きく見開いてみつめてくる。
春ちゃんは一度心を許した人にはとことん素直になる面もある。
そこがいいところなんだけど照れる。
「照れるって」
「彼氏なんだから照れなくてもいいのに」
「照れるんだよ。でも、四年前か……懐かしいな」
「でしょ?あの日にここで告白されたの、今も覚えてる」
あの日か……。今思い出しても恥ずかしい話だけど。
翌日、転校を控えた春ちゃんを僕はこの公園に呼び出したのだ。
◆◆◆◆四年前、七月七日◆◆◆◆
「もう、明日でお別れなんだね……」
二人で遊具を椅子替わりにして隣り合う。
隣の春ちゃんは今にも泣きだしそうだ。
「僕も寂しいよ」
ちょっと人見知りだけど、誰よりも一生懸命な女の子。
そんな彼女のことを僕は好きになっていた。
でも、春ちゃんがどうこう言っても転勤はどうにもならない。
お別れに泣くことが出来る程には子どもじゃないけど。
大人みたいに仕方がないなんて思うこともできない。
「私なんかとずっと仲良くしてくれてありがとう」
「僕も仲良くしたかっただけだって」
「ごめん。って悪い癖だよね」
ごめん、が春ちゃんの口癖だった。
その原因は小二の頃のいじめ。
いじめはすぐに終わったけど。
それ以来、春ちゃんはごめんが口癖になってしまった。
「とにかく。これからも仲良くしよう?ラインも交換したし」
まだスマホは早いと父さんたちには渋られたけど。
無理を言ってキッズ向けスマホを買ってもらった僕たち。
これからも話ができるように春ちゃんとはID交換済みだ。
「うん。でも……友達でいられるのかな」
「きっといられるよ。春ちゃんは自信ない?」
うつむいた彼女はとても不安そうな面持ち。
なんでそんな不安なんだろう。
「自信なんてあるわけないよ。だって、私たちはただの友達だから」
「ただのって……」
「だって、拓斗が私のこと忘れてしまうかもしれないし。今みたいにしょっちゅう会うことも出来ないし。ずっと未読スルーされたらどうしようとか。不安でいっぱいだよ。安心なんて出来ないよぉ」
春ちゃんはわんわんと大きな声で泣き出してしまった。
胸が痛い。だって、言う通り僕たちは友達だ。
親友だし、好きな子だけど、僕だって忘れられるのは怖い。
何か、何か……そう考えていた僕の脳裏に一つの言葉がよぎる。
告白。
クラスメイトでも一部の奴が最近、お付き合いを始めている。
僕は、好きだから恋人になりたいという感情がよくわからなかったけど。
さすがに恋人になるということがどういう意味を持つかは知っている。
つまり、お互いのことを最優先にするという約束。
なら、なら……。
「春ちゃん。不安なら……恋人にならない?」
「こい……びと?」
「それなら離れても、お互いが最優先っていう約束になるでしょ」
思いついた時は名案だと思った。
ただ、それを聞いた春ちゃんは妙にそわそわした感じで。
急に距離を取り始めるし、僕の方を見ようとしないし。
一体、どうしたんだろう?
「ええと……拓斗は……私のこと、好き、なの?」
「あ……」
しまった。春ちゃんが好きというのはもちろん伝えていない。
でも、好きだから恋人になるわけで。
あー、僕は何をやってるんだろう。
「あ、うん。好き、だよ。春ちゃんのこと」
僕も春ちゃんの顔を見られそうにない。
「そ、そっか。私も好きだから。嬉しい」
すごくそわそわしてしまう。
どんな顔をしているのか見たいけど、見るのが恥ずかしい。
「んふ。でも、私たち、恋人なんだあ」
「そういうことになるね」
「なんだか、これなら離れても大丈夫かも」
幾分ほっとした声色。
「春ちゃんが安心してくれたのなら良かった」
僕が恥ずかしいくらいで済むのなら。
「でも……もっと安心したい」
「どうすればいい?」
まだ何か不安なんだろうか。
「キス……ダメかな?」
「えええ?ちょっとそれはいきなり過ぎない?」
「だって。手を繋いだことはあるし……でも、いきなり過ぎなら」
「わかった。キス、しよう」
正直、キスなんてもっとずっと先にする行為だと思っていた。
だから、恥ずかしくて恥ずかしくて。
とっても勇気が必要だけど、春ちゃんがそれで安心してくれるのなら。
お互い、振り向いて見つめあう。
といいつつ、つい目を逸らしてしまう。
春ちゃんも同じようで、顔が真っ赤だ。
「春ちゃん、顔真っ赤」
「拓斗もだよ」
「唇同士で触れれば、いいんだよね」
「た、たぶん」
どんな感触なんだろう。
うっすら桃色の唇に向けて、少しずつ、少しずつ近づいていく。
そして―チュ。一瞬だけ、唇を触れ合わせた僕らは慌てて距離を取る。
「安心、できた?」
「う、うん。恥ずかしいけど嬉しかった。拓斗は?」
「僕も。嬉しかった」
しばらくの間、どちらともなく無言になっていた。
「そういえば。今日は七夕だよね。願い事、なんて書いた?」
「笑わない?」
「笑わないって。こい、びと……でしょ」
「拓斗、噛んだ」
「そこ、揚げ足とらない!」
「「拓斗とずっといられますように」って」
「……」
笑うどころじゃない。嬉しいというか恥ずかしいというか。
「やっぱり、笑ってる」
「いやいや、違うって。その……嬉しいからさ」
「嬉しいって……あ、そうだよね。私たち、こい、びと……だもんね」
「春ちゃん、噛んでる」
「そこ、揚げ足とらない!拓斗は何書いたの?」
「あ……大したことは書いてないよ」
「私が言ったのに誤魔化すのずるい」
そう言われると。でも、これを今言うのは……。
「すごく照れると思う。お互い」
「あ、つまり」
「「春ちゃんとずっといられますように」って」
「うー。そんな照れるお願いごとしないでよー」
お互い、相手の顔を真っ直ぐ見られない。
でも、不思議と悪い気分じゃない。
「いつか、今日のことを思い返す日がくるのかな」
「恥ずかしい思い出になってるよ」
でも、ひょんなことからのお付き合いだけど。
僕も春ちゃんの向こうでの生活とか色々、遠慮せずに聞けるわけで。
離れ離れになるのは寂しいけど、どこか楽しみになってきたのだった。
◇◇◇◇現在◇◇◇◇
「なんか、思い出すとすっごくマセてた気がするよ」
「冷静になると、そうかも……」
結局、翌日に大阪に引っ越して行った春ちゃんだけど。
恋人だから、と毎日のようにラインでその日の出来事を報告。
彼女が実家に帰って来る年末年始には、お邪魔して一緒に年越しそばを食べた。
夏休みには僕が大阪の方に行って、観光名所や地元ならではの隠れスポットを案内してもらったものだ。
「そういえば、その……」
「うん?どしたの?」
「なんでもない」
「言いかけて止める癖、気になるって言ってるよね」
付き合い始めた頃からだろうか。
時々、こういう仕草をするのだけど、言われる方としては気になって仕方ない。
「色々早すぎるかもだし」
「いいから言ってみて」
こういうところは、やっぱり変わっていない。
「キスは何度もしてるから……いつか、次をしてみたい」
次って。いや待て。とんでもない勘違いをしていたら事だ。
「胸をアレするとか?」
「……拓斗はエッチやね」
なんで急に関西弁?
「キスの次とか言われると、考えるよ」
僕も男だ。春ちゃんとそういうことをする妄想はしたことがある。
本人には言えないけど。
「言いたかったのはもっと先。えーと……もらって欲しい」
言葉を濁しているけど、つまるところ。
「春ちゃんの方がエッチでしょ」
「だって。大阪にいた頃、そういう話聞いたことあったし」
「僕もクラスで聞いたことあるけどさ」
「もちろん、いずれ……だけど。興味はあるから」
「僕も当然、興味はあるよ」
「やっぱりエッチやね」
「一体どうしろと」
気が付けば、彼女は僕を見上げて目を閉じていた。
キス、すっかり好きになったなあなんて思いながら、僕もさっきみたいに唇をそっと押し付ける。
「今日は七夕なんよね」
「本当、凄い偶然だ」
「これやから拓斗は。こーいうんはロマンチックっていうんやで」
「またなんで関西弁?」
「関西弁やと堂々と言えるんよね」
「確かに、普段なら噛んでそうだ」
「やからね。ただいま、拓斗。これからもよろしゅうな」
「おかえり、春ちゃん」
ふにゃりと嬉しそうな彼女の笑顔を見て。
胸いっぱいに喜びを噛み締めた僕だった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
七夕らしい短編(一日遅れですが)と思って執筆してみました。
楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。
ではでは。
☆☆☆☆☆☆☆☆
おな小のこいびと 久野真一 @kuno1234
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