第四話
宇都宮親子を書類送検するための手続きをして、二人から聞いた話を資料にまとめ終える頃には、窓の外は夕焼けで真っ赤になっていた。
「センパーイ……。疲れました」
「そうだねえ」
「やっぱあれ、祟りとか怨念とかの類でしょ。子供たちの幽霊が、自分たちを閉じ込めた仙右衛門さんに裁きを下したんですよ。ホラー映画ならそういう展開です」
「そうかもしれないけどねえ……」
事件が起きた場所の環境はわかった。
叩いて出て来た埃ももちろん片付けるが、宇都宮仙右衛門殺しの真相を考えなければならない。
「本当に谷山かなえさんが犯人だと思う?」
「僕が彼女の立場ならやりますね」
「こら」
「直接手を下すほど度胸がないにしても、丑の刻参りくらいはしないと気が済まないでしょう」
「やめなさいったら」
「だってそうでしょう? 理不尽に子供を奪われた挙句殺されて、あまつさえその悪習が次の世代に引き継がれるかもしれない。歳をとってそろそろ死ぬかなって思ったら、一矢報いたいと思うんじゃないでしょうか?」
「まあ……、確かに」
実際、この件がきっかけとなって宇都宮家の座敷わらしに関する風習は途絶えるだろう。
動機の面は見えて来たが、やはり方法がわからない。
「先輩、コーヒーいります? 季節限定のおやつをゲットしたんですよ」
そう言いながらいそいそと、田島がデスクの引き出しからお菓子の袋を出した。
「お前さあ、先輩のお茶汲みを仕事中におかし食べる口実にしてない?」
「してます。先輩さまさまです」
田島は悪びれる様子もなく、おいしそうにチョコ菓子を食べ始めた。しかたないなあと軽く息を吐いて、僕もご相伴に預かることにする。
あとはなにかに気付くだけ。そんな気がする。
殺害された当時、被害者は問題の金庫に閉じこもっていた。
金庫の中身をいただいていく、という脅迫状に対抗するため、自ら番人となった。
谷山さんが死ぬ直前の自白によれば、その行動は彼女がそれとなく誘導した、とのことらしい。長年勤めた古株ともなれば、そういうことも可能だろう。
当然、金庫の鍵は外についている。
中から鍵はかけられないし開けられない。被害者は息子である義孝さんに鍵をかけさせ、中にこもった。
聴取によれば、義孝さんはその後鍵をいつもの保管場所に戻し、自室へ戻ったようだ。
状況的には彼が一番怪しいが、死亡推定時刻である午後七時ごろ、急なリモート会議が入ったためそれに参加しているというアリバイがある。
そこにアリバイトリックがあるかもしれないが、会議に出ていたメンバーは「不審な点はなかった」と証言している。
谷山さんは、鍵の保管場所を知っていたのだろうか。
おそらく知らない。
仮に彼女の目的が子供の救出と仙右衛門さんの殺害だとしたら、鍵があるならいつでも子供を助け出すことができた。こんな回りくどいことをする必要はない。
「はい先輩、コーヒー入りました」
コーヒーを喉に流し入れながら、考える。
ピースがうまくはまれば。あとちょっとな気がする。
その時、スマホが鳴った。画面を見る。飯田くんだ。
「はい、なあに?」
「隙間を埋める樹脂のパテについて、誰か証言してなかったか?」
「誰も話題に出さなかったけど。それはなに?」
「そういうのがあるんだよ。ちょっとした穴とか、配管の隙間とかを埋めるのに使う。それが、問題の金庫から少量検出された。どういう用途で使われたのかが不明だ。おそらく手がかりだろう」
「あっ、なるほど。……ありがとう飯田くん。解決したよ」
「そりゃよかった。じゃ、俺はもう帰る」
ぶっ、と通話が切れた。
不思議そうに田島がこちらを見ている。
「わかったんですか?」
「うん。この事件、凶器は掃除機だ」
「掃除機? ……ちょっと無理がありません?」
「ううん、掃除機がちょうどいいんだ」
現場の写真データをパソコンに映し出しながら、解説を始める。
「これ、かなり堅牢な鉄製の金庫だろう? アリ一匹入る隙間もないくらい。扉を閉めて、隙間を樹脂で固めたら、空気も通らなくなると思わない?」
「そりゃそうですけど。でも、それで殺すのって結構時間かかりません? それに、死因は酸欠ではないですし」
「そこで掃除機だ。この箱には、中の子供におにぎりを渡すための穴がある。そこに掃除機のホースを差し込んで、やはりそこの隙間もパテで埋める。そしてスイッチオン。するとどうなると思う?」
「……空気が吸い出されて内部が真空になります」
「正解。人間の体は、普段空気の圧力に押されている。それが急になくなると、血液中の酸素が膨張する。気圧が変わると液体の沸点が変わるから、体内の水分もおかしくなる。だいたい二分くらいで死ぬそうだ」
「うわぁ……」
「証拠は……、ゴミ漁りすれば出てくるかな? この方法に使った後、剥がして捨てたパテがどこかにあるはずだ。そこから指紋とか取れれば決定的だね」
そこへ再び電話がかかってくる。
家宅捜索班からの報告だ。
「はい、はい。了解しました!」
「なんですって?」
「一件落着だ。例の子供、無事保護された!」
「やったー!」
衰弱しているが、命に別条はないとのことだ。
これから、行方不明者の中から該当する人物がいないかの照会が始まる。
外を見ると、もう真っ暗になっていた。
そろそろ、夕飯が欲しい頃合いだ。
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