第三話

 二人目の参考人、宇都宮義孝さんは、気苦労のせいかいささか憔悴しているようだった。

「心中、お察しします」

 声をかけると、義孝さんは目をあげた。しかし、由緒ある家の次期当主とは思えないほどに覇気がない。

「私たちが、力になれることはありませんか? この殺人事件だけでも大変でしょうに、あなたは急にお父上が亡くなって、当主の役回りまでこなさなければいけない。お疲れでしょう」

「ありがとうございます。……。私たちは、罪深い家系です。この事件はその因果のために起こったに違いありません」

「なにかお心当たりでも?」

「直接事件に関係があるかどうかはわかりません。ただ、あの箱には呪われた因縁がありまして……」

 先ほど、浅野さんが言っていたことに関係がありそうだ。

 持ち出し禁止の、不可侵の金庫。彼ならその中身を知っている。

「聞かせていただけますか?」

「はい。この悪縁は、なんとか私の代で断ち切りたい。ここで、告白させてください」

 ちょうどそこへ、コーヒーを持った田島が戻って来た。

 一口すすって口を湿らせると、義孝さんは話を始めた。


 座敷わらしってご存知ですか。

 正体のわからない小さな子供で、彼らの住み着いた家は栄えるという妖怪です。

 代々、そういうスピリチュアルなものに重きを置いている我が家でも、座敷わらし伝説は大事にされています。

 うちが栄えているのも、座敷わらしのおかげかもしれません。

 と、いうのもね。

 ……。

 いるんです。うちにも座敷わらしが。

 いや、いることにしていた、と言ったほうがいいでしょう。

 これは、一族の犯罪の告白です。

 関わっていたのは、当主であった父と、長男である僕の二人。

 それから、これからお話しする事情により、谷山さんもこのことを知っていました。

 他の人は誰も、関係もなければこんなことがうちの屋敷で行われていたなんて知りません。

 なので、家族、使用人一同はなにも悪くない、ということだけはわかってください。

 前置きが長くてすみません。

 代々受け継がれてしまった、うちの良くない風習の一つが、座敷わらし伝説です。

 子供の頃、父に連れられてあの箱の前に行きました。

 箱の中からは子供の泣き声が聞こえます。

 父は、箱に空いていた小さな穴から握り飯を転がして、中にいるらしい子供に渡しました。

 そして僕にこう言ったのです。

「ここにいるのは座敷わらしだ。『出してくれ』と言われるだろうが、出してはならん。ここにいるのは座敷わらし、福の神だ。福の神に家の外まで逃げられたら、よくないことが起こる。この家は滅びる。わかったな? わかったら、明日からはお前が食事を持ってくるんだ」

 それから僕は、毎日箱の中に握り飯を投げ入れました。

 中にいる子供は、食事を持ってくる者が年の近い僕に変わったことに気がつくと、父の言った通りかすれた声で「ここから出してくれ」と頼むようになりました。僕は、父の言いつけを守って耳を貸しませんでした。

 ある日、中から聞こえる声が変わりました。

 今思えば、最初の子の声がかすれていたのは、声変わりの時期だったからなのでしょう。ですが、ある日を境にずっと幼い女の子の声がするようになったのです。

 そのことについて父に聞くと、あっけらかんと「子供ではなくなったから入れ替えたのだ」と言うではありませんか。

 次の日、新聞に「十年近く行方不明だった子供が遺体で発見された」とニュースが載っていました。死んだのはごく最近で、行方不明になってから今までどうやって生きて来たのかは不明だったために、人々は神隠しだと噂しました。

 しかし、僕は真相を知っています。

 箱の中にいた子供が、大人になって座敷わらしでいられなくなったから捨てられたのだと。

 我が家では「座敷わらしがいる」ということにするために、子供を監禁していたんです。

 さらってきた子をあの金庫に閉じ込めて、福の神として祀っていました。

 おぞましいでしょう。

 いつから続いていたのかも、誰が始めたのかもわかりません。何人があの箱に閉じ込められ、殺されたのかもわかりません。

 恐ろしかった。

 あそこにいたのは福の神などではない。生きた人間だったのです。僕はあの子を見殺しにしてしまった。

 そんな折でした。谷山さんが妊娠したのは。

 父親は、僕の父……。いわゆるお手つきというやつです。

 二十五年前です。当時僕が十四かそこらで、父は五十後半、谷山さんは三十代に差し掛かった頃、だったかと。

 父は、不義の子が世にでることを良しとしませんでした。

 そして谷山さんに二択を迫ったのです。堕胎するか、座敷わらしとして差し出すか。

 谷山さんは、後者を選びました。

 それ以来、彼女は必要以上に我が家の慣わしを大事にするようになりました。

 そうでなければならなかったのです。

 あの風習はとても意義のある大事なもの。そういうことにしておかなければ、我が子が暗い箱に閉じ込められていることに、なんの意味もなくなってしまう。

 僕は、箱の中にいる腹違いの妹に、毎日握り飯を届けました。

 その子も十五年ほど後、初潮が来たのと同時に処分されました。

 そういう経緯もあるので、僕は谷山さんがやった、というのは本当だと思います。

 逆に今まで殺さなかったのが不思議なくらいですよ。

 どうやって殺したのかは……。すみません、わかりませんが。

 しかし、あれくらいの目にあってもまだ足りないくらいの悪行を、父も僕も重ねて来たのです。

 僕を逮捕してください。

 そして、急いで人を屋敷へ向かわせてくれませんか。

 屋敷のどこかに、子供がいるはずなんです。その子を保護してください。

 ええ、そうです。父が中にこもるまでは、金庫の中で座敷わらしにされていた子です。現場にはいなかったでしょう?

 父は箱に入る前、中にいた子供を別の場所に移しているはずです。誰にも見つからないように、その子が逃げ出せないような場所に、監禁場所を変えているに違いない。

 それがどこかはわかりませんが、少なくとも屋敷のどこかには違いありません。

 あの子は、子供と大人の境目にいますが、まだ福の神です。神でいるうちは、危害を加えられてはいないはず。

 谷山さんは、脅迫状を送ることで中の子供を金庫から出し、ついでに父も殺した。

 助けられなかった我が子と同じように、殺されようとしている子が目の前にいる。だから、放っておけずに……。

 そういうことなのではないでしょうか。

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