第四話
飯田くんとは同期だ。
根気のある職人気質な鑑識で、よく頼りにさせてもらっている。しかし、気難しいのが少々玉に瑕だ。
「来たよ」
「おう」
鑑識課を訪ねて声をかけると、飯田くんはしかめ面でパソコンのモニターを見たまま返事をした。
いつ見ても怖い。機嫌が悪いせいもあるけれど、そもそもつり目で薄い唇で瘦せぎすという悪人ヅラの上に、ワーカーホリック気味で身なりに気を使わないので、ご機嫌で鼻歌を歌っているときだって見た目が怖いことに変わりはない。
今日も今日とて顔色が悪い。
「ちゃんと家帰ってる?」
「帰ってる。鉢植えに水やらなきゃならんからな」
「無趣味な男の典型例だねぇ」
「これが趣味だ。結構奥が深いんだぞ。この前、生ごみを肥料に変えられる機械を買ってな。生ごみ欲しさに自炊始めたよ」
「おっ、いいねえ。好循環だ」
「使い方は簡単、ゴミを入れて蓋をするだけだ。あとは勝手に中でやってくれる。一日やそこらで肥料に変わるんだ。熱と微生物の力で発酵して分解されるんだ。すごいぞ」
「それ、はやってるの? 今日聞き込みに行ったところも大学も置いてたよ」
「便利だからな」
彼は凝り性で、自制心が少々弱い。この生ごみ変換コンポストがいかにすごいかを語り始めてしまって、この話どこでさえぎろうかな、と私は苦笑いした。
「ええと、肥料の作り方はよく分かったんだけど……」
飯田くんは、ハッと我に帰ると「悪い」と一言謝った。
「すまん、こんな話をしに呼んだわけじゃないんだ」
「うん。分かってるよ。捜査のことだよね?」
「これは始末書ものかもしれん。気づくのが遅すぎた」
「なに? そんなにすごい発見だったの?」
飯田くんは、さっきから自分が見ているモニターを、私にも見やすいように動かした。
「見ろ。加害者が死人だ、ってお前から知らせをもらって一応確認したんだが……」
モニターに映っていたのは、犯人がカメラを覗き込んでいる映像だ。
「ここ。ブレが大きくて若干見えづらいだろうが……」
そう言いながら、飯田くんは映像を拡大してみせる。
「うわ、これ本当?」
「機械とデータは嘘をつかねえ。映像が加工された形跡もない」
信じがたいことだ。
映し出された犯人の瞳孔は、完全に開ききっている。これは、死んだ人間の瞳に起こる現象だ。
「つまり、このカメラを覗き込んでる奴は、もう死んでるってこった」
「これは動く死体だってこと?」
「見たままを信じるのならな」
「うわあ。ゾンビパニックに備えて武器とか用意したほうがいいかもね」
「バカ言うな」
共有事項は以上だ、と話を切り上げると、飯田くんはようやくこっちを見た。
「ところで、大学側はまだごねてるのか」
「ごねてる?」
「あ? 聞いてねえのか? 証拠品をいくつか「貴重な出土品だから警察には提出できない。調査や解析はこちらでやるからデータだけで許してほしい」って言われてるんだよ。今交渉中らしいが、俺が調べた方が確実だと思わねえか?」
「へえ、そうなんだ。さっき聴き取りに行ったときはそんなこと言ってなかったけど」
「あいつら事件を解決する気がねえんだ。信じられるか? くだんの不思議な頭蓋骨までこっちに回すのNG出してきやがったんだぞ」
「その辺はまあ、なんとかなるんじゃない? 一応こっちは国家権力なんだしさ」
「チッ」
飯田くんは机の引き出しからクッキーの缶を取り出した。
「持ってけ」
「いいの?」
「どうせあの後輩がコーヒー入れてるだろ。お茶請けにしろ」
「せっかくだし一緒に食べる? ちょっと息抜きしたほうがいいと思うよ」
「いい。俺あいつ苦手」
ぶっきらぼうに即答すると、飯田くんは顔をしかめた。
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