第五話
現金なもので、クッキーを前にすると田島はご機嫌になった。
「いやー、こんなにおいしいものくれるなんて飯田さんっていい人ですねー」
「さっき苦手って言ってなかった?」
「ごはんくれる人は大好きです」
私はコーヒーを飲みながら苦笑いした。
「しかし、もっともらしくなって来ましたね。状況だけ見るなら、墓を暴いた教授が、起き上がって来た死体に殺された。ってことですもん」
思わず想像する。
墓を掘り返している教授の背後で、埋葬されていた遺体が起き上がる。
眠りを妨げられた怨霊は、自分のために傍らに埋められていた副葬品の鏃(やじり)を手にとって、不届き者に制裁を……。
「なにかトリックがあると思うんだけどなあ……。今を生きていない人間が、現代の人間を殺すなんて」
「そうですよねー。っていうか、そうじゃないと困りますよ。そっくりさんとか? 本人はいなくても、子孫ならいるでしょ」
「確かに。でも、ここまで年代が離れればもうほぼ他人だよ。千年以上前の先祖の墓で、同じ顔の子孫が殺人を犯すなんて、そんな出来すぎた偶然ある?」
「絶対にないとは言い切れないけど、まあないですよね」
田島がボリボリとすごい勢いでクッキーを食べている。よほどおいしいらしい。私も一枚手にとって、コーヒーの味が残る口の中へ放り込む。ほどよく優しい甘みが、苦味に慣れた舌に心地いい。
「研究チームが解析するまで、誰もあの墓の主の顔なんてわからなかったはず。だから、もしそっくりな子孫がいたとしても「こうすればご先祖様のせいにできる」なんて計画は立てられっこない」
「そうですね。なら、犯人の顔と3Dモデルの顔が似てるのは偶然ってこと……。だとすると、映っている顔の瞳孔が開いてることに説明がつかない……」
このままでは、犯人=墓の主という式を崩せない。どこかに引っかかりはないだろうか。
「そもそもの前提がどこかでおかしい気がしますね」
「そうだね。基本に立ち返ろう。基礎的なことから見直していこう。まず、死体は動かない。幽霊はいない。呪いもない。リピートアフタミー」
「イエス。死体は動きません! 幽霊はいません! 呪いもありません!」
被害者は、殺害後ほぼ丸一日発見されなかった。
殺害の現場は映像記録に残っており、犯人の顔はわかっている。
問題なのは、その人物がとうの昔に死んでいるということ。
「もう一回映像見ません?」
「そうだね」
パソコンで映像データを再生する。
うずくまっている老人が見える。
カメラが倒されて、映像が横転する。
「これ、殺害の瞬間は映ってないんですよね」
「そうだなあ。背格好とかわかれば助かるんだが」
足音が近づいてきて、犯人がカメラを拾い上げる。
画面いっぱいに顔が映し出されたところで、田島は残念そうに唸った。
「これ、首から上しか映ってませんよね。せっかくなら古代人のファッションとか映ってれば、研究も捗っただろうに」
「そうだな」
少しだけ巻き戻して、カメラが持ち上げられるところをもう一度見る。
確かに、首から下は映っていない。
生きている人間なら、この行為自体は可能だ。
被害者を殺害した後、首から下が入らないようにカメラを拾い上げ、顔を映す。
しかし、映り込んだのは死体の顔であり、その正体は墓の下の古代人だ。
「先輩、この人絶対古代人じゃないですよ」
不意に田島が画面を指差した。
「おっ、なんでそう思うんだ?」
「だって、古代人にしてみたらカメラなんて全く知らない未知のものですよ? 普通、拾ったらあちこち調べたりひっくり返して眺めたりしません? それなのに、レンズ部分だけ見て満足してますし、都合よく正面顔が映ってるのも不自然です。古代人はカメラの正しい向きなんて知りません。この人が本当に古代人なら、もっと映像がぐるぐるしてたり、カメラを逆さまに持ったせいで映像の方向がおかしかったりするはずです」
「……確かにそうだ。この映像には不自然な点が多い。意図的に、作為的に作られた映像だな」
嫌な答えに行き着いて、私はため息をついた。
「田島、ちょっとコーヒーおかわり」
「はーい」
「濃いめでよろしく」
「はいっす。クッキー、僕の分残しといて下さいよ」
「気に入ってるね」
今度、飯田くんにお店を聞いておこう。こんなに気に入ってもらえれば、彼も喜ぶだろう。
「調べなきゃいけない事件が一つ増えるよ。頑張ろう」
「えっ、なんでですか?」
「だってね、その犯人は映像を作る小道具に、死体を使ってるんだから」
映像の中の顔は、確かに死んだ人間の顔だ。
「犯人は死体を所持してる。山城教授の他にもう一人、死人がいることになるんだ。多分、いなくなっても気づかれにくいような、身寄りのない人が狙われたはず」
「写ってるのが作り物って線は……」
「ない。テレビ用だから結構画質がいいし、飯田くんが解析してるけどそんな報告は上がってない」
あの映像を作るためには、どうしたって死体の顔を撮る必要があるのだ。
「犯人は死体を持ってあの現場へ行った。首から下を映すのを避けたのは、死体に首から下がないからだ。そして、わざとカメラを蹴飛ばして教授をフレームアウトさせ、殺害。その後カメラと生首を持ち上げて、顔をアップで撮る。これであの映像は完成だ」
「でも先輩。それ無理じゃないですか? だったらなんで、出土した骸骨と映像の顔が一致するんですか?」
「見たままだよ。解析された骨は、映像に映っていた人物の骨。そういうことだ」
クッキーを食べるのも忘れて、田島は首を傾げて考え込む。
「あの頭蓋骨は古代のものなんかじゃない、ってことですか?」
「ああそうだ。首がすげ変わっているんだよ。別の死体を用意して、必要なパーツに取り替えたんだ」
いやいやいや、と田島が反論する。
「無理ですよ。そんなことしたら、発掘現場に死肉が転がってることになる。さすがに不審がられますって」
「あるんだ。一日やそこらで、生肉を土に返す方法が……」
ゴウンゴウンと、大きな音を立てていた機械を思い出す。あれに人間の遺体を放り込んだら。きっと、分け隔てなく土に返してくれるだろう。そして後には、骨だけが残る。
「犯人は、あの研究室の中にいる。頭蓋骨を解析するっていう研究の計画を把握していて、生ゴミ処理機の使い方を把握している人間となると、他にはいない」
まだ状況証拠しかない状態だが、勝負はこれからだ。
「まずはあの生ゴミコンポストを調べよう。分解されきってない肉片とか、髪の毛とか、爪とかが残ってるかもしれない。それから、3Dモデルの元の頭蓋骨もなんとかして押収しなくちゃ。肉片と骨のDNAが一致したらビンゴだ」
クッキーの缶を締め、コーヒーカップを片付ける。
休憩は終わりだ。
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