第二話
研究室、と聞くと散らかった部屋をイメージしてしまいがちだが、そこはとても片付いていた。と、いうより単純に物が少ない。
必要最低限の机と椅子、複雑そうな機械の他にはなにもない。データの類を紙で保存する必要がなくなったおかげでかなり片付けが楽になったのだそうだ。
しかし、少しうるさい。なにか機械が動いているようだ。ゴウンゴウンと重たい音が響いて、あらゆる音をかき消してしまう。
「こんにちは。よく来てくれました。こんな話、鼻で笑われても仕方ないと思ったんですけど……」
そう言って我々を招き入れてくれたのは、ここで日夜調査に勤しんでいる研究者である結城莉子さん。いかにも必要最低限のことしかしていません、といった風体だ。長い髪を雑に束ねてノーメイクに黒縁メガネをかけている。
「いえいえ。貴重な証言です。そんな馬鹿なと思うような話に、意外と手がかりがあったりしますから」
結城さんがなにか返事をしてくれたが、聞き取りづらい。機械の音が大きすぎる。
「ああ、ごめんなさい。うるさいですね。ちょっと止めてきます」
「なんの音なんです?」
「隣の研究室で植物を研究してまして。生ゴミを微生物で分解して堆肥に変える機械があるんです。肥料はたくさん必要だし、あれがあると自治体から助成金が出るらしくて。環境にも優しいし、いいことだと思うんですが、音がちょっとね」
少しの間だけ、結城さんは席を外した。音が止んだかと思うとすぐに戻ってくる。
「失礼しました。もう大丈夫です」
「いいんですか? 勝手に止めても。お隣の研究室のものなんでしょう?」
「大丈夫です。ここの関係者は勝手に使っていいことになってるんで、誰でも触れます。みんなが生ゴミを放り込んだ方が、肥料がたくさん集まるでしょう?」
落ち着いて話ができるようになったところで、もう一度仕切り直す。
「すみません、お気遣いどうも。しかし……。えらいことになって来ましたね」
「ええ。みんな気味悪がっちゃって……。教授、ちょうどお墓のところで倒れてましたから。怖がりな人は「古代人の墓に引きずり込まれたんだ」なんて言ってます。おかげで作業が全然進みません」
彼女は軽く憂いを含んだため息をついて、ガランとした研究室を見回した。
「やっぱり、教授がいないとまとまりません。あの日、教授を一人で残さなければよかった……」
事件当日、日が暮れて来てそろそろその日の作業は終わりかという頃、教授は「もうちょっとやってくから」と現場に残り、残りのメンバーで片付けをしていたそうだ。
なんでも、その日の教授は取材や撮影で思ったように作業が進まずイライラしていたために、他のメンバーたちは「少しくらいは誰にも邪魔されずに作業させてあげよう」と意図的に現場を避け、テレビスタッフたちも近づけないように離れた場所で対応していたらしい。
山城教授はそもそもテレビ撮影を嫌がっていたそうだ。それなのに大学の方針で仕方なく取材を受け、いやいややっている取材のために進めたいことが邪魔されてしまえばそりゃあストレスも溜まるというものだ。
次の日は休日ということになっており、全員が「どうせ教授は明日休みだからって遅くまで粘るだろう」と帰ってこないことを不審に思わなかった。日が沈めば土を掘る作業は終わるが、その後も研究室で出土品を手入れしたり、解析したり、やることはたくさんあるのだそうだ。
そのため発見が遅れ、遺体が発見されたのは殺害された日の二日後。早朝に作業を始めようと研究室の面々が現場を訪れたときだった。
結城さんは、パソコンでファイルを立ち上げて、私たちに見せた。
「これを見てください」
ヒェッ、と田島が息を飲んだ。
そこに映し出されていたのは、捜査のために何度も見た、あの映像に写っていた犯人の人相だった。
「3Dで作った映像です。研究の一環で完成したものなんですが、私も目を疑いました」
結城さんはまた別のファイルを開いて見せた。
事件の現場となった発掘現場と、出土品の数々の写真がモニターに映し出される。
「古代人の顔を再現しよう、という試みがありまして。骨格を分析して、この骨の持ち主が生きていた頃はどんな顔だったのかを3Dで再現するんです。ええと、つまりその……」
写真のうちの一枚がクリックされて、大写しになる。
「この3Dモデルは、この骨から作ったものでして……」
「ええ!? いやいやそんなまさか!」
大げさなほどに驚いた田島が、骨と3Dモデルを見比べている。
「つまり、この人が犯人だってことですか? ありえない! だって千年以上前に死んでるんですよ!?」
そんな人物が、事件当時現場に存在していたはずがない。
これはなかなかに厄介なアリバイだ。
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