第5話 イネは知恵者

 箱を広くして三人ほど座れて横になる事も出来るように変えた。床には布団を敷き詰めた。動いても振動を和らげる工夫した。普通の籠の五倍の大きさだ。これだけ大きいと人が担ぐのは無理で大八車を改良し籠を乗せた。これで横になることも出来る。窓も左右に付いているので外を眺めることも出来る。病の奥方でも問題なく出掛けられる。

「イネ、これは何じゃ。随分と大きな籠のようじゃが」

「はい、奥方様。この籠に乗り桜見物は如何でしょう。他にも沢山の花が見られる丘にご案内致しとう御座います」

「ほうこれだけ広ければ座っても横になって良いな、それに内装が美しい。ぜひ乗ってその丘まで行きたいのう」

それを聞いた元影も大喜び、普段なにもしてやれない奥方を喜ばせるならと一緒に参加した。外が見られる窓も二ヵ所付けた。この大きな籠なら元景も一緒に乗れる。これに奥方を乗せ連れ出した。季節も桜が咲き乱れる時期、全体を見渡せる高台に案内した。総勢五十人も付け人を引き連れ、沢山のご馳走も用意された。


やがて桜並木や他の花が咲き乱れる丘に到着した。奥方は思いきり外の空気を吸った。奥方は大喜び、イネの気遣いに涙した。桜を見ながらの料理は格別に美味かった。

「イネちこう寄れ、そなたが考え出したそうじゃな、おかげ二年ぶりに外の景色が見られた桜がこんなに美しいものとはのう最後に見られて良かった」

「奥方様、なにをおっしゃられます。これからも見られますよ」

「よいよい、気を使う事はない。良いかこれから私に代わって殿の面倒を見るのじゃ」

「奥様……そんな気弱な事をおっしゃならいで下さい。これからも沢山お使いさせて頂きますから」

「ありがとう。ほんまに良き日じゃ。イネの心使い決して忘れぬぞ」

イネが人身御供に身を捧げて一年から宇治川の氾濫は起きなかった。村の衆は知らないが上流で工事が行われたのだ。宇治川が溢れたら別な水路を作りそっちへ流したのだ。そのおかげで村の収穫も潤って行った。何も知らない村人は、これも茂助の娘イネのお蔭だと村の者は感謝し米や穀物、魚介類を茂助の家に届けるようになった。それは嬉しいのだが茂助達家族の心は沈んだままだ。娘を犠牲にして豊かになって何も嬉しくない。そう思っていた。


 殿を頼むと最後にイネにお礼をのべて、一月後お糸の方様は亡くなった。イネは本当の姉を亡くしたような思いだった。姉のように慕い涙するイネに元景は心まで美しい女だと思った。天国に旅立ったお糸の方様もイネなら安心して託せる。

お糸の方様は亡くなる前日に元景に遺言を託した。

「あなたは私を大事にして下さいましたが、もはやこれ以上お役目を果たせません。でもあなたが後妻を貰うのは心配です、ですからイネを後妻にして下さい。あの子なら私も安心して旅立てます。私はイネに癒されました。この数ヶ月本当に楽しめました。イネならきっとあなたも幸せになれますよ」

イネを大事なしないと罰が当たるわよとまで言われた。


つづく

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