第3話 宇治川の生け贄になるはずが連れ去られた。

 一人で来いと言われたイネだが家族は心配でならない。そっと二人の兄はイネの後をつけた。だが暫く行くと何人も見張りが立っていて近づく事が出来なかった。もはやイネの幸運を祈るしかすべがない。二人はその場にしゃがみ込みイネの無事を祈った。

 そろそろ陽が暮れる頃、宝次郎と占い師とイネは宇治川の橋の袂(たもと)に向かった。

 イネも覚悟は出来ている。自分は此処で死ぬんだ。でもいい、村で選ばれた者として村の為、家族の為に死ぬるなら幸せだ。自分が人柱となって死んで災害が無くなればイネという娘のお蔭で、村が救われたと名前が残るかも知れない。名誉な事ではないか。

「イネ、この白い衣装に着替えろ。そしてこの数珠を胸から掛けるんだ」

 いよいよ儀式が始まる。占い師は棒に白い紙が沢山巻き付いた玉串を手に持って、祈祷を始めた。イネは白装束に着替え橋の袂に向かう。人が一人入る程度の箱に入るように即された。イネはドキドキしながらも箱の中に入る。この後どうなるか心配だった。もしかしたら上流から塞き止めてあった水が一気に流れ川の濁流に呑まれるのだろうか。イネは目を閉じた。もう間もなく川の底に沈んで行くのだろう。イネは覚悟を決めた。

「どうせ死ぬなら苦しまず一気に川の中に流して欲しい、それが私の最後の願い」


 やがて静かになった。祈祷する声も聞こえない。やがて暫くすると急にイネが入っている箱ごと誰かが担いでいる。ザバザバと水の中を歩く音、一人ではなく複数で担いでいるようだ。何故か川から引き揚げられ箱ごと荷車で運んでいるようだ。イネは何がなんだか分からない。外を見たくても箱は窓すらない。宇治川の生け贄になるのではなかったのか? 連れて行かれたのは屋敷ようだが? 人の話し声が侍言葉、何処かの武家屋敷であることは間違いないだろう。イネはどうなっているのだろうと困惑した。やがて屋敷に入ると箱が降ろされた。

「殿、連れて参りました」

「おうそうか、では連れて参れ。いや待て、まず風呂に入れて着替えさせろ」

「かしこまりました。そのように致します」

 イネは箱から出された。真夜中で良く分からないが庭は沢山の蝋燭の灯りで明るい。立派な屋敷だと分かる。人身御供の筈がなぜこのような所へ連れて来られたのか。しかし死んではいない。 


 すると数人の女中がイネを連れて行き大きな風呂に入るように言われた。こんな立派な風呂に入るのは初めてだ。死ぬ前に良い思い出になるだろう。風呂から上がると綺麗な白い着物を着せられ化粧が施された。連れて行かれた部屋には布団が二人分敷かれてある。

 幼いイネとはいえ十六歳これから何が起るか想像が付く。

 白い寝巻き姿のイネを見て朝倉元景(もとかげ)は驚いた。普段は汚い着物姿で化粧なんて皆無。それが綺麗に化粧を施されていた。当のイネ自身、自分が綺麗かどうか分かるはずもない。元景が驚くのも無理はない。ただの石ころが宝石だったとは? これが選ばれた娘か百姓の娘とは思いない美しさだ。いやこれほど美しい娘は見た事もない。まさに天女のようだ。それでも喜びを押し殺しようにイネに囁く。

「ほうなかなかの、べっぴんじゃないか。さぁさぁもっと側に寄れ、悪いようにはせん」


 この朝倉元景は天下一の極悪人と噂が高い朝倉孝景の親戚筋にあたる。応仁の乱で時の人となり天下に名を轟かせた朝倉孝景ほどではないが、この辺一帯を収める朝倉元景だ。イネの救いは朝倉孝景じゃなかったことだ。元影は極悪人ではないがスケベで有名だ。そこで各村の長に、何かといって女を集めさせていた。困った宝次郎は自分の娘は差出したくない。そこで占い師と相談して決めたのが人身御供だった。だが娘を人身御供にして、それで水害が収まらなければ村の衆が百姓一揆を起こしかねない。その代わり氾濫が起きない工事をしてくれるならと引き受けたのだった。この朝倉元景、女が手に入るならと簡単に承諾した。女の為なら金に糸目をつけない程の女好きだ。


つづく

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