第2話 イネの決意

 そして茂(も)助(すけ)の家でも家族会議が開かれた。茂助の家族は息子二人に娘一人、それに年老いた母がいる。だが茂助の妻は栄養失調で亡くなっている。家長として、もう栄養失調で家族を失いたくない。

息子の二人は貞助二十一歳と助造十九歳そして娘のイネは十六歳で今回の生贄の対象者である。すると茂助の母でありイネの祖母のタネが言った。

「まさか、おめぇイネを差し出そうなんて考えているんじゃないだろうな」

 そうだと言えない茂助は何も言えず黙って下を向いた。それを察した二人の息子が文句を言った。


「とうちゃん馬鹿な事を考えないで。いくら困ってもイネは大事な家族であり可愛い妹だ。そんな事が出来る訳がない」

「言われなくても分っている。じゃけんお前たちの母ちゃんだって栄養失調で亡くなっているじゃないか。これ以上病人が出たら一家は滅びる。不作で俺達が喰う飯もなくて、芋粥の毎日だ。もはやどうにもならねぇ」

 暫く黙って聞いていたイネが言った。 

「うち、で役立ちならうちが行く、それで借金も返せるし年貢米を納めなくて済む、こんないい話ないじゃないか」

「ばかを言うでない。ならば婆ちゃんが行く、それで良かろうが」

「婆ちゃんの気持ちは嬉しいが若い生娘でないと駄目だってさ」

「そんなのおかしいって、誰が考え出したんだ。きっとスケベな代官に決まっている」


 一番幼いお前を犠牲にして生きて行けるわけがないと。そう言うが打開策が見つからない。このままなら本当に一家がみんな死んでしまう。結局は誰も何も言えなくなった。早い者勝ちと言っている、決断が遅れれば、誰かが選ばれ全てが終りだ。家族は何も言わなくなったがイネは決心した。覚悟を決めたイネは家を飛び出し村の長の所へ駆け込んだ。みんなは泣きながらも止める事が出来なかった。少しでも遅れたら他の娘が選ばれてしまう。イネは真っ先に村長(むらおさ)の家に走った。そしてイネは村の長、宝次郎の家の戸を叩いた。


「宝次郎さん、まだ間に合うか。うち、を選んで下さい。その前に本当に年貢米を三年間納めず二十両貰えるんですか」

「茂助さんとこの娘か、あんたが一番早いぞ。お~良く決心してくれた。大丈夫だ。約束する。じゃけん父ちゃんや家族は良いと言ったのか?」

「うん大丈夫、そんでうちは何をすればいいんだ」

「それは占い師様と相談して決める。今日は帰って家族を安心させてやれ。これは俺の気持ちだ。一年分の米とは別に、ほら米を持っていけ。これで今日はみんなで美味い飯でも食い」

「ありがとうございます。最後にもう一度、本当にお金と米を貰えるのですね」

「疑い深いな、分かった分かった。では約束の金をも持って行くがよい。米は重いから後で取りに来い」

イネはホッとした。これで死んでも本望だ。家族が幸せになれる。イネは金と米を貰って一目散に我が家に向かった。だけど家族に黙って村の長と勝手に決めて来た。米の飯を食べられるなんて二年ぶりだ。みんなの喜ぶ顔が浮かぶ。喜び勇んで帰ったイネだが、家族は申し訳なくて喜ぶよりも泣いてしまった。その晩は久しぶりの白いご飯に喜びと悲しみが入り混じっていた。聞いた話だとイネの後に村長の宝次郎宅を三人くらい駆け込んだらしい。宝次郎は少し遅かったようだな。決まったと断ったそうだ。イネの決断の速さが幸運を手にした……とは言ってもイネは宇治川の生贄にされる身。とても手放しで喜べる筈もない。

 そして三日後、イネは一人で来いと宝次郎に呼び出された。いよいよ人身御供の儀式が始まる。だがイネ以外誰も来てはならんとお触れがあった。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る