第10話『ファンタジーなんか大嫌い!』
その日私は、軽く苛ついとった。ウチの弟二人(小学5年生の双子)が、揃ってスマホゲームに熱中しとるからだ。とにかく時間さえあればスマホゲーム。部屋の中でも外に出掛ける時でも、とにかくスマホを手放さん。今朝も食事中だというのに、ゲームをやりながらご飯を食べていたんで叱ってやったんだけど、全然聞く耳持たない感じだった。
今弟達がハマっとるスマホゲームは、よくあるタイプのファンタジー系RPG。今時のゲームはオンラインでリアルタイムイベントをやったりもしているらしく、イベントのタイミングは逃したくないらしい。だからといって、四六時中ゲームばかりやるのはいかんでしょうに。
弟達の話を聞くと、レアアイテムのコレクションや、捕まえたモンスターの強さを競い合ったりもしとるんだとかで、寝る間を惜しんでゲームをやっとる友達も多いらしい。私は全然ゲームで遊ばんから、何故そんなに熱中出来るんか全く理解出来ん。本当に、どうにかして欲しいもんだわ…。
朝、教室に入ると川中さんに声を掛けられる。
「城ヶ崎さん、おはよう!」
そう言う川中さんの手には、スマホが握られとった。周りにいる人達もスマホを見ながら挨拶してくる。
「おはよー。何?皆スマホで何やってるの?」
何かイヤな予感を抱えながら質問すると、
「ジャーン!ついさっき、超レアアイテムをゲットしました~!」
川中さんはそう言って、満面の笑みを浮かべながらスマホの画面を見せてきた。弟達がやっとるのと同じスマホゲームだ…。
「そ、そうなんだ~。良かったね~」
ちょっと笑顔が引きつってしまったけど、ここは軽く流しておこう…。
しかし、ウチのクラスでも流行っとったとは知らんかった。小学生の間で流行っとるんかと思っとったけど、高校生でもやるんだな~。男子も女子も関係無くやっとるみたいだし。
さすがに授業中にやる人はおらんけど、休み時間になると皆スマホを取り出して何かやり始める。コレ、皆同じスマホゲームなんか?今迄あまり意識してなかったけど、弟達の事があってから、何かやけに目に付くようになってきた。
放課後。視聴覚室に行くと、岡と深山はスマホをいじりながら何か話していたようだった。まさか、この二人もスマホゲームやっとるんか?
「二人とも…、何やってるんですか?」
怪訝な顔で尋ねると、岡は
「ん?あぁ、これだよ」
そう言ってスマホの画面を見せてきたんだけど、予想通り、例のスマホゲームだった。この二人までやっとるんかい…。
「…まさか、二人までそのゲームをやっているとは思いませんでした。何が面白くてやっているんですか?ソレ」
溜め息交じりにそう聞くと、
「今このゲームがスゴく流行っているからね。俺達諜報部は人間相手の活動をやっているんだから、流行りモノや話題になっているモノは抑えておいた方が良いでしょ?会話のネタにもなるし」
そう岡に説明された。まぁ、言っとる事は分かる。でもなぁ~…。何かちょっと抵抗あるなぁ~…。
話を聞くと、私が持っとるスマホでも遊べるそうなんだけど、全然やりたいとは思わない。別に流行を追いかけたいとは思わんし、そんなもんに興味すら沸かない。弟達が夢中になって遊んどる姿を見ているから、逆にやりたくない気持ちの方が強くなっとる。
しかし、岡と深山は私にもそのスマホゲームを勧めて来た。先に述べたように、諜報部員として流行りモノは抑えておけってのが二人の言い分だ。何か気が進まないけど、適当にやっておきましょうかねぇ~…。
岡と深山の指示通り、とりあえずアプリ自体はインストールしたんだけど、これからどうすりゃいいんだ?
「先ずはキャラクターメイキングからだね。自分が操作するキャラを好きなように設定するんだよ」
そう岡に言われて、キャラクターメイキングから始める。最初に名前を入力しろって画面に出たんで、『ともこ』と入力すると、『その名前は使用出来ません』とエラー表示された。何でだ?
「城ヶ崎さん、『ともこ』っていう名前はワリとありふれた名前だし、他のプレイヤーが先に登録しているんだと思うよ。それに、素性の知れない他のプレイヤーとコミュニケーションを取るゲームだし、こういうので本名は使わない方が良いよ」
と、岡に説明された。そういうもんなのか。しかし…、それじゃぁ名前はどうしよう?あれこれ考えて入力してはエラーが返りを繰り返し、最終的にはどうでもいいやと『たまねぎ』にした。特に意味は無い。
次に種族と性別を選べって画面に出ているけど、性別は女を選ぶとして、種族って何があるんだ?
「このゲームは人間、エルフ、ドワーフ、亜人から好きなのを選べるようになっているから。選んだ種族によってステータスの成長具合が変わるんだけど、まぁベーシックなキャラなら人間を選べば良いよ」
今度は深山に説明される。何だかよく分からんし、とりあえず言われた通り『人間』を選んでおきましょうかねぇ。
次は職業を選択しろと表示された。一体どれを選べば良いんだ?
「ガツガツ攻めるなら戦士だけど、パーティーメンバーとして重宝されるのは僧侶だね。回復要員として人気がある職業だし、一人でも遊びやすいよ」
と、岡に説明される。そんじゃまぁ、僧侶にしておきましょうかね。
次は体型、髪型、目や鼻に口の形、肌の色や髪の色なんかを選べと画面に出た。これ全部設定しなきゃならんの?超面倒臭いんだけど。
「そこの設定はキャラの見た目を決定するものだから。ステータスには影響無いけど、自分が操作するキャラなんだから、愛着を感じられるよう、じっくり時間を掛けて設定すると良いよ」
なんて岡に言われた。面倒臭いから、全部デフォルト設定にしようかと思ったのに…。こんな事やって、何が面白いんだろう?やっぱり私には理解出来ん世界だわ…。
試行錯誤の末、ようやくキャラクターメイキングが終わった。これでようやくゲームが始まるのかと思ったら、何かダラダラとメッセージと動画が表示され続けている。最初にこれを見ろって事なんだろうけど、前置きが長いわ。蘇った魔神とか伝説の勇者とか、正直どうでもいいから、早くゲームをプレイさせてくれんかねぇ?
長々とゲームの世界について説明された後、ようやくゲームが始まったと思ったら、今度はチュートリアルをやれと命じられた。ちびっこいデフォルメキャラが、『画面のココをタップしてね!』とか何とか…。まぁ説明書が無いから、実際に操作しながら遊び方を説明するって事なんだろうけど、かなりダルい。テレビゲームみたいに説明書を用意してもらった方が私には合うようだ。軽く苛つきながらチュートリアルを終えて、私はようやく冒険の世界に立つ事が出来たのだった。
「城ヶ崎さん、チュートリアルは終わったみたいだね。それじゃ、俺達とフレンド登録しようか」
そう岡に言われたんだけど、フレンド登録って何だ?
「このゲームではフレンド登録しておくと、メッセージをやり取りしたり、パーティーに誘ったりを簡単に出来るようになるから。ホラ、こんな風にリスト表示されるんだよ」
深山がそう言ってスマホの画面を見せてくれたけど、フレンドリストというのに色んなプレイヤーの名前が一覧表示されている。やはり深山らしく、女性の名前が大多数を占めていたが。
「とりあえずフレンド登録したら、もう遅いし今日はお開きにしようか。家に帰ったら初心者向けのクエストでもやって、ゲームに早く慣れておいてね」
そう岡に言われて時計を見たけど、もうこんな時間か。何かスゴい無駄な時間を浪費した感じがする。皆、こんなもんに時間を費やしているんか。やっぱ私には合わないなぁ~。
家に帰ったら宿題を片付けて、ご飯を食べたりお風呂に入ったり、一通りやる事やってからゲームの続きに入る。岡が言っていた、初心者向けのクエストというのをやれば良いんだな。
さすがに初心者向けというだけあって、内容はどれも簡単なものばかりだった。RPGにありがちな、お使い系のクエストとか、弱いモンスターを倒して来いとか。まぁ、この程度なら私にも出来るかな。ゲーム機のとは違ってスマホ用のゲームだから、操作も画面をタップしたりドラッグしたり。楽チンなのは良いけど、一向に楽しいとは思えない。やり続けたら面白さが分かってくるのかなぁ?
次の日。朝教室に入ると、川中さん達はやはりスマホゲームをやっているようだった。一応、私も昨日から始めたんで、色々ゲームについて教えてもらおう。
「ねぇねぇ、私も昨日からこのゲームやり始めたんだけど、色々教えてもらえないかな?」
私がそう言うと、川中さんは待ってましたと言わんばかりに、ゲームの攻略情報を語り出した。初心者が抑えておくべきポイントとか、効率良くレベル上げする方法とか、パーティープレイで気を付けるべきポイントとか。色々聞いて、なるほどなぁ~とは思ったけど、川中さんって女子野球部所属だし、あまりゲームをやり込むイメージ無かったんだけどなぁ~。話を聞いた感じでは、かなりこのゲームにハマっているみたいだ。
しかし、私のキャラを見せたら、『たまねぎ』という名前がツボにハマったらしく、えらく笑われてしまった。やはり適当につけた名前はマズかっただろうか?
「まぁ、可愛いんじゃないの?冒険者『たまねぎ』ってのも。見た目も可愛く出来てるし」
川中さんはそう言っとるが、笑いを堪えているのが見え見えだ。今更名前変更も出来んし、最初からやり直すのも面倒だ。仕方が無いから私はこのまま『たまねぎ』で通す事にしよう。
休み時間に入ると、皆一斉にスマホを取り出してゲームを始める。私も川中さん達と一緒に遊ばせてもらうんだけど、やはり出遅れた分レベル差があって、行動範囲が限られてしまうようだ。レベル差が埋まるまでは、まだ当分掛かりそうだなぁ~。
「今は焦らず、じっくりクエストをこなしてレベル上げしなきゃね~。そうすれば一緒にダンジョンとか行けるようになるから」
川中さんにそう言われたけど、何かちまちまレベル上げするのも面倒臭いなぁ。手っ取り早くレベル上げする方法とか無いんか?
その日の放課後。クラスの人達とゲームに興じてしまい、少し遅れて視聴覚室へ。岡と深山を待たせてしまったけど、少しゲームを進める事が出来たんで良しとしよう。
「あ、城ヶ崎さん。ちょうど良かった」
視聴覚室に入るなり、岡にそう言われたんだけど、一体何だろう?
「遅れてスミマセン。ちょうど良かったって、何がですか?」
私がそう聞くと、岡は
「今さっき、新しい依頼が入ったんだよ。今やっているスマホゲームに関してね。一緒にパーティー組む相手が欲しいって事だったから、城ヶ崎さんにお願いするよ」
はぁ?また急に、何でそんな依頼を受けちゃったの?私まだ初心者なんですけど?
「イキナリそんな事言われましても…。私、昨日やり始めたばかりの初心者なんですが?」
そう言って抵抗するが、
「依頼者の希望としては、『女の子と組みたい』って事だから。初心者でも良ければ…とは伝えてあるから大丈夫だよ。ゲーム内で色々フォローしてもらえるよう話はつけてあるから。そういう訳で、よろしくね」
岡はそう言って、プレイヤー名の書かれたメモを渡してきた。この『ギャバン』とかいう人とパーティー組めってか。そう思ったら、私のスマホが何か通知を出している。画面を開くと、『ギャバンさんからフレンドリクエストが届いています!』と表示されていた。もう既に、向こうは私の『たまねぎ』に対してリクエストを送って来ているって事か…。今更この依頼断れそうに無いし、やれるだけやっておきましょうかねぇ…。
ギャバンさんは、所謂一つのオラオラ系の人だった。職業は戦士で、ガチムチの大男。ガンガン敵に突っ込んで、豪快に攻撃しまくっている。んで私は僧侶なんで、一歩引いた所から回復魔法をかけ続けてあげる。ギャバンさんは残り体力とか見ていないんだろうか?ちょっと油断すると、すぐ死にそうになっているんで、こちらが慌てる場面も頻繁にあった。それでも、戦士と僧侶の組み合わせは強いらしく、私1人では攻略出来そうに無い敵も次々と倒していけた。
レベル差があって一緒にパーティー組んでも楽しめないんじゃないかという心配もあったけど、実際にプレイしてみるとそうでもなく、少しは気を遣ってくれているように感じた。メッセージでは『オラたまねぎ行くぞ!』とか、『たまねぎバフかけろ!』とか乱暴に言ってくるけど、ちゃんとドロップしたアイテムを分けてくれたり、私がレベル上げする為の経験値稼ぎに付き合ってくれたりもしている。これなら何とかなりそうだなぁ~。
この日以来、基本的に朝の空き時間と休み時間は同じクラスの人達と、放課後と自宅に帰ってからはギャバンさんとのパーティープレイが日課になってしまった。やり始めの頃は何が面白いのかサッパリ分からんかったけど、レベルが上がるにつれて徐々に面白いと感じるようになってきた。新しいアイテムを手に入れたり、行けなかった場所に行けるようになったりすると、結構嬉しいもんだな~。
でも、ゲームごときに日常を崩されちゃぁかなわない。学校のお勉強も自宅での家事も、しっかりこなした上で遊びたい。ところがギャバンさん、私の都合なんか完全無視でメッセージを送ってくるから困ったもんだ。毎日放課後になると、『たまねぎダンジョン行くぞ!』とか、自宅でくつろいでいる時に『たまねぎクエストの時間だぞ!』とかメッセージを送ってくる。一応、諜報部の任務だから付き合ってあげるけど、こう毎日何度もゲームの呼び出しを受けると、自然とストレスが溜まる。ハッキリ言って、ウンザリだわ。
そもそも、この『ギャバン』さんって誰なんだ?岡と深山から依頼者が誰なんか聞いとらんかったけど、今更ながら気になった。東郷学園の生徒なのは確実だけど、それ以外の情報は何ももらっていない。これだけ毎日ゲームばかりやってる人なんだから、さすがに3年生って事は無いだろう。1年か2年の誰か…、多分男子だろうけど、どんな人なんだろう?
そんな事を考えていたら、またギャバンさんからメッセージが届いた。例の如く、時間限定クエストのお誘いだ。はぁ…、イマイチ気分が乗らないけど、やりますかねぇ…。
私がスマホゲームをやり始めてから1週間、いつの間にやら川中さん達同じクラスの人にレベルが追いついていた。こうなると一緒に遊ぶ機会が増える訳で、ギャバンさんとのパーティープレイを余計重荷に感じるようになってきた。
実際の所、どこの誰とも知れない人を相手にするよりは、実際に知っている人達と遊ぶ方が楽しいし。だけど、ギャバンさんとのパーティープレイは、諜報部員としての任務なんだよなぁ~。個人的感情で投げ出す訳にはいかんし、本当に困ったもんだ。
放課後。いつも通りに視聴覚室に行って、岡と深山に現状報告する。とりあえず、ギャバンさんとはそれなりに上手く遊べている事、でも段々一緒に遊ぶのが重荷に感じてきている事、そもそもギャバンさんが誰なのか?って事など。
「う~~ん、なるほどねぇ。とりあえず、都合が悪い時は無理して遊ばなくて良いから、ギャバンさんとは我慢して一緒に遊んでくれないかな。日常生活には支障を来さないよう、俺から注意しておくからさ」
岡はそう言って腕を組んだ。それならそれで良いけど、結局ギャバンさんって誰なんだ?
「ギャバンさんが誰なのかは秘密って事で。一応、本人が実名は伏せておいてくれって希望していたからね」
う~~~~ん、何かスッキリしないなぁ…。でもまぁ、ゲームだけのお付き合いって事なら、あまり深く考えなくても良いんかな?現実世界で特にデメリットが無ければ問題無い訳だし。
そんな事を考えていたら、またギャバンさんからメッセージが届いた。さて、ゲームの世界に戻りますかねぇ…。
一応、岡がギャバンさんへ注意してくれたのが利いたのか、少しは遠慮してくれるようになってきた。この頃になると私も手慣れた感じになってきて、自室で宿題やりながら、片手間でゲームをやったりも出来るようになってきたのだ。こういう時にスマホゲームの簡単操作は都合が良いねぇ~。利き手でシャーペンを持って宿題片付けながら、横目でスマホの画面を確認し、逆の手でちょいちょいっと操作する。実際に人と対面して協力プレイする訳じゃ無いから許される、この手抜き感。片手間でやっているからゲームに没頭しないし、ギャバンさんの乱暴な物言いを気にする事も無くなった。これで大分、ストレスが軽減されてきたかなぁ~。
夜も遅くなって、そろそろ寝ようかと思った頃、ギャバンさんから『これやる!』とアイテムを渡された。何か良く分からんけど、女の子用の見た目を変えるアイテムらしい。早速装備したら、私のたまねぎがファンシーな服装に変化した。見た目が可愛くなったのは良いんだけど、スカート短いなぁ~。ちょっとしたアクションでパンツがチラチラ見えてるんですけど。一応お礼を言うと、『じゃぁまたな!』と言われてパーティーを解除されてしまった。まぁ、この人はこういう人なんだろうと特に気に掛けず、私もゲームを終えて寝床に入る。
次の日。朝教室で川中さん達とスマホゲームをやり始めたら、
「あれ?城ヶ崎さん、課金したの?」
なんて言われた。何の事だろう?
「え?カキンって何?」
そう質問を返すと、川中さんから
「だってそのアバター、課金のガチャからしか出ないアイテムだよ?」
なんて言われた。昨日ギャバンさんからもらったアイテム、どうやら課金アイテムだったらしい。今迄1円も使わないで遊んでいたから、全然知らんかった。
「スゴーい、それって中々出ない超レアアイテムだよ。可愛いよね~♪」
「城ヶ崎さん、何回ガチャ回したの?」
「私もそれ狙ってガチャ回したけど、全然出なかったよ~」
何か、皆から注目と羨望の的になってしまった…。しかし…、何でこんなレアアイテムを、ギャバンさんは私にくれたんだろう?しかも課金アイテムとか…。実際にお金を使っているって事だからねぇ~。ただ一緒に遊んでいるってだけで、こんなのもらっちゃって良いんか?
自分で課金したんじゃなく、よく一緒に遊んでいる、どこの誰だか知らん人にもらったと言うと、
「え~?それホント?誰なの?その人。普通そんな事しないよ?ゲームでナンパされてるんじゃないの?」
なんて言われてしまった。イヤ、私自身、信じられない状況なんですけど。ゲームでナンパ…?そんな馬鹿な…。しかし、こちらはギャバンさんがどこの誰なんか知らんけど、向こうは諜報部の私の事を知っている可能性がある。え?私、ゲームを通じてナンパされてる?
その日の放課後、私は大急ぎで視聴覚室に駆け込んだ。
「やぁ城ヶ崎さん。どうしたの?そんなに慌てて」
相も変わらず、岡はお気楽そうな顔つきで聞いてきた。こっちはそれどころじゃないってのに。
とりあえず、ギャバンさんから課金のレアアイテムをもらった事を話したんだけど、岡と深山は特に驚いた様子は見せんかった。
「まぁ、そういう人も中にはいるよ。ちょっと仲良くなった程度の人にアイテムあげちゃったりとか。課金アイテムだとか超が付くレアアイテムだとかは全然気にしないでやり取りしたりね」
岡にそう言われたけど、相手がどこの誰だか分からんだけに、ちょっと警戒してしまう。
「何か見返りを求められたりしないですかね?レアアイテムあげたんだから付き合え!とか現実世界で言われたり…」
ゲームの中だけで話が終わるんなら問題無い。実際の、現実世界で関わるようになったら面倒だ。すると、
「それは無いんじゃないかな?ギャバンさんの性格だと、現実世界で城ヶ崎さんにアプローチして来る可能性はかなり低いはずだよ」
なんて岡に言われる。一体、ギャバンさんってどういう人なんだ?ゲームではオラオラ系だけど、現実では大人しいとかか?何か、私が抱いていたギャバンさんのイメージが崩れるな。
「まぁ、心配しなくて大丈夫だよ。もし何か面倒な事になったら、俺達が対応するから。城ヶ崎さんは安心してゲームで遊んでてよ」
そう深山に言われた。面倒な事が起こってからじゃ遅いような気もするけど、この二人が対処してくれるのなら何とかなるのかなぁ~?一抹の不安を拭いきれないけど、岡と深山を信用するしかないか。
その日以来、ゲームで会う度にギャバンさんは、色々とアイテムをプレゼントして来るようになった。キャラの見た目が変わるアバターだけじゃなく、課金ガチャで手に入る僧侶用の強い装備品とかも。回復アイテムとか消耗品はよく分けてもらっていたから抵抗無いけど、課金アイテムを次から次へとプレゼントされると、本当にこのままもらい続けて良いんか?という気持ちになる。
『ギャバンさん、どうしてこんなに色々とアイテムをくれるんですか?』
さすがに所持品の大半がギャバンさんからもらった課金アイテムに埋め尽くされてしまうと、聞かずにはいられん。思い切ってメッセージで聞いてみたんだけど、
『たまねぎを強くしてやってるんだよ!俺とパーティー組むに相応しいキャラにしてやる!見た目も重要だからな!ちゃんとアバター装備しろよ!』
なんて返事が返ってきた。う~~~ん、何て言うか、リアクションに困る返事だな…。
『でも、課金アイテムをたくさんもらって悪いかな~?と。ギャバンさん、相当お金を使っているんじゃないんですか?』
そう聞くと、
『そんな事気にしなくていいんだよ!人の好意を無下にするんじゃねぇ!』
と答えられた。イヤ、気にするから。う~~~ん、こういう時何て言えば良いんだろう?変に機嫌を損ねるのもマズいだろうし、だからといって、このままアイテムをもらい続けるのも気が引ける。
でも、私のそんな気持ちは全然理解してくれなくて、今日もギャバンさんは女の子用のアバターをプレゼントしてくれた。何か、ヒラヒラフリフリの可愛いコスチュームだ。コレを手に入れる為に、一体いくら使ったんだろう?
『たまねぎ早く着替えろ!ダンジョン行くぞ!』
そう急かされて、慌ててもらったばかりのアバターを装備する。このアバターもスカートが短いな…。これはギャバンさんの好みなんだろうか?
ひょっとして、私のたまねぎを着せ替え人形みたいに考えているんじゃなかろうか?自分好みの格好をさせて、一緒に冒険するのを楽しんでいるとか?もしそうだったら、正直キモイ。何かもう、これ以上この人と一緒に遊びたくないな…。
次の日。朝の教室で、川中さん達と一緒にゲームをする。
「城ヶ崎さん、またアバターもらったの?どんどん装備がゴージャスになっているね~」
なんて言われて、思わず苦笑いする。
「うん…。何かさぁ、アイテムくれるのは良いんだけど、何か裏があるんじゃないかと思ったら、それが気になっちゃってねぇ…」
私がそう言うと、
「確かにねぇ~。そんなに景気良く課金アイテムをくれるなんて、絶対変だよね~」
そう言って、川中さん達も同意してくれる。ギャバンさんは気にするなとか言ってたけど、どうしても気になってしまうよなぁ~。いくらなんでも、ゲームやり始めたばかりで、現実世界ではお付き合いの無い私に、課金アイテムを次から次へとプレゼントするなんてねぇ~。もしも私の推測通りだったとしたら、ギャバンさんは所謂一つのキモヲタって事になる。いくら任務とはいえ、これ以上のお付き合いは遠慮したいところだ。
イヤ、待てよ…?ギャバンさん、実は既に面識のある人って事はないだろうか?でも、私は特に親しくしている男子とかいないからなぁ~。向こうから一方的に慕われているとか?誰かが私に片思いしている?イヤ、まさかねぇ…。う~~~ん、正体が全く見えない。本当に、一体どこの誰なんだ?
不安の種は尽きないけど、とりあえず私はギャバンさんとのパーティープレイを続けてみる事にした。ちょっとしたメッセージのやり取りなどから、その正体を探れないだろうか?と思ったからだ。
『今日は英語の小テストでヤマがハズレちゃいましたよ~』
とメッセージを送ってみる。すると、
『リアルの話なんかどうでもいいんだよ!ゲームに集中しろ!』
とギャバンさんから返事が来た。う~~~ん、そう簡単には乗ってくれないか。
『でも、ゲームに夢中になって追試とかなったら困りますんで。ウチの部長から話は行ってると思いますが、現実世界に悪影響の無いようお願いします』
そうメッセージを送ると、
『まぁ…分かったよ』
と返事が来た。意外と聞き分け良いな、ギャバンさん。さて、どう探りを入れようか…?あ、そうだ!
『仁科先生が出した宿題があるんで、今日はあんまり遊べないんですよ~』
私はそう、メッセージを送ってみた。ギャバンさんはどう反応するだろう?すると、
『美術の宿題なんか出たのか?』
ヨシ、上手く引っかかってくれたな。東郷学園には仁科先生が姉妹で二人いて、お姉さんの真理絵先生は2年担当の美術教師、妹の百合絵先生は1年担当の国語教師だ。なので、この返事から察するに、ギャバンさんは2年生だと推測出来る。とりあえず、東郷学園2年の男子だろうという事が分かったな。少し前進したぞ。
『私が言ってる仁科先生は国語の先生ですよ?』
とりあえず、そうメッセージを送ると、ギャバンさんは
『ん?あぁそっちか』
と応えた。フフフ、何だか面白くなってきた。他に探りを入れられるような話題はないかな~?
その後もいくつかメッセージで探りを入れてみたけど、これ以上の情報は引き出せそうに無かった。とりあえず、2年の男子らしい事だけは分かったか。ここから絞り込むには、まだまだ情報が欲しい所だけど…。
次の日。休み時間に2年の教室へ行ってみる。廊下をウロウロしながらそれぞれの教室を覗いてみると、普通におしゃべりしている人や、スマホで何かやってるらしい人がたくさんいた。この中からギャバンさんを特定するのは骨が折れそうだな。おそらく2年生だろうという事は分かったけど、どのクラスか分からんし、個人レベルまで絞り込むのは大変だ。岡と深山に聞いても素直に教えてはくれんだろうし、これからどうしようかなぁ~?
何気にスマホゲームを起動してみると、ギャバンさんはオンラインのようだ。…本人に聞いてみる?う~~ん、でも、諜報部に依頼を出した時に、実名は伏せるようにって希望したとか岡が言ってたからなぁ~。私が聞いたとしても、素直に正体を明かしてくれるとは思えない。
そんな事を考えていたら、2年D組の教室で一人の男子生徒が目に入った。てゆーか、目が合った。私の視線に気が付くと、慌てて視線を落としスマホに集中しているような素振りを見せる。髪はボサボサ、お腹でっぷり。何て言うか、絵に描いたようなキモヲタ的ルックスだな…。ひょっとしたら…、この人がギャバンさんなんじゃないんか?どうしよう?声を掛けるのも躊躇われるな…。えぇい、当たって砕けろだ!
「スミマセン、ちょっと良いですか?」
思い切って2年D組に入り声を掛けると、その人は思いっ切り挙動不審になってしまった。
「な、何か用?ぼ、ぼぼ、僕は今忙しいんだけど…」
思いっ切り怪しいな…。名札を見ると、この人は朝井さんというらしい。一応、スマホゲームからギャバンさんにメッセージを送信してみると、程なく朝井さんのスマホに新着メッセージの通知が表示された。ハイ、特定。
「え~っと、朝井さん、たまねぎです」
私がそう言うと、
「あっ、ハイ…、ギャバンです…」
朝井さんは顔を赤くしながら、たどたどしく返事をした。何か話しにくい感じだな…。仕方が無いのでアプリのメッセージでやり取りする。
『この前も聞きましたが、何で色々課金アイテムをくれるんですか?私は諜報部員として一緒に遊んでるだけですよ?』
そう尋ねるとギャバンさん、イヤ、朝井さんは
『可愛いから』
と答えた。はぁ?
『一緒に冒険するなら可愛いアバター着た女の子の方が良いから。俺は男だから女の子用のアバター装備出来ないし、ネカマやるつもりもないから』
う~~ん…、それってつまり、私の想像通りだったって事だろうか?
『たまねぎは着せ替え人形じゃないですよ?一応、私の分身みたいなもんですから』
そうメッセージを送ると、
『分かってる。でも可愛いから』
何かこの人、分かってないよなぁ~。すると朝井さん、何かスマホの画面をこちらに向けて、
「これ…、可愛いよね…」
私とパーティープレイしている時に撮ったのか、課金のアバターを装備したたまねぎが、アップで写されたスクリーンショットを見せられた。何?この人。キモイんですけど。
「えっと…、あの…、城ヶ崎さんも可愛いよ…。一緒にもっと、冒険しようよ…」
イヤ、そんな事言われても、ドン引きするだけなんですけど。正直、鳥肌立ったわ。
「あの…、朝井さん、非常に申し上げにくいんですが、今回の諜報部への依頼は取り下げてもらえませんかね?頂いた課金アイテムは全部お返ししますんで」
その日の放課後、視聴覚室で岡と深山に朝井さんとのやり取りを説明した。勝手に依頼者に直接会って、依頼を取り下げさせたもんだから怒られるかな?と思ったんだけど、意外に二人とも笑って話を聞いてくれた。
「そっか~。そんなにイヤだったんなら、俺達に言ってくれれば良かったのに。話し合いで改善出来た可能性もあるじゃない」
岡はそう、お気楽そうに言った。しかし朝井さんには、まともな話が通じるとは思えなかったんですけど。一体どういう目で私のたまねぎを見とったんか…。想像しただけで寒気がする。
「まぁ、朝井はかなりヲタ入っているヤツだから。二次元萌えってヤツかな?城ヶ崎さんの操るキャラに変な思い入れがあったのかもしれないね。でも惜しかったな~。ただ一緒にゲームで遊ぶだけでお金になったんだよ?」
なんて深山に言われた。冗談じゃ無い。私がどんだけストレス溜めとったと思っとるんだ?ゲームの世界とはいえ、男の人からいやらしい目で見られとったって事なんだから。
「もうこんな変な依頼は、勝手に引き受けないで下さいよ。私もう、ゲームは止める事にしましたから」
朝井さんに依頼の取り下げをお願いした時、私はその場でアイテムをお返しし、ゲームアプリを削除した。もうこんなもん、二度とやりたくない。
何が剣と魔法の冒険の世界なんだか。男子ってこんなゲームのキャラまでエロい目で見ちゃうもんなの?朝井さんが特殊な趣味の持ち主だったってだけかもしんないけど、私はもうファンタジーRPGってだけで敬遠するようになってしまった。こんなイヤな事は思い出したくもない。ファンタジーなんか大嫌いだ。
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