第8話『星月夜』

「ちょっとお願いしたい事があるんだけど、良いかしら?」

 その日、私達諜報部に新しい依頼が入った。ただ、その依頼内容は、いつもの調査依頼とは違うものだった。

「じゃぁ、詳しい話を聞かせてもらいましょうか」

 部長の岡は、そう依頼者に質問する。今回の依頼者は、3年C組の天海銀河さん。話によると、天海さんは現在、非常に困った状況に置かれているんだとか。

「だから、私には全然その気は無いのよね。何とかして彼らを私から遠ざけて欲しいの」

 今天海さんは、複数の男子生徒から交際を申し込まれているんだそうだ。ただ、天海さん自身は、今の所誰とも付き合うつもりは無いんだそうで、その申し出を断るのに困っているらしい。

「それなら単純に、天海さんが交際の申し出を断るだけで済む話じゃないのですか?」

 岡がそう尋ねると、天海さんは

「私が断っても断っても、後から後から新しく別の人が告白して来るからキリが無いのよ。貴方達諜報部の力で、何とかして事前に、彼らを思いとどまらせるように出来ないかしら?」

 天海さんはそう言って、溜息を吐いた。どこか大人びた感じがあるのは、3年生だから当然なのかもしれない。髪はショートボブ、メイクやアクセサリーの類いは付けていなくて、目立った特徴は無いように見えるけど、総合力とでも言うんだろうか?何かスゴい魅力的な女性に見える。何より、天海さんの声はとても心地良く耳に響いている。

「手っ取り早い対処法としては、天海さんには既に彼氏がいるって噂でも流す事じゃないかな?」

 深山がそう言ったけど、天海さんは

「それはそれで困るのよねぇ…。私の将来に関わる事だから」

 天海さんはそう言って、また溜息を吐いた。将来に関わるって、一体どういう事なんだろう?

「将来に関わる事って言いますと?」

 そう岡が尋ねると、

「私はね、将来歌手になりたいの。だから今、男の子と付き合ったりしている暇なんか無いし、そういう過去というか、履歴を作りたくないのよ」

 う~~ん、何となく天海さんの言いたい事が分ったような気がする。芸能人につきものの、思い出のあの人みたいな、またはゴシップに繋がるような事はしたくないって事だろうか。しかし、天海さんは歌手になるのが夢なのか。こりゃ大きく出たもんだな。

「そういう事なら…、当面は城ヶ崎さんと一緒に行動してもらった方が良いかな」

 岡がイキナリそう言ったので、思わず「何で?」と言いそうになる。一体岡は、どういうつもりなんだろう?すると岡は、

「俺や楓が天海さんをガードすると、逆に変な噂が立つかもしれないからね。女の子同士、城ヶ崎さんと一緒にいた方が、何かと都合が良いかもしれないでしょ」

 と説明した。まぁ確かに、言われてみればそうかもしんないけど、天海さんのガード役を私に丸投げしているだけなんじゃないんか?私一人で天海さんに言い寄ってくる男子を防ぐ事が出来るんかなぁ?

「そう…。じゃぁ、お願いするわ。よろしくね、城ヶ崎さん」

 天海さんはそう言って、私にニッコリ微笑んでくれた。何か、この人の笑顔って癒やされるなぁ~。男子が惹かれるのも分る気がする。

 そしてこの日から、天海さんのボディーガード役としての、私の任務が始まった。何か責任重大だなぁ…。



 次の日の朝、天海さんが通学する最寄り駅で待ち合わせをして、一緒に登校する事から私の1日が始まった(交通費は必要経費として深山が出してくれた)。学校にいる間も、私は休み時間には3年C組へ行き、可能な限り天海さんと行動を共にする。トイレに行くのも、お昼ご飯を食べるのも、それこそ、授業以外は四六時中一緒に行動する事になったのだ。

 こうして1年生の私が3年生の天海さんと一緒に行動するのも、ちょっと不自然な事かもしんないけど、これも任務なんだから仕方が無い。最初はそこまでする必要があるんか?とも思ったけど、ちょっと隙を見せれば、すぐ天海さんに言い寄ろうとする男子が湧いて出てくるんだもん。油断も隙もあったもんじゃないな。

 しかし…、天海さんって、普段一緒に行動するような友達はおらんのかな?同級生とも、何だか素っ気ない接し方をしているし。ちょっと気になったんで天海さんに聞いてみると、

「私はね、無駄な人間関係を築きたくないのよ。後々面倒な事になりそうだし、友達を作って遊んでいるような暇があったら、夢を実現する為に努力したいの」

 と答えられた。何て言うか、天海さんって人間関係にドライな人なんかなぁ?そこまでして夢を実現したい?理屈としては分るんだけど、その気持ちは理解出来ないな。私だったら、人間関係を無駄だなんて思わないし。普通に友達と遊んだりするのも大切なんじゃないんかなぁ…?


 放課後、天海さんは声楽部の練習があるんだそうで、その間私は見学しながら待機する事に。声楽部の男女比率としては1:3って感じかな。まぁ、男子はこういうの興味無いだろうしね。男子が少ない場所で良かった。

 先生のピアノ伴奏に合わせて皆で合唱。部員それぞれの声が合わさって、見事なハーモニーを奏でている。何か、こういう歌を聴いていると心洗われる気分だ。合唱曲って、アイドルとかの歌とは違った良さがあるよな~。たぶん部員それぞれ、声の特性に合わせて、歌うパートを決めているんだろう。見事な調和がそこにはあった。

 耳を澄ますと、天海さんの歌声をハッキリと感じ取る事が出来る。しっとりとしていて、それでいて力強さも感じられる、不思議な魅力のある歌声をしているなぁ~。

 将来は歌手になりたいって言ってたけど、天海さんが目指しているのってどんな歌手なんだろう?今時のアイドルっぽい感じはイメージに合わないし、実力派?って言うのかな?何かそういう感じだろうか。よく分らんけど。


 そして声楽部の練習も終わり、私は天海さんを送っていく。帰りの電車の中でも、何かチラチラ天海さんの方を見ている男子がいる事に気が付いた。こんな生活が続いていたんじゃ、天海さんも気が休まる時が無いだろうなぁ。

「城ヶ崎さん、今日はありがとうね。お陰で無駄に男子が近寄ってくる事も無かったし、これからもよろしくお願いするわ」

 そう言って、天海さんはニッコリ微笑んでくれた。一応、私でもお役に立てたという事か。正直ホッとした。

「あ~、いえ、これも私の任務ですから。お役に立てたのなら何よりです」

 私がそう言うと、天海さんは

「それじゃ、また明日ね」

 そう言って背中を向け、スタスタと立ち去った。随分アッサリとした別れ方だな…。本当に、人間関係にドライな人なんじゃなかろうか。あんなに素敵な笑顔を見せてくれる人なのに。私はほんの少しだけど、不満に思った。



 次の日。予定通りに私は、天海さんと駅で待ち合わせて一緒に通学する。一体いつまでこんな生活が続くのやら。

「天海さん、おはようございます」

「城ヶ崎さん、おはよう。今日もよろしくね」

 天海さんはそう言って、ニッコリ微笑んでくれた。さて、今日も1日頑張りますかね。

 朝の通勤通学ラッシュは、電車が混んでいるから正直ツラい。天海さんに合わせて、普段利用しない路線を使っているのも結構しんどいな。それでも、何とか天海さんとはぐれないよう、電車内ではピッタリくっついておく。あ、何か天海さんから香水の良い匂いがする…。これってベビードールかな?キツイ匂いじゃなく、ほのかに香る程度につけているのが好感持てる。私と二つしか歳は違わないけど、やっぱ3年生は大人だな~。


 お昼休み。3年C組へ、お弁当持参で天海さんを訪ねる。天海さんのお昼ご飯はサンドイッチと野菜ジュースだけ。これだけだと、お腹空かないかなぁ?

「プロポーションを維持しなくちゃいけないから。朝はちゃんと食べているけど、お昼と夜は少なめにしているの。摂取カロリーには気を遣っているのよ」

 例の如く、優しい笑顔で天海さんは答える。歌唱力を磨くだけじゃなく、そういうところにも気を遣っているなんて、大変だろうなぁ。私は慌ててご飯をかき込む。

 天気も良いので、ご飯を食べたら二人で中庭に散歩に出た。お日様ポカポカ良い気分。天海さんも機嫌が良いらしく、軽く鼻歌を歌ったりしている。

「今日はすっごく良い天気ね。こうしてのんびりお散歩していると気分が良いわ~」

 天海さんはそう言って、軽く背伸びをした。

「本当ですね~。こういう時間がず~っと続けば良いんですけど」

 何の気なしに私がそう言うと、

「まぁ、それはそれで困るんだけどね。私はちゃんと夢を実現させたいから、そっちに時間を割きたいし」

 そう言ってクスリと笑った。こんな時でも天海さんは、夢を実現させる事を考えているんだな。本当に、真剣に将来の事を考えているんだろう。

「天海さんって、どうしてそんなに歌手になりたいんですか?」

 特に深い意味は無いけど、単純に興味があったので聞いてみた。

「う~ん…、あのね、八重樫さくらって歌手、知ってるかな?」

 確か昔、盲目の歌姫として有名だった人だよな?もう既に亡くなっている人だけど、私もテレビで視た事があるから、その名前は知っている。

「はい。テレビで視た事があるんで、知っています」

 そう答えると天海さんは、

「私ね、小さい頃に八重樫さくらに会った事があるの。あの人、目が見えないでしょ?でも、すっごく堂々と凜とした態度でね、カッコイイ人だな~って思ったわ。そして私の声を『歌手に向いている良い声だ』って言ってくれたの。それより前から、何となく歌手になりたいな~とは思っていたけど、あの人に会ってハッキリと『歌手になりたい!』って意識するようになったの」

 天海さんにそんな過去があったんか。しかし、あの八重樫さくらに認められたってのはスゴいな~。そんな事があれば、歌手になりたいって夢を持つのも頷ける。

「何かそれ、スゴいですね。あの八重樫さくらに、そんな事を言われたなんて」

 私がそう言うと、天海さんは

「この話は内緒にしておいてね。私のとっておきのエピソードだから」

 そう言って、イタズラっぽい笑顔を見せてくれた。何か、天海さんって大人な一面とは裏腹に、こういう一面も持っているんだな。スゴいエピソードにビックリするのと同時に、ちょっとカワイイ人だと思ってしまった。


 声楽部の練習も終わり放課後、私は天海さんと一緒に帰路につく。駅前商店街を歩いていたら、天海さんが

「ねぇ城ヶ崎さん、ちょっと寄り道していかない?」

 と言ってきた。何だろう?寄り道って。

「えぇ、私は大丈夫ですけど、どこにですか?」

 そう聞いたら、天海さんは

「あそこ。私一人だと入りづらいのよ」

 天海さんがそう言って指差したのは、駅前商店街で評判のたこ焼き屋、『たこ助』だった。このお店なら、私も川中さんに誘われて立ち寄った事がある。たこ焼き10個入りで500円。外はカリッと、中はトローリ。思い出しただけでよだれが出そうだ。

 しかし、何でまたこんな所に?そう思ったんだけど、確かに、評判が良い店だけに、ウチの学園の生徒もよく見掛けるし、天海さん一人では入りづらいんだろうなぁ~。

「でも天海さん、間食しても良いんですか?」

 食事のカロリーを気にしているという話だったから、それについて聞いてみると、

「うん、ちょっとだけね。二人で一人前を半分こしましょう。実は、ずっと前からこのお店、気になっていたのよ~」

 私がボディーガードをしている今しか、立ち寄る事が出来ないって事だろう。まぁ、そういう事ならお付き合いしましょうかね~。

 二人で仲良くたこ焼きを半分こ。お代は天海さんが払ってくれた。このお店は持ち帰りだけではなく、お店の中で食べるスペースも用意しているので、天海さんと向かい合って食べた。

「これ、美味しいわね~♪東郷学園に入った時から、ず~っとこのお店気になっていたのよ~。今日やっと入る事が出来て、本当に良かったわ~♪」

 天海さんは本当に嬉しそうに、たこ焼きを食べている。3年生になった今、初めてこのお店のたこ焼きを味わう事が出来て、本当に嬉しそうだ。こんな事でも喜んで貰えて、私も素直に嬉しい。

「喜んでもらえて良かったです。私でも一応、お役に立てたって事ですから」

 そう言いながらも店内を見渡すと、やはりウチの学園の男子が何人かいて、こちらを見ながら何やらヒソヒソ話しているのが分かった。あまり長居出来る雰囲気じゃないなぁ~。私達はたこ焼きを食べ終わると、そそくさと店を後にする。

「たこ焼き、美味しかったわね~。ああいうお店に入るのって、随分久しぶりな気がするわ。城ヶ崎さんがいなかったら、私一人じゃ入れないし」

 天海さんは満足げにそう言った。こんな些細な事でも、喜んで貰えて良かったな。

「こんな事で良ければ、いつでもお付き合いしますよ。男子の目が気になって気軽に入れないお店とかあれば、遠慮無く言って下さいね」

 そう言うと天海さんは

「うん。じゃぁ、またよろしくね。とりあえず、今日はこれで帰りましょう」

 そう言って、ニッコリ微笑んでくれた。



 次の日。休み時間に3年C組へ向かうと、天海さんが同じクラスの女子に囲まれていた。一体何なんだろう?ちょっと険悪な雰囲気に見えるけど…。

「だから、天海さんのその態度が気にくわないって言ってるの!何でそう上から目線でものを言うのよ?私達同級生だよね?」

 何か興奮気味に言ってるけど、一体何があったんだろう?

「私は別に、上から目線でものを言ってるつもりは無いんだけど?宍戸さんの勘違いじゃないの?」

 天海さんは冷静に、落ち着いた雰囲気で話している。何かトラブルがあったみたいだけど、何があったんだろう?

「あの~、天海さん、どうしたんですか?」

 1年生の私が口を挟むのもどうかと思うけど、このまま見ているだけって訳にもいかんだろう。

「あぁ、城ヶ崎さん。何でもないの。行きましょう」

 天海さんはそう言って立ち去ろうとするが、お相手に呼び止められる。

「ちょっと待ってよ!何でもない訳ないでしょ?この際だからハッキリ言っておくけど、天海さんのそういう態度が私達を怒らせているって言ってるの!クラスの皆と仲良くしないで、どうして下級生のその子とばかり一緒にいるの?私達に何か不満があるの?そういうの、ちゃんと話してくれなくちゃ分からないでしょ?」

 …何か、私と一緒に行動している事が問題になってる?これはちょっとマズいぞ。天海さんにだって、クラスでの立場ってもんがあるだろうし。でも天海さんは、

「別に良いじゃない。私が誰と仲良くしたって。その事で宍戸さん達に迷惑かける訳じゃないでしょ?」

 そう言って、全然気にしていないみたいだ。元々、人間関係にドライな人だったみたいだし、今更同じクラスの人と仲良くしようって考えは無いんかな?

 でもなぁ~、仲良くする気は無くとも、せめて揉め事を起こさないようにした方が良いんじゃなかろうか。そうしなきゃ、クラスでの居心地が悪いだろうし。

「もう、これ以上話す事は何も無いわ。城ヶ崎さん、行きましょう」

 そう言って、天海さんは私の手を引いて教室から出て行った。イヤイヤ、これマズいんじゃないの?このまま変に誤解されたままじゃ、天海さんの立場も悪くなるし、私まで巻き添え食らいそうなんですけど?


 天海さんに手を引かれたまま、私達は屋上に出た。屋上に人の姿は無く、私達二人だけしかいない。

「天海さん、あれで良かったんですか?一応、同じクラスの人とは、それなりに仲良くしていた方が良いと思うんですけど…」

 私はそう言ってみるが、天海さんは

「別に良いのよ、城ヶ崎さんはそんな事気にしなくっても。私、無駄な人間関係は築きたくないし」

 そう言って、そっぽを向いたままだ。う~~ん…、別に良いとか言われても、私も他人事じゃないからなぁ~。

「でも天海さん、同じクラスの人とは、ある程度仲良くしておいた方が良いんじゃないんですか?クラスでの居心地が悪くなるのも困ると思いますし…」

 そう言うと、天海さんは私と向き合って、

「私があの人達と仲良くして、何かメリットがあるのかしら?私の将来の為に何か役に立つの?あの人達は普通の人生を歩む人。私とは進む道が違うのよ」

 全く取り付く島もない。根本的に考え方が違うんだよなぁ…。

「人付き合いにメリットやデメリットなんて考え方はどうかと思います。一緒に居て楽しいとか、困った時には助け合うとか、何て言うんだろう…、損得勘定無しで付き合える友達って大事だと思いませんか?」

 そう聞くが、

「城ヶ崎さん…、貴方は私のボディーガード役でしょ?私が諜報部に依頼して雇った人ってだけなんだから、そんなお説教染みた話は聞きたくないわ」

 天海さんはそう言って、またそっぽを向いてしまった。これはちょっとマズい展開だなぁ…。天海さんの機嫌を損ねるのもマズいけど、このまま放っておいたら天海さんはクラスで孤立してしまうだろう。やっぱ同じクラスに仲の良い友達がいないってのはマズいんじゃないんか?


 その後も私は、可能な限り天海さんと一緒に過ごしたけど、どこかギクシャクとした、居心地の悪い時間を過ごさざるを得なかった。帰りの電車で天海さんと別れた後、私は岡に電話を入れて現在の状況を説明する。

「う~~~ん、なるほどねぇ…。確かに、城ヶ崎さんの言う通り、このまま天海さんが孤立していくのを見過ごす訳にはいかないねぇ」

 あまり期待してはいなかったんだけど、意外と岡は、私の意見を汲んでくれたようだった。

「天海さんの考え方を、根本的に変えてもらう必要があると思うんですよ。天海さんは3年生なんだし、このままクラスの人と楽しい思い出の一つも無いなんて、寂し過ぎるんじゃないかなぁ~と」

 将来に目標を持って努力するのは結構だと思うけど、人間関係を切り捨てるなんて私には考えられない。天海さんには東郷学園での楽しい思い出を、もっとたくさん作ってもらいたいってのが私の本音だ。すると岡は、

「城ヶ崎さんを天海さんに拘束されたままってのも、諜報部的に困るしね。そもそも論を言うと、天海さんに仲の良い友達がいれば、こんな事態にはならなかった訳だ。それじゃ、俺と楓で何か対策を考えておくよ」

 と言ってくれた。確かに、岡の言う通りなんだよなぁ~。天海さんに仲の良い女子の友達がたくさんいれば、私がボディーガードなんかする必要無いし、この状況を打開しなきゃ、私は天海さんが卒業する迄この役目を続けなきゃならん訳だ。

 しかし、どうやったら天海さんの考え方を変えられるんだろう?話した感じでは、そう一筋縄ではいかなさそうだけど。でも、何とかして天海さんに考え方を改めてもらわんと、私はこの任務から解放されない訳だしなぁ~。ここは一つ、岡と深山に知恵を絞ってもらうしかないだろう。



 次の日。私は予定通りに天海さんと待ち合わせをして、一緒に学校に向かう。やはり昨日の事があったからか、会話は少なく、ギクシャクとした関係のままだった。早いところ岡と深山に対策とってもらわんといかんなぁ~。


 授業中、携帯が何か着信したんでこっそり見てみたら、岡からメールが入っていた。休み時間には天海さんの所に行っているから連絡取りづらい訳だけど、授業中は授業中で困るんだよなぁ~。仕方が無いので先生に見付からないよう、こっそりと気を付けながらメールをチェックすると、休み時間に天海さんの教室へ行くタイミングを少しだけ遅らせてくれとの事。そしてもう一つ、意味の分からない指示が書かれてあった。一体何なんだろうコレは?岡と深山の行動は、いつも予想外の事ばかりだけど、今回の指示についても予想外だった。まず、意味が分からない。一体何を前提とした指示なんだろうか?この時点で私には、岡の指示を実行するシチュエーションが発生するとは思えんかった。


 何だか腑に落ちないまま休み時間に入る。岡の指示通りに少しだけタイミングを遅らせて天海さんの教室へ向かうと、昨日見た光景が再現されていた。

「だから~、どうして天海さんは私の話を真面目に聞いてくれないの?何度も同じ事を言わせないでよ!」

 昨日と同じく、同じクラスの人に詰め寄られているけど、天海さんは落ち着き払った態度で

「答えは分かっているんじゃないの?だったら、何度も同じ事を言っても無駄だって、いい加減に分かってくれてもいいんじゃないのかしら?」

 そう言って腕を組んでいる。何が原因なんかは知らんけど、今日もまた揉めているみたいだな…。

「そういう言い方無いんじゃないの?皆、天海さんの事を心配して言ってるんだよ?」

「そうよ。どうして分かってくれないの?自分から嫌われるような態度、とらなくてもいいじゃない」

「普通に仲良くすれば良いじゃない。どうして皆と距離を置くのよ?私達同級生でしょ?」

 う~~~ん、総スカンだな…。天海さん、本当にこんなんで良いと思っているのかなぁ?わざわざ同じクラスの人と揉め事を起こさなくても良いのに。ちゃんとした、普通の人間関係を築けないもんかねぇ?

 ところが天海さん、何を思ったんか知らんが

「もう、いい加減ウンザリだわ。貴方達の友情ごっこに私を巻き込まないでくれないかしら?あ、城ヶ崎さん。遅かったじゃないの。早く行きましょう」

 なんて言った。あぁ、私の存在に気付かれたか。仕方が無いので歩み寄ろうとすると、天海さんの同級生から道を塞がれる。

「悪いけど、貴方は引っ込んでてくれる?まだ私達の話が終わってないから」

 うぅ、何かすごい険悪な空気になっている…。すると天海さんは、

「だから、もう何も話す事は無いって言ってるでしょ?邪魔しないでもらえないかしら」

 と言った。そんな、トゲのある言い方しなくっても良いのに…。

「いい加減にしてよ!」

 とうとう最悪の事態になってしまった。天海さんの態度が相手を刺激したのか、我慢の限界に達したのか、天海さんは同級生の女子にぶたれてしまったのだ。

「何するのよッ!」

 怒りの表情を露わにし、反撃しようとして天海さんは手を上げた。今だ!

「あ、痛ッ!」

 私が間に割って入ったので、思いっ切り天海さんのビンタを食らってしまった。い、痛い…。

「あ…、城ヶ崎さん…、ゴメンなさい…」

 何で私がこんな目に遭わなきゃならんのよ…。でも、岡の指示通りに事は進んでいる。私は振り返らずに、3年C組を後にした。これで良いんか?


 その後私は、天海さんの所には行かず、平常通りに授業を受けて放課後を迎える。視聴覚室に行って岡に報告すると、全て作戦通りなんだそうな。

「俺達の調査では、3年C組の女子は天海さんに対して、かなりストレスを溜めていたみたいだからね。東郷学園の3年生として、良い思い出を少しでも多く残そうと思っている皆に対して、天海さんは人間関係を切り捨てようと考えている。そりゃ、考え方が違うんだから反発もあるよね。今回の作戦では、ワザとそのストレスを爆発させる方向に導いてみたんだよ」

 そう岡に言われた。どういう事だ?更に説明を求めると、

「皆のストレスが爆発して天海さんに向かう、衝突する、城ヶ崎さんがとばっちりを受ける、そういう流れを作った訳だ。これで天海さんが罪悪感を感じて、心を開いてくれればそれで良し。そうならなければ…、諜報部としてはこれ以上面倒を見ない。そういう事」

 なるほど、そういう作戦だったんか。最初、岡にメールで指示された時は、本当に訳が分からんかったけど、説明を受けて納得した。

 ただ…、問題は天海さんが心を開いてくれるかどうか?だよなぁ~。岡は『これ以上面倒を見ない』なんて言ってるけど…。微妙な賭けだけど、そうならないように祈るしかないか…。

 果たして、天海さんは視聴覚室までやって来た。何だか申し訳なさそうな顔をしているのが分かる。

「あの…、城ヶ崎さん、あの時はゴメンなさいね。私、どうかしていたわ…。また一緒に帰ってくれる?」

 少なくとも、私をぶった事に対して反省しているらしいのは伝わってきた。問題はクラスの人に対して、心を開いてくれるかどうかだけど…。まぁ、すぐ気持ちが切り替わるなんて事はないだろう。岡と深山に目配せすると、二人とも何やら頷いている。とりあえず、一緒に帰りますかねぇ。


 天海さんにぶたれた事について、私は別に怒ってなんかいないし、事前に岡からメールで指示された通りに動いただけだからショックも受けていない。それでも天海さんと二人で歩いていると、何かちょっと気まずい空気になってしまった。

 駅前商店街を抜けた頃、天海さんに

「城ヶ崎さん、今日予定が無いなら、ちょっと私に付き合ってくれる?」

 そう言われ、何だかよく分らないけど私はお供する事にした。まだ時間に余裕もあるし、天海さんの本心を少しでも探りたいと思ったからだ。

 目的地も分らないまま天海さんについて行くと、辿り着いたのは古びたプラネタリウム。天海さん、こういうのが好きなんかな?

 中に入ると客席はガラガラで、私達は一番見やすい席を陣取る事が出来た。上映時間に入りムードのあるBGMが流れ、星空の解説アナウンスが流れ始める…。

 しばらく無言で、二人で天井に投影されている星を眺めていたんだけど、天海さんが静かに語りかけて来た。

「私の両親、天体観測が好きだったんだとかで、学生時代は同じ天文部に所属していたんだって。そして付き合うようになって、結婚して、そして私が生まれて、『銀河』なんて名前を付けちゃったんだってさ」

 天海さんはそう言って、クスリと笑った。そんなエピソードがあったんか。なるほどねぇ~。そして、天海さんのご両親のエピソードは続く。

「長野県阿智村って知ってる?日本で一番星が輝いて見える場所なんだけど、新婚旅行でそこに行って、二人で天体観測をやったんだって。その時撮影した写真を見せてもらったんだけど、本当に、すっごく星がキレイに写っていたわ。東京の夜空とは全然違うの。空一面に色んな星が光輝いているのよ。そういう光景を『星月夜』って言うんだって。月明かりが無くても、色んな星の輝きが明るく照らしてくれる…」

 言葉が途切れたので天海さんの方に視線を向けると、天海さんは両手で顔を覆っていた。まさか、泣いている?

「私ね、どうしてこんな事を思い出したんだろう?って考えたの…。一緒なのよ。人も星も一緒…。大きさも明るさもバラバラだけど、皆光輝いているんだわ…。私は一人で勝手に、『光輝く星になりたい』なんて思っていたけど、誰だって光輝く、夜空を彩る様々な星の一つなんだ…、って。私と宍戸さん達に、違いなんか無い。皆一緒なんだって、そう思ったら、私何やってるんだろう?って思ってね…」

 これは…、天海さんが考え方を改め始めている…よね?きっとそうだ!

「城ヶ崎さん、ゴメンね…。貴方の言う通りだった…。私、無駄な人間関係なんて…って思っていたけど、そんな事無かった…。無駄なんかじゃなかった…」

 天海さんの声が震えている。暗がりの中でも、泣き顔になっているのが私には分かった。

「天海さん…、分かってくれたんですね…?」

 私がそう聞くと天海さんは無言で頷き、そして、イキナリ抱きつかれてしまった。声を出すのを我慢しているんだろう。耳元で天海さんの嗚咽が聞こえる…。電車で密着していた時と同じように、ベビードールの香りがほのかに私の鼻腔をくすぐって来た…。



 情報屋のむ~さんから仕入れた情報によると、天海さんは同じクラスの人達とすっかり打ち解けて、今では仲良く学園生活を送っているらしい。あの日以来、私がお供をする事も無く、同じ学年の人達と上手く付き合っているみたいだ。

 言い寄ってくる男子に対しては、相変わらずお断りしているそうだけど、女子の友達が増えているのは良い傾向だろう。卒業までの間に、良い思い出をたくさん作って欲しいもんだな。


 放課後の視聴覚室、私は岡と深山に問い掛ける。

「あの時、天海さんが心を開かなかった場合、本当に面倒を見ずに見捨てるつもりだったんですか?」

 そう聞くと岡は、

「そうなった場合は、ね。まぁ天海さんの性格から、可能性は低いだろうと思っていたけど。俺の分析では、天海さんは自己矛盾を抱えていたんだと思うよ。本心では仲良く出来る同性の友達が欲しかったんだろうけど、夢を実現したいという願望からそれを否定していたんだと思う。自分は将来こうなりたいっていう思いが強かった分、普通の人が当たり前のようにやっている事、他者とのコミュニケーションなんかを軽視せざるを得なかったんだろうね」

 続けて深山も、

「よくある話だよ。あちらを立てればこちらが立たずってね。相反する物事を完璧に両立出来る人なんて希有な存在だろうから。本当は天海さんも、とっくに答えは出していたんだと思うよ。ただ、それを認めると、夢を実現する上で障害になりかねないというジレンマがあったんだろうね」

 う~~~ん、そういうもんなんか。てゆーか、岡と深山はそこまで分析出来ていたんか。私が天海さんと行動を共にしている間に、この二人は色々と調べていたんだろう。毎度の事ながら、情報共有はしっかりやってもらいたいもんだけど。

「まぁ、今回は上手く事が運んだから良かったですけどね。天海さんもこれから卒業するまでは、クラスで居心地が悪い思いをしなくて済むでしょうし」

 しかし、卒業かぁ…。いずれ私にもその時が来るんだよな~。岡と深山は充実した学園生活を送っているんだろうか?私より一年先輩なんだから、その分早く卒業を迎える訳だけど。

「ん?城ヶ崎さん、どうかしたの?」

 相も変わらず、お気楽そうな岡のマヌケ面を見ると、そんな余計な心配は不要だと再認識する。

「いえ、何でも無いです。天海さんが考え方を改めてくれて良かったなぁ~と」

 私もこれから2年生になり、そして3年生になる日を迎える。今同じクラスの人達とも、これから同じクラスになるかもしれない人達とも、良い思い出をたくさん作れたら良いんだけど。

 天海さんが言っていた『星月夜』ってのを思い出した。大きさも明るさもバラバラなんだけど、それぞれが夜空を彩る輝く星の一つ…か。私は一等星になりたいとは思わない。輝く銀河に埋もれたって良い。皆と一緒に、仲良く出来ればそれで良いかな~。

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