第7話『東郷学園の文化祭』

 今日は東郷学園の文化祭。学園中が出店やイベントなどで大賑わいだ。私のクラスも模擬店としてメイド喫茶をやっていて、恥ずかしながら、私もメイド服を着て接客をしていたりする。私の希望としては、普通の、ちょっと落ち着いた雰囲気のカフェをやりたかったんだけど、多数決で負けてしまったのでしょうがない。でも、正直悔しい。

「お帰りなさいませ、ご主人様~♪」

 とか言ってるけど、メチャクチャ恥ずかしいなぁ~。私はキッチン担当を希望したんだけど、何でこんな事になったのやら…。

「城ヶ崎さん、スマイルスマイル~♪」

 川中さんは結構ノリノリでやっているみたいだけど、どうも私の性格には接客なんて合わないらしい。ちゃんと意識しないと笑顔が引きつってしまう。第一、こんな格好恥ずかしいし。フリフリのフリルとリボンで飾られたメイド服。私、こういうの好きじゃないんだよなぁ~。

 でも、そんな私の複雑な心境とは無関係に、お店の方は結構繁盛しているのが皮肉な感じ。次から次へと新しいお客さんが入って来るし、教室の前には入店待ちの行列まで出来ている。私も他のクラスの出店とか見て回りたいんだけど、この状況だと無理っぽいな。一応、交代で休憩に入るよう事前に話し合っていたんだけど、この調子だと何時になるやら…。

 教室の隅に作られた即席キッチンを見ると、危なっかしい手つきでオーダーを回しているのが分かる。私だったら料理は得意だし、もうちょっと要領良くこなす自信があるんだけどなぁ~。まぁ、今更愚痴ってもしょうがないか。

「城ヶ崎さ~ん、来ちゃった~。そのメイド服、カワイイわね~♪」

 あらら、情報屋のむ~さんまで、お客さんとして来ちゃったか。まぁ、む~さんには何かとお世話になっているんだし、キチンと接客しなければ。

「お帰りなさいませ、お嬢様~♪」

 男子はご主人様、女子はお嬢様。これが当店のルールとなっている。さて、早く空いてる席に案内しないと。

「こちらのお席へどうぞ~♪」

 席に着くやいなや、む~さんはメニューを凝視している。む~さんの事だから、きっと甘いモノをオーダーするんだろうな。

「ねぇねぇ、このふっくらお絵描きパンケーキってどんなの~?」

 む~さん、やはりそこに食いついたか。

「こちらは愛情た~っぷり込めてふっくらと焼き上げたパンケーキに、ホイップクリームとチョコレートソースでお絵描きしたものになっていま~す♪」

「じゃあ~、そのパンケーキと~、高貴な香りのロイヤルミルクティーね~」

「かしこまりました、お嬢様~♪」

 ふぅ…、疲れる…。別に、イヤイヤやらされているって訳じゃないんだけど、どうも接客業務は精神的に疲れるなぁ~。やっぱ私には向いてないわ。

「城ヶ崎さん、来ちゃいました!」

 あ、今度は金山さんと神崎さんだ。相変わらず金山さんは元気が良い。どうやら二人は、その後順調にお付き合いしているみたいだな。

「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様~♪」

 しかし、神崎さんにメイド喫茶は似合わないな~。(笑)きっと金山さんに誘われて、断り切れずに着いて来たんだろう。

「あ~、その、何だ。結構繁盛しているみたいじゃないか」

 神崎さんは照れ臭そうに、視線を逸らしながら褒めてくれた。この人のこういう所も相変わらずだな~。

「城ヶ崎さん、そのメイド服カワイイです!憧れのメイドさんですね!」

 イヤ、憧れでは無いんですけどね…。私は落ち着いた雰囲気のカフェをやりたかった訳ですし。クラスの男子はともかく、女子も結構な人数、メイド喫茶を希望したのは意外な結果だった。

「やぁ城ヶ崎さんッ!お邪魔するよッ!」

 うわっ!?何かと思えば、今度は生澤さんか。この人も相変わらず、勢いだけは人一倍あるな。

「メイド喫茶を通じて正義の魂を芽吹かせようとは、中々やるじゃないか!流石は私が見込んだだけの事はあるなッ!」

 スミマセン、言ってる意味が分らないんですけど…。とりあえず、大人しく席に着いて下さい。

「やっほ~、城ヶ崎さ~ん」

 やけに脳天気な挨拶だと思ったら、今度は岡と深山のお出ましだ。コイツらだけは絶対来て欲しくなかったから、メイド喫茶をやるって話はしていなかったんですけど。てゆーか来るなよ。

「そのメイド服、イケてるじゃん。似合ってるよ」

 深山はいかにも軽薄そうなお世辞を言っている。こっちの身にもなってよね、まったく。

「お帰りなさいませ、ご主人様~♪」

 相手が誰であれ、これも仕事だ、しょうがない。こっちはこっちでメイドに成り切ってやろうじゃんか。

「こちらのお席へどうぞ~♪」

 精一杯の作り笑顔で、岡と深山を空席に案内してやった。普段使っている机と椅子なんだけど、お店らしくする為にテーブルクロスとクッションを使っている。

「こちらメニューとなっておりま~す♪オススメは萌え萌えフルーツジュースと、愛情た~っぷりオムライスで~す♪」

 何か、コイツら相手にこんな事やるのも馬鹿馬鹿しいな…。適当にあしらってやりたい所だけど、そういう訳にもいかんだろうしなぁ~。まぁ、今はメイドという立場を甘んじて受け入れるしかないか。

「じゃぁ、その萌え萌えフルーツジュースと愛情た~っぷりオムライスを二つね」

 そう岡は注文してきた。面倒臭いヤツだな~。こっちはオムライスにケチャップで絵を描かなきゃならんってのに。まぁ、マニュアル通りに私がオススメしたんだけど。

 そうこうしている間にも、新しいお客さんがどんどん入って来ている。岡と深山にばかり構っとれんわ。あ~、せからしい!



 終わりの見えない接客に嫌気が差して来た頃、私はようやく休憩に。さぁ~て、今度はお客さんとして他のクラスの出店とか見に行くぞ~♪…と思っていたら、岡と深山に呼び止められる。

「城ヶ崎さん、これから休憩に入るんでしょ?ちょっと視聴覚室まで付き合ってよ。諜報部の出し物を手伝ってもらいたいからさ」

 なんて言われた。はぁ?諜報部が何の出し物をやるってーの?文化祭の予定とか、全然聞いてないし。

「イヤ、急にそんな事を言われても困るんですけど。第一、諜報部が文化祭で何をやるっていうんですか?」

 そう言うと岡に

「まぁ、細かい事は移動してから話すよ。じゃぁ行こうか」

 そう言って、半ば強引に拉致されてしまった。イヤ、私メイド服のままなんですけど?せめて制服に着替えさせてよ!


 視聴覚室に辿り着くと、何やら出店っぽい準備だけはしてあった。一体コレ、何をやるつもりなんだろう?複合機まで引っ張り出しているけど。

「あの~、諜報部の出し物って何なんですか?」

 そう私が尋ねると、岡が

「俺達はココで女子生徒の生写真即売会をやるから。ホラ、これがサンプルだよ」

 そう言って、分厚いクリアファイルの束を渡される。中を見ると、色んな女子の様々な写真が満載されていた。この二人、コレを売るつもりなんか?しかし、よくこれだけ集めたもんだなぁ~。って、どの写真を見ても、隠し撮りしたとしか思えないんですけど?

「でもコレって、いわゆる盗撮写真なんじゃないんですか?こんなもんでお金を取るんですか?」

 そう聞くと深山から、

「まぁまぁ、細かい事は気にしないで。純情な男子生徒が密かに思いを寄せる憧れのあの人の、せめて写真だけでも手に入れたい、という願望を俺達が叶えてあげるんだ。これはとてもハートフルでピースフルな出し物なんだよ」

 なんて軽薄そうな答えが返ってきた。…すみません、言ってる意味が理解出来ないんですけど。こんなもんが商売として成立するんか?この二人の考えは、相変わらず理解に苦しむ…。

 ところが、蓋を開けてみれば意外な事に、お目当ての女子の写真を求める男子が殺到してしまった。値段も1枚百円という安さからか、結構な繁盛具合になってしまった。

「コレ、この写真下さい!」

「僕はこの写真をお願いします!」

「2年C組の相沢さんの写真ありますか?」

「俺はこれとこれと、こっちのもお願い!」

「3年A組の関谷さんの写真無い?」

「データの販売はしてないの?」

 男子って、どんだけ貪欲なんだか…。そんなに好きな女子の写真が欲しいもんかねぇ?私には理解出来ない世界だ。

 岡と深山は去年も同じ事をやっていたんだろうか?結構手際良く動いていて、注文された写真を次から次へと複合機からプリントアウトし続けている。さすがに印刷用紙は自分達で用意したみたいだけど、学園の備品をこんな事に使って良いんか?

「ハイ、こちらのお写真ですね~。お待たせしました~」

 私は接客兼会計担当として、メイド服のまま愛想笑いを続けている。いかんなぁ~。作り笑顔をし続けて、顔の筋肉が引きつりそうだ。メイド喫茶とどっちがキツイか、よく分からんくなってしまった。

 そんな事を考えている間も、常に新しいお客さんの注文と、岡と深山がプリントアウトした写真が入り乱れ、一時も気の休まる暇が無い。何か、学園祭ってもっと気楽に楽しめるもんかと思っとったんだけどなぁ~。出来る事なら、私もお客さんとして普通に楽しみたいわ…。



 商売が一区切り着いた頃、岡が突然こんな事を言い出した。

「楓、そろそろ城ヶ崎さんを講堂に連れて行ってあげて」

 講堂?また突然、何の事を言っているんだろう?

「講堂で何かあるんですか?」

 そう私が尋ねると、

「ウチの学園、毎年講堂で『文化祭の女王コンテスト』をやってるから。城ヶ崎さんは諜報部代表としてエントリーしてあるから、早く行って来てよ」

 なんて岡に言われた。はぁ?何でこうコイツらは、いつも勝手に話を進めるんかねぇ?

「イヤ、突然そんな事言われても困るんですけど。文化祭の女王なんて、私がエントリーしても無駄なんじゃないんですか?」

 そう言って抵抗するも、

「大丈夫だよ。城ヶ崎さんなら十分優勝狙えるって。諜報部の貴重な女子部員なんだから、俺達が何としてでも女王にしてみせるよ」

 なんて深山に言われてしまった。その自信の根拠は一体どこにあるんだろう?てゆーか、「女王にしてみせる」って、一体どういう意味なんだろう?また裏で何かやるつもりなんか?

 そうまごついている間に、私は深山に連れられて講堂に。本当に毎度の事ながら、トコトン振り回されているなぁ~。

「文化祭の女王コンテストの参加者さんですね。早く、こっちへどうぞ」

 今度は生徒会の人に急かされる。イヤ、私はまだ参加する決意も出来ていないんですけど。てゆーか、いい加減メイド服から着替えたい。

 仕方が無いのでそのままステージに上がると、観客からワァッと歓声があがった。他の参加者も私服だったり何かのコスプレだったりしているけど、やはりメイド服は目立つようだ。皆から注目されて恥ずかし過ぎるんですけど。今気付いたけど、有栖川さんや倉田さんまで参加しているし。一体コレ、どうなっちゃうんだろう?

 気持ちの整理も付かないまま、自己アピールをするようにとマイクを渡されて慌ててしまう。こういう時、何を言えば良いんだ?

「あ、え~っと…、1年B組の城ヶ崎です。部活は…諜報部で…、趣味と特技は料理を作る事です。ヨロシクお願いします」

 本当に私がこんな所に居て良いんか?何か、すっごく場違いな気がするんですけど。観客席の方からは、深山が口笛鳴らしたり声援送ったりしている。止めろ馬鹿。

「エヘヘ~、城ヶ崎さんもエントリーしてたんだネ。一緒に頑張ろう♪」

 まごついていたら、倉田さんに話しかけられた。一緒に頑張るって、そういうもんじゃないでしょうに…。

「私は参加するつもり無かったんだけどねぇ…。何か諜報部の方で勝手にエントリーしていたみたいで…」

 そしたら今度は、有栖川さんに話しかけられる。

「何だかよく分りませんが、同じクラスの人達に推薦されてしまいましたの。これって、受賞したら栄誉あるモノなのでしょうか?」

 イヤ、そんな事私に聞かれても知らんし。精々、表彰状が出る程度なんじゃないの?と思ったら、進行役の生徒会の人が

「毎年恒例の文化祭の女王コンテスト、今年も豪華賞品を用意しております!今年の優勝賞品はこちら、豪華ハワイ旅行をプレゼント~ッ!」

 はぁ?高校の文化祭で、しかもミスコンの賞品にハワイ旅行!?何考えてんの?つーか、スポンサーは誰なのよ?一体どこからそんな予算が出たんだ?そんな私の疑問にはお構い無しに、進行役の人は話を進める。

「さぁ!それでは、自己アピールも全員終わりましたので、ここで参加者の皆さんには毎年恒例のスポーツチャンバラで対決してもらおうと思います!ルールは至って簡単。相手の体に攻撃をヒットさせるだけ!会場の皆さん、応援ヨロシクぅ!!」

 何でミスコンでスポーツチャンバラなんだろう?本当にこの学園、訳分らんわ…。でもまぁ、そういう事なら私にも多少勝ち目はあるんかな?普通にミスコンやるよりはマシな気がしなくもない。問題は対戦相手だよな~。この中にスポーツチャンバラで手強い相手がいるのかどうかも分らんし。まさか、剣道部の人とかおらんだろうな?

 話によると、勝負に際してセコンドをつけられるんだとか。この展開はもしかして…と思ったら、生写真のお店はもう閉めたのか、岡が私のセコンドを買って出た。

「今年の参加者で要注意なのは、3年B組の早乙女さんだね。彼女は剣道部の人だから、剣さばきの実力はこの中で一番だと思うよ。トーナメント表に従って勝ち進んだら、準決勝で城ヶ崎さんと当たりそうだね」

 そう言われたんだけど、岡は私が勝ち進まなければならないという大前提を無視している…。そりゃ、勝ち進めば対戦する事になるんでしょうけど、正直言って、そこまで行く自信無いなぁ~。

「あの~、私はスポーツチャンバラってやった事無いんですけど?まぁ、テレビで視た事はあるんで、どういうもんかぐらいは分りますけどね。初戦敗退という可能性もありますが…」

 そう言ってみたが、岡は無意味にポジティブで、

「大丈夫だよ。ちゃんと攻略法も考えているから。城ヶ崎さんは割と器用な人だから、俺が考えた作戦通りに動けると思うよ」

 なんて言っている。器用とか、そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ~。まぁ、今更後には退けないし、やれるだけやってみましょうかねぇ…。



 最初の対戦相手は2年生の人。この人、運動神経はどうなんだろう?当たって砕けろの精神で行くしかないか。

 私は岡の作戦に従い、得物は槍を選ぶ。しかし、メイド服着て槍を構えるなんて、冷静に考えると一体何なんだ?コレは。さて、作戦通りにいくかどうか…。

「それでは両者構えて~、ファイッ!」

 進行役の人のかけ声で試合開始。私は開始早々、相手の足元を狙い打ちする。

「一本ッ!勝者、城ヶ崎朋子~ッ!」

 あっけない程に上手くいった。まさか、こんな簡単に勝負が着くとは。岡の考えた作戦はこうだ。このトーナメントのルール上、得物は自由に選べるようになっているので、リーチとスピードに優れた槍を選び、開始早々相手の足元を狙って一振りすれば、それだけで決着が付くとの事だ。コツとしては、腕を大きく振り回さずに手首のスナップを利かせて槍を振るだけ。私が左利きなのも有利な点らしく、余程運動神経が優れていなければ、この一振りは躱せないだろうというのが岡の読みだった。

 開始のかけ声と同時に足元をスパーン!と。私はこの動作だけでトーナメントを勝ち進む。まさか、岡の作戦がこんなにも上手くいくとは思わなかったな~。

 でも、同じ動きを繰り返していると、対戦相手に警戒されるだろう。そこん所も岡はちゃんと考えていた。今度の対戦相手は私の足薙ぎを警戒しているのか、明らかに剣を低く構えている。当然最初の一撃をガードされるけど、私は動きを止めず、円を描くように頭に一撃を加える。スポーツチャンバラの武器は、どれも柔らかいゴム素材を使っているから、ガードされてもお構いなしに次の攻撃に移る事が出来る。これも岡の読みが正解だった訳だ。

 そしていよいよ準決勝。岡の予想通りに、対戦相手は剣道部の早乙女さんだ。この人を相手に岡の作戦は通用するんだろうか?あまり気が進まないけど、奥の手を出さなければならんかもしらん。

 不安を抱えつつも試合は始まった。私はこれまでと同様に足元を狙うが、早乙女さんは間合いを取って躱してしまう。距離を取られると連続攻撃も決まらない。やはり剣道部の人だけあって、これまでの対戦相手とは気迫が違い、迂闊に踏み込む訳にはいかないなぁ。お互いに牽制しながら距離を縮めようとするけど、あと一歩という所で躱されてしまう。ここは思い切って攻めるべきだろうか?一応、奥の手もある訳だし。

 そんな事を考えていたら、早乙女さんが一気に踏み込んで来た。

「危なッ!?」

 今度は逆に、私が後ずさりして間合いを取る。危うく一本取られる所だった。短い間ではあったけど、空手部に体験入部したのが、上手く間合いを取るのに役に立ったのかもしらんな。でも、うかうかしていたら先に一本取られかねん。ここは思い切って、こちらから攻めてみよう。

「あ、早乙女さん、スカートが…」

「えっ!?何!?」

 早乙女さんがビックリした顔で一瞬下を向いた隙に、頭に一撃を食らわせる。言うまでもないが、これが岡に託された奥の手である。

「一本ッ!勝者、城ヶ崎朋子~ッ!」

 もちろん、早乙女さんのスカートには何も無い。単なるブラフだ。

「ヤダ~、城ヶ崎さんズルい~~~~!!」

 早乙女さんは顔を赤くして怒っている。まぁ、騙し討ちされたんじゃ納得いかんだろうけど、私は岡に言われた通りにやっただけだしな~。

「スミマセンね~、文句はウチの部長の岡にお願いします~」

 そう言って、ペコリと頭を下げる。申し訳無いけど、岡が考えた作戦なんだし、責任は岡に取ってもらいましょう。


 いよいよ迎えた決勝戦。対戦相手は…有栖川さんだ。この人が決勝まで勝ち進むとは思わんかったなぁ~。だが意外な事に、結構な剣さばきを見せてくれていて、ひょっとしたら剣道部の早乙女さんより実力は上なんじゃないんか?と思わせる程だった。ちなみに、倉田さんは初戦で敗退している。

「いよいよ決勝戦ですね。お互いベストを尽くしましょう」

 有栖川さんはそう言って、ニッコリと微笑んだ。人を見た目で判断しちゃいけないという見本みたいな人だな。

「有栖川さんって、ひょっとして剣道の経験あるの?」

 そう聞くと、

「えぇ、お父様が剣道の有段者ですので。私も自宅の道場で、お父様から指導を受けています」

 と答えた。自宅に道場があるんか…。さすがは超大金持ちだな…。

 でもここまで来たら、私もアッサリ負けるつもりは無い。諜報部代表というのはちょっとイヤだけど、せっかくだから優勝狙いたいって気持ちになってきた。問題は有栖川さんをどう攻略するか?だな~。これまでの試合を見た感じ、特にこれといった弱点や隙が見当たらない。癪に障るけど岡に相談したら、

「ここまでの試合を見た感じでは、有栖川さんに弱点は無さそうだね。でも付け入る隙が無い訳じゃないよ。作戦としては…」



「さぁ、いよいよ決勝戦が始まろうとしています!片や良家の才媛、有栖川ありす!それに対するは戦うメイド、城ヶ崎朋子~ッ!勝利の女神は一体どちらに微笑むのか?会場の皆さんも全力で応援して下さいッ!!」

 何か進行役の人、えらくテンションが高いな…。しかも、戦うメイドって紹介は…。まぁ、何はともあれ、私は全力で挑むだけだ。有栖川さんはかなり手強そうだけど、全く勝ち目が無い訳じゃないし。

 そして、とうとう試合は始まった。これまで通り、先ずは足元を狙って槍を振ってみるけど、有栖川さんはわずかに後ずさりして間合いを取った。やはり、すんなり勝たせてはくれないか。そうかと思えば、突然踏み込んで来て攻撃してくる。防御に関しては、槍の柄の部分が役に立ってくれた。攻撃に使う刃先の部分は柔らかいゴム素材だけど、柄の部分は結構しっかりとした作りになっているから、有栖川さんの剣撃をしっかりガードする事が出来たのだ。ただ、このまま押されていたんじゃ勝ち目は無いな。こちらからも攻めないと。

 実際のスポーツチャンバラとは違って、このトーナメントでは突きは禁止されているから、どうしても槍を振り回して攻撃するしかない。でも、有栖川さんは意外と反射神経が良いらしく、ことごとく間合いを取られ躱されてしまう。剣道部の早乙女さんよりも手強いとは、全くの想定外だったな…。

 でも、私には岡と深山がついている。頼って良いかどうかはともかく、あの二人がきっとフォローしてくれるだろう。そんな期待を込めて岡の方を見ると、オッケーサインを出しているのが見えた。ここで勝負を賭けるしかない!

「あ、藤枝さんが…」

 私がそう言うと、有栖川さんはハッとしたような表情で私の視線の先を追った。今だ!

「一本ッ!勝者、城ヶ崎朋子~ッ!」

 私の足薙ぎが見事に決まった。岡が言う、心理的な駆け引きとやらが上手くいった訳だ。正直、ホッとした。

「え?アラ、一本取られてしまいましたの?」

 有栖川さんはというと、キョトンとした顔をして驚いているようだった。ちなみに私が視線を向けた先、観客席の方では、深山が藤枝さんを羽交い締めにしていた。これが岡の考えた、有栖川さんの注意を逸らす作戦である。

「優勝は諜報部代表、1年B組の城ヶ崎朋子~~~~~ッ!!」

 進行役の人に高々と手を上げられて、観客からは拍手と歓声の雨あられ状態。恥ずかしいから止めてくれ。

「優勝おめでとうございます!この喜びを、どなたに伝えたいですか?」

 そう言ってマイクを向けられるが、こういう時どう答えれば良いんだ?

「あ、え~っと…、とりあえず、両親に報告しようかと思います」


 文化祭も終わりを迎え、私達は視聴覚室の後片付けをやっている。諜報部の事より、私のクラスの方も片付けやらにゃいかんのになぁ~。

「イヤ~、城ヶ崎さんの槍さばき、見事なものだったね~。スポチャン初心者とは思えない動きだったよ」

 岡がお気楽そうな顔をして、そう言った。続けて深山も

「でも、優勝賞品辞退しちゃって、勿体なかったんじゃないの?せっかくだからハワイ行ってくれば良かったのに」

 なんて言っている。冗談じゃ無い。詳しく話を聞いたら、ハワイ旅行なんて言っても現地集合現地解散だっていうんだもん。馬鹿にしてんのかと思ったわ。

「あんなもんは要らんですよ。有栖川さんじゃあるまいし、ハワイに現地集合現地解散とか無理無理」

 そう言って首を横に振る。一応、理事長から表彰状を貰ったんだけど、これ家に持って帰って親に見せるの?そんな事を考えながら表彰状を眺めていたら、

「それはやっぱ、ここに飾るべきなんじゃないの?ここが俺達の部室なんだし」

 なんて岡に言われた。あぁ、そうですね。アンタ達にとっては、視聴覚室が部室ですもんね。そう思ったら、思わず苦笑いしてしまった。

「まぁ、色々ありましたけど楽しかったですよ。中学の文化祭とは全然違いましたし。ただ、事前に説明も無しに振り回すのは止めて下さいね」

 メイド喫茶で接客やったり、諜報部の出し物で生写真販売手伝わされたり、挙げ句の果てにはミスコンにエントリーされたり、本当に今日一日だけで色々あったな~。考えてみれば、全てが私にとって初めての体験だったんだよなぁ~。

「まぁ、城ヶ崎さんはウチの大事な女子部員だし、そんなにぞんざいな扱いはしないから。これからもヨロシクね、女王様♪」

 あ、今、岡も深山も笑って言ったな?何が「女王様♪」だよ。ちゃんと「文化祭の」って頭に付けろよな~。女王様って呼ぶなら、それなりの好待遇で扱えってーの。

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