第6話『拡散性恋愛症候群』

「私の恋愛相手を探して下さいませんか」

 その日、私達諜報部に新しい依頼が入った…んだけど、依頼内容について、イマイチ要領が掴めない。

「その恋愛相手っていうのは、誰の事なのかな?」

 そう質問する岡に、その人は、

「だから、その相手を探して欲しいのです」

 と答えた。ん?どういう意味だろう?

「えっと…、君が探して欲しいっていう人の手がかりは何か無いのかな?」

 今度は深山が質問するけど、

「どこのどんな人なのかは私にはまだ分りません。だから、その人を貴方達諜報部に探して頂きたいのです」

 そう答えた。ん?言ってる意味が分らない。この人は一体、何を言っているんだろう?すると岡が、

「それは…、好きな人がどこの誰か分らないからっていう意味じゃなく、俺達諜報部が探してきた人を、これから好きになるって解釈で良いのかな?」

 そう質問すると、その人は頷き、

「はい。もちろん、どこの馬の骨ともしれない、どうでも良いような人ではダメです。私が恋愛するのに相応しい人を探して頂く事が大前提になります」

 と、何故か誇らしげに答えた。一体何なんだろう?この人は。依頼の意味がよく分らないんですけど。私達諜報部が探してきた相手をこれから好きになる?そんな依頼ってアリなの?

 依頼者は1年C組の有栖川ありすさん。艶やかな黒いサラサラのロングヘアー、身に着けているのは私と同じ東郷学園の制服で、アクセサリーの類いもつけてないしメイクもしていないように見えるんだけど、言葉遣いや立ち居振る舞いから、どことなく上品な印象を与えている。岡に聞いた話によると、有栖川財閥のお嬢様なんだとかで、家はスゴい大金持ちらしい。ただ、言ってる事が意味不明なんですけど?こんな訳の分らない依頼を引き受けちゃって大丈夫なんかな…?

 詳しい話を聞くと、有栖川さんは恋愛相手を探しているそうなんだけど、適当な相手が身近にいないんだとか。んで、自分で探すのも面倒なので、諜報部に恋愛相手の候補者探しを依頼したいのだとか。

「そういう訳ですから、私が勝負をするのに相応しい人をお願いしますね」

 そう言って、有栖川さんは不敵な笑みを浮かべたけど、『勝負』って一体何の事だろう?

「私にとって、恋愛は勝負ですから。如何にして相手の気持ちを自分に向けさせるか、その駆け引きを楽しませて頂きたいのです」

 …これが有栖川さんの恋愛観なのか。ちょっと普通の人とは違う、個性的な人なんだろう…。


 有栖川さんが去った後、視聴覚室に何とも言えない微妙な空気が訪れた。

「何か変わった依頼ですけど、こんな依頼、引き受けちゃって大丈夫なんですか?」

 不安に思い岡に尋ねると、

「まぁ、確かに普通の依頼じゃないね。でも何だか面白そうじゃないか」

 なんて、いつも通りのお気楽な答えが返ってきた。続けて深山も、

「有栖川さんの期待に応えられる男子を見付けるのは、骨が折れるかもしれないね。でも面白い依頼なのは確かだよ」

 なんて言っている。二人とも、面白ければ良いって訳じゃないでしょうに…。

「とりあえず、俺のデータベースから適当なのをピックアップして、有栖川さんに提案してみよう。それでも駄目なら、誰か新しい人を探さなきゃな」

 岡はそう言ってノートパソコンを開き、カタカタとキーを打ち始める。岡が持っているデータベースに、有栖川さんのお眼鏡に適う人物は存在するんだろうか…?

 岡は手慣れた感じでPowerPointを操り、有栖川さんに提案する為の資料を作成し始めた。まぁ、そういう事なら、私は成り行きを見守るしかないわな。

 しばらく岡はノートパソコンと格闘していたんだけど、不意にこんな質問をされた。

「城ヶ崎さん、依頼者にプレゼンする時のセオリーって知ってるかな?」

 唐突にそんな事を聞かれても、返答に困ってしまうなぁ~。

「う~ん…、相手の要求を満たす様な情報を、分かりやすく伝えるって事ですかね?」

 そう答えると、岡は

「うん、それも大事。でも、それプラスαがあるとベターだね。今回は『松竹梅』で行こうかと思っている」

 岡はそう言いながらも、ノートパソコンをいじる手を休めない。

「『松竹梅』で行くって、具体的にどういう事ですかね?」

 私がそう質問すると、

「よくあるでしょ?松コース、竹コース、梅コースって感じにランク付けして、松が一番グレードが高くて値段も高いっての。そういう感じで三人の男子生徒を提案してみようかと思っている。有栖川さんの理想は高そうだけど、三つのグレードで提案すれば、多少の事は妥協して、誰かを選んでくれるかもしれないし、誰も選んでくれなかったとしても、有栖川さんの好みの傾向を分析出来るかもしれないからね」

 なるほど、そういう事か。相変わらずこの男、抜け目が無いな…。

 そうして岡は、有栖川さんへのプレゼン資料を作成し終えた。果たして岡の目論見通りに事は進むんだろうか?



 次の日。放課後の視聴覚室、有栖川さんへ岡のプレゼンが始まった。事前に見せてもらったけど、昨日岡が作った資料は本当に良く出来ていて、どこぞの芸能事務所がタレントの売り出しに使う、宣材なんじゃないんかと思う程の出来映えだった。

 有栖川さんは、岡が作ったプレゼン資料を一通り精査し、何か考えている…。そして、静かに口を開き、

「そうですね…、それじゃぁ、この人にしようかしら」

 岡が提案した中から有栖川さんが選んだのは、竹コースで1年D組の国木田歩君。文芸部所属で典型的な草食系文学男子。何が決め手になったんかは分からんけど、見た目が有栖川さんの好みに当てはまったんだろうか?お嬢様だからって、必ずしも高ランクを選ぶとは限らないみたいだな。

「それじゃぁ、これで依頼は果たした事になる訳だね。彼の詳細情報については、ちゃんとこっちの資料にまとめてあるから」

 岡はそう言って、国木田君の個人情報満載の資料を有栖川さんに差し出した。法的にアウトなんじゃないのかという突っ込みは、コイツに言っても無駄だろう。

「はい、有り難う御座います。では依頼料をお支払い致します」

 有栖川さんはそう言って、カバンから高級ブランドのお財布を取り出した。高校生なのにこんなお財布持ってるなんて、本当にお嬢様なんだなぁ~。

 まぁ、岡の作戦通り、上手い事話がまとまって良かったかな。最初はどうなる事かと思ったけど、すんなり終わってしまい、ちょっと拍子抜けしたかも。



 三日後。放課後に視聴覚室で駄弁っていたら、有栖川さんがやって来た。依頼は既に果たしているはずなんだけど、今度は一体何だろう?そう思っていたら、有栖川さんは困ったような顔をして、

「先日紹介して頂いた人なんですけど…、ダメですね」

 ダメ?それはつまり、有栖川さんの恋愛相手として、国木田君は相応しくないって事なんかな?すると岡が、

「ダメっていうのは、国木田君に何か不満があるっていう事なのかな?」

 そう尋ねると、有栖川さんは不満そうな顔をして、

「はい。何度か会話してみたのですが、男らしくないと言いますか、積極性に欠けます。私が質問した事には答えるのですが、自分から能動的に振る舞うという事が全く無いのです。同じ時間を共有する相手としては、ハッキリ言ってつまらないですね。彼とでは恋愛の駆け引きを楽しむ事が出来そうにありません」

 有栖川さんはそう言って溜息を吐いた。岡が調べた情報は私も見せてもらっているけど、国木田君って完全に草食系男子みたいだからなぁ~。しかも文芸部所属の人だし、男らしさを求めるとなると荷が重いのかもしれない。有栖川さんのお眼鏡に適う人ではなかったって事か。

「なるほど、事情は分ったよ。国木田君に不満があるという事なら、また新しい候補者を探すか、この前提案した別の人を選ぶって事になるけど、有栖川さんとしてはどうしたいのかな?」

 岡が有栖川さんに選択を迫ると、

「この前見せて頂いた他の人は…、ちょっと何なので、また新しい人を探して頂けませんか?新規で依頼料が必要という事でしたら、それは別に構いませんので」

 そう有栖川さんは、サラッと言いのける。さすがに大金持ちのお嬢様だけあって、お金に糸目を付けないって感じか。

「了解。それじゃぁ、また新しい人をピックアップして提案させてもらうよ」

 岡はそう、事も無げに言う。そんな気軽に引き受けちゃって大丈夫なんか?今度はどんな人を提案するつもりなんだろう?


 有栖川さんが去った後の視聴覚室。私達は有栖川さんからの追加依頼について打ち合わせを行う。

「新しい人を提案するって、誰かアテはあるんですか?」

 そう私が岡に尋ねると、

「ん~~、一応候補者は何人かいるよ。この前提案した三人の中から、有栖川さんは国木田君を選んだって事を加味して、ある程度は絞り込めるからね。それと、国木田君への駄目出しからも好みの傾向が分るよ」

 なるほど、そういう事なら今回も岡に任せちゃって大丈夫かもしんないな。まぁ、私は高みの見物とさせて頂こう。

 そんなのんきな事を考えていたら、思いがけない人物が現れた。

「あの~、諜報部っていうのはココで良いんでしょうか?」

 そう言って顔を覗かせたのは、1年D組の国木田歩君。え?何で竹コースの人が?と思ったら、国木田君は何やら照れ臭そうに、こう言った。

「ちょっと調査をお願いしたいんですけど…」


 国木田君が去った後、視聴覚室に何とも言えない、妙な空気が訪れた。

「まさか、国木田君から有栖川さんの調査依頼が入るとはねぇ…」

 深山がそう言って、苦笑いしている。岡も余裕を見せてはいるが、どことなく微妙な顔つきをしていた。

「これって、国木田君は有栖川さんの事を好きになってるって事ですよね?どうするんですか?有栖川さんの方は国木田君じゃ不満があるみたいですけど?」

 そもそもの依頼者である、有栖川さんへの恋愛相手として提案した国木田君は、有栖川さんの希望に添わない人だった。ところが、国木田君は有栖川さんの調査依頼を出してきた。これって、どう考えてもマズいよねぇ?

「う~ん…、まぁ、国木田君には希望通り、有栖川さんの情報を提供するしかないね。彼がそれ以上を望むようなら…、有栖川さんとの仲を取り持って欲しいなんて言ったら、それは断るしか無いけど」

 まぁ、そりゃそうだわな。しかし、有栖川さんの情報を提供するだけでも、ちょっといかがなものかと思うんだけど…。



 次の日。お昼休みに有栖川さんを視聴覚室に呼び出して、岡が作った新しいプレゼン資料を見てもらう。今回提案する人は、有栖川さんの希望を叶える事が出来るんだろうか?

 有栖川さんは資料をじっくりと精査している。前回よりも長時間考えているようだった。そして、

「決めました。今回はこの人にします」

 そう言って有栖川さんが指し示したのは、2年F組の仲村渠貴臣さん。水泳部所属で、運動も勉強もそつなくこなす優等生。水泳部ではエース選手で、『バルト海の悪魔』という異名を持っているんだとか。対人関係も良好で結構良い人なんだろうけど、こう言っては失礼だけど、ルックスが国木田君より見劣りするかな。

 岡が今回提案する人の中に、仲村渠さんを入れたのは意味が分らなかったし、有栖川さんがこの人を選んだのも、ハッキリ言って意外だった。何が決め手になったんだろう?国木田君との共通点が見当たらないなぁ。

「オーケー。じゃぁ、これが彼の詳細情報。今回は上手くいくと良いね」

 岡がそう言って、仲村渠さんの個人情報をまとめた資料を手渡す。有栖川さん、本当にこれで良いのかな?そもそも、諜報部が探してきた人を恋愛相手にするって事自体に無理があるんじゃないのかなぁ?

「はい、有り難う御座います。では依頼料をお支払い致します」

 有栖川さんはそう言って、またカバンから高級ブランドのお財布を取り出した。お金持ちだからなのか知らんけど、そう簡単にお金を使うのは止めようよ…。


 放課後。有栖川さんの依頼は既に果たしているけど、今日はまだ、もう一仕事ある。国木田君に有栖川さんの情報を提供しなければならないんだ。鉢合わせになるとマズいから、有栖川さんの方はお昼休みに片付けたという訳だ。国木田君は部活があるという事なので、私達は文芸部の部室に向かう。

 部室に入ると、文芸部の人達は何やら本を読んでいたり雑談をしていたりと、特に何かやっているって感じでは無かった。そもそも文芸部って、どんな活動をする部活なんだろう?でも、そんな私の疑問にはお構いなしに、

「国木田君、ちょっと良いかな?」

 入り口から岡が手招きすると、国木田君は少し照れたような顔をして応じてくれた。他の人に知られるとマズいから、一旦部室の外に出て、有栖川さんに関する調査資料を手渡す岡。

「これが依頼されていた有栖川さんの情報だよ」

 そう言うと、国木田君は少し顔を赤らめて礼を言う。

「ありがとうございます。えっと、それじゃぁ依頼料を…」

 国木田君はそう言って、財布を取り出した。しかし…、これってどうなんだろうねぇ?諜報部としては、国木田君の思いは通じないと分かっていながら、依頼料だけはちゃっかり頂くってのもどうかと思うんだけど。

「それじゃぁ、俺達はこれで。まぁ、頑張ってね」

 深山がそう言って、軽く国木田君の肩を叩く。無責任な事言っちゃってるけど、頑張りようが無いと思うんですけど。何だか国木田君が気の毒だなぁ…。



 二日後。いつも通り放課後に視聴覚室で駄弁っていたら、また有栖川さんがやって来た。何かイヤな予感がするんですけど…。

「先日紹介して頂いた新しい人ですけど、あの人もダメでしたね」

 またですか…。今度は仲村渠さんの何が不満だったんだろう?

「今回は、どういった事があったのかな?」

 岡がそう質問すると、有栖川さんは溜め息を吐き、

「良い人なんだとは思うのですが、自分語りが多いというか、自己評価が高すぎるというか…、我が強い人ですね。個性的という見方も出来ますが、ちょっと私が期待したのとは違うタイプでした」

 う~~ん…、やっぱ有栖川さんって、恋愛相手に高望みしているんじゃないのかなぁ?妥協をしないってのも悪い事じゃ無いけど、多少の事は目を瞑って、相手の良い面を評価するのも必要なんじゃないかと思うんだけど。

 そもそも、恋愛相手を諜報部に探してくれっていう、他人任せな考え方からして間違っていると思うんだけどなぁ~。

「なるほどね。それじゃぁ、どうする?また新しい人を探して欲しいという事なら、引き受けるけど」

 岡は何を考えているのか、有栖川さんから追加依頼を引き受けようとしているみたいだ。まさか、有栖川さんの事を金づるみたいに考えているんじゃないんだろうな…?

「そうですね。それでは、またお願いします」

 何の抵抗も無いのか、有栖川さんはアッサリと追加依頼を入れてくる。本当に、これで良いんかなぁ…?


 有栖川さんからの依頼はこれで三度目という事もあり、少しヒアリングをする事になった。岡はある程度分析出来ているのかもしらんけど、私には有栖川さんの好きなタイプがサッパリ分らん。

「具体的に何かリクエストがあるのなら、それを教えてもらえるかな?」

 そう岡が尋ねると、有栖川さんは

「そうですね…、頭脳明晰で学業優秀、運動もそれなりに出来る人が良いですね。容姿には特にこだわりはありませんけど、あまりにも見劣りする人はちょっと困ります。性格は温和で、それでいて何か情熱を持っているような…、将来に夢を持っている人が良いでしょうか。家柄は特にこだわりませんけど、下品で粗野な人は苦手ですね」

 う~~ん…、個人的な付き合いが無いからよく分らんけど、有栖川さん自身は魅力的な女子だとは思う。でも、だからといって、恋愛相手にこんなに多くを求めるのはどうだろう?それに、諜報部が探してきた人を恋愛相手に…ってのも、やっぱ根本的に無理があるよなぁ~。普通、そういうのは自然に出会って仲良くなって、そして恋愛に発展するもんなんじゃないんかなぁ?

「なるほどね。じゃぁ、そこら辺を踏まえて新しい人を提案させてもらおうかな」

 岡は澄ました顔で、そう言った。だから、何でこの男はこうなんかねぇ?まず、有栖川さんの考え方そのものがおかしいって事を指摘するべきなんじゃないんか?こんな訳の分らん依頼、もうこれ以上引き受けんでよかろうに。


 有栖川さんが立ち去った後、私は岡に詰め寄った。

「もうこれ以上は、有栖川さんの依頼を引き受けんでよくないですか?そもそも、恋愛相手を諜報部に探してくれっていう事自体がおかしいでしょうに」

 何て言うか、とにかくスッキリしない。有栖川さんの依頼に関して、私は特に労力を費やしていないけど、諜報部として動く必要があるのか、根本的に疑問を感じている。

「まぁまぁ城ヶ崎さん、有栖川さんの依頼はちょっと普通じゃないのは確かだけど、実現不可能な依頼じゃないから。特に断る理由も無いし、俺は面白いと思うよ」

 岡は平然と、そう言いのけた。だから、面白ければ良いとか、そういう話じゃないんだよ。有栖川さんには恋愛について、色々と考え直してもらうべきなんじゃないんか?

「そもそも、有栖川さんの恋愛観自体が変でしょ?諜報部に相手を探して欲しいとか、恋愛は勝負だとか、色々高望みしているのもそうだし。二人とも一応先輩なんだから、ここは教え諭してやるべきなんじゃないんですか?」

 私がそう言うと、深山に

「まぁ、城ヶ崎さんが言ってる事も一理あると思うよ。彼女の恋愛観は独特だし、相手を探すのを俺達諜報部に丸投げしているのもそうだからね。でも、諜報部の立ち位置としてはあくまで中立、依頼者から依頼が入れば、それが実現可能な内容であれば引き受けるってのが基本的なスタンスだからね。どう考えても実現不可能な依頼や、モラルに反する様な依頼なら断る所なんだけどねぇ」

 なんて言われてしまった。続けて岡が、

「城ヶ崎さんと有栖川さんの価値観の違いについてはどうしようもないよ。他人と違う事こそがその人の個性なんだから。大事なのは、先ず相手の個性を尊重し、理解してあげる事なんじゃないかな?」

 …毎度の事ながら、この二人と言い合っても勝てる気がしない。屈辱的だ…。

「君達、ちょっと良いかな?」

 ふと声を掛けられて振り向くと、視聴覚室の入り口に見覚えのある、特徴的な顔をした男子生徒が立っていた。…え?この人って、仲村渠さんだよね!?


 唐突に現れた仲村渠さんだったが、私のイヤな予感は的中した。

「今度は仲村渠から有栖川さんの調査依頼…か」

 深山がそう言って苦笑いしている。すると岡が、

「まぁ、情報を得た有栖川さんがターゲットに接触すれば、こうなる事は自然かもしれないね。有栖川さんは恋愛相手の候補者として相応しいか、品定め的に接触して来る訳だから」

 これって、国木田君に続いて仲村渠さんも、有栖川さんの事を好きになっているって事だよね?でも、有栖川さんはどちらも恋愛相手に相応しいとは思わなかった訳だ。どう考えてもマズいでしょ?これは。

「仲村渠さんの依頼、引き受けちゃってどうするんですか?本当に有栖川さんの情報を提供するんですか?国木田君の時みたいに」

 そう岡に聞くと、

「うん…、まぁ、情報提供だけなら問題無い…と思う」

 何か考えているのか、いつも飄々としている岡にしては、やけに歯切れが悪い言い方をしている。国木田君も仲村渠さんも、キッパリ有栖川さんの事を諦めてくれれば良いんだけど、そうならんかった場合…、一体どう収拾つければ良いんだろう?

「有栖川さんの依頼についても、どうするんですか?また新しい人を提案して選んでもらったとしても、やっぱタイプじゃないとか言う可能性がありますけど。同じ事を繰り返していたら、国木田君や仲村渠さんみたいな人がどんどん増えるんじゃないんですか?」

 このままじゃ、堂々巡りだ。有栖川さんが本気で恋愛したいと思えるような人に出会えれば良いんだけど、そうならんかった場合、有栖川さんに片思いする男子が無限増殖してしまうだろう。

「まぁ、変に話がこじれるような事になると困るけど、何とかなるんじゃない?たぶん大丈夫でしょ」

 岡は何を考えているんか、随分お気楽な事を言っている。たぶん大丈夫とか、楽観的過ぎるだろうが。一体これから、どうなっちゃうの?



 次の日。またお昼休みに有栖川さんを視聴覚室に呼び出して、新しいプレゼン資料を見て貰う。果たして、今回は上手くいくんだろうか?

 資料を見ながら熟考していた有栖川さんだったけど、何か吹っ切れたような表情を浮かべ、

「決めました。今回はこの人にします」

 と言って、資料を指し示した。今回有栖川さんが選んだのは、3年A組の高天原照彦さん。神秘学研究部の部長で、ルックスも良い方だと思うし、勉強も運動もそつなくこなして人間関係も良好らしい。ただ、神秘学研究部?って一体何をやっているんだろう?やっぱ、有栖川さんの選択基準が理解出来ない。有栖川さんは何を基準に選んでいるんだろう?国木田君、仲村渠さん、そして今回の高天原さん。この三人に共通点が見当たらんなぁ~。

「うん、じゃぁ、これが高天原さんの詳細情報だから。今度こそ上手くいくと良いね」

 そう言って、岡が高天原さんの詳細資料を手渡す。本当に、今度こそ上手くいって欲しいもんだけど…。

「はい、有り難う御座います。では依頼料をお支払い致します」

 有栖川さんはそう言って、またカバンから高級ブランドのお財布を取り出した。諜報部的に利益が出るのは良い事なんだろうけど、何かちょっと釈然としない…。


 その日の放課後。私達は仲村渠さんに、有栖川さんの情報を提供しに行く。東郷学園には屋内プールがあって、水泳部の人達は1年中、天気に関係無く練習出来るようになっているのだ。

 丁度休憩中だったらしく、仲村渠さんは他の部員とプールサイドで何かおしゃべりしているようだった。何か、バルト海がどうのと言っているのが聞こえた。

「やぁ、仲村渠君、ちょっと良いかな?」

 岡がそう、気さくに声をかけると、仲村渠さんはすぐに察してくれたらしく、おしゃべりの輪から抜けて駆け寄ってきた。満面の笑みを浮かべてはいるが、ピッチピチの競泳水着を着た男子が駆け寄ってくるのは、正直ちょっと引くな。

「調査依頼の件…だよね?持ってきてくれたの?」

 そう聞かれて、岡は有栖川さんの情報をまとめた調査資料をチラっと見せる。ちなみに、国木田君に渡した資料と全く同じ内容になっているのだが、別に手抜きという訳では無い。

「ここじゃマズいだろうから、更衣室の方に行こうか」

 さすがに海パン一丁の人に資料を渡しても困るだろう。岡なりに気を使ってあげてるんだと思う。私達は更衣室の方まで移動し、資料の受け渡しを行う。さすがに私は、更衣室の中にまでは入らんかったけどね。

 しかし、これで国木田君と同類が、また一人増えたのか…。先の事を考えると憂鬱だ…。

 岡と深山は、資料の受け渡しを終えたらしく、仲村渠さんと一緒に更衣室から出てきた。たぶん、依頼料も既にもらっているんだろう。

「じゃぁ、俺達はこれで。頑張ってね」

 岡がそう言うと、

「あぁ、ありがとう!」

 仲村渠さんは角張った顔を綻ばせた満面の笑顔で応えてくれた。だから、『頑張ってね』とか、そういう事を軽々しく言うんじゃないよ、この男は…。



 二日後。毎度の事なので説明するまでも無いだろう。また有栖川さんが放課後の視聴覚室にやって来たのだ。

「やぁ、有栖川さん。今日はどうしたんだい?」

 岡がそう尋ねるけど、もはや聞くまでも無いだろう。有栖川さんは溜息を吐き、

「先日紹介して頂いた人なんですけど…、またダメでした」

 と言った。また?一体今度は何が不満だっていうんだろう?もう訳が分からない。

「有栖川さん、今度は高天原さんにどんな問題があるっていうの?いい加減、少しは相手に合わせるというか、少しは妥協するっていうか、歩み寄ろうとする努力ってもんをせんといけんよ?こんな事を繰り返しちょっても何も進展せんよ?」

 堪えきれず、思わず口に出して言ってしまった。有栖川さんはというと、突然私にこんな事を言われたのでキョトンとしている。でも、こんな調子で恋愛出来ると思っているなら、本当にどうかしてると思うわ。

「まぁまぁ、城ヶ崎さん、落ち着いて落ち着いて。それで有栖川さん、今度は何があったのかな?」

 岡になだめられたけど、まだちょっと言い足りない。有栖川さんとは小一時間、じっくり話をしてみたいもんだわ。

「あ、はい。容姿や学業、運動能力に社交性といった辺りは問題無いのですが、色々お話しをしてみると、趣味嗜好が私とは合わないですね。独特の世界観を持っていると言いますか、個性的な人だとは思うのですが、これから先お付き合いする事を考えますと、深入りするのを躊躇してしまいます」

 まぁ、趣味が合わないなんてよくある話だわな。だけど有栖川さんに関しては、もうこれ以上振り回されたくない感じがある。趣味嗜好が合わない?そんなもん、少しぐらい我慢出来んの?高天原さんの情報は私も見せてもらっているけど、怪しげな部活をやってるぐらいしか欠点が見当たらない。怪しげな部活…、まぁ、そのぐらいは妥協してもらいたいもんだ。大体、そういう事を分った上で高天原さんを選んだはずだし。

「あのね、有栖川さん。そもそも趣味も性格も何もかも、100%相性バッチリの人なんて、そう簡単には見付からんもんでしょ?ちょっとは妥協して、とりあえずお付き合いしてみないと、本当にその人が合わない人なんかどうか分らんでしょ?何でそう結論を急ぐの?二日や三日程度コミュニケーション取っただけじゃ、その人の本質までは分らんでしょう?」

 岡の制止も構わずに、言いたい事をストレートに言ってやった。だけど有栖川さんは、先ほどと同じくキョトンとした顔をしている。自分の立場を何だと思っとるんだろう?大金持ちのお嬢様だから、世間とは感覚がズレているって事?何なんだろう?本当に。

 すると深山が、

「まぁ確かに、城ヶ崎さんの言ってる事も筋が通っているね。どうかな?有栖川さん。これで三度目だし、多少の事は目を瞑ってもらって、高天原さんとコミュニケーションを続けてみてもらえないかな?それで何か、心境の変化があるかもしれないしね。それで良いだろ?隆雄」

 そう言って岡の方を見る。

「うん…、そうだね。有栖川さんも、プロフィールを見た段階では、高天原さんの事を気に入ってくれたみたいだし。今回は、少し様子見してみてはどうかな?」

 とりあえず、岡と深山は私に同調してくれたか。後は有栖川さん次第なんだけど…。何か考えているのか、有栖川さんは指先を顎に当てて視線を泳がせている。しばしの沈黙の後、

「分りました。もう少し、高天原さんとコミュニケーションを深めてみます」

 と言ってくれた。意外と素直に応じてくれて、少しホッとしたかな~。とりあえず、同じパターンを三度も繰り返すのだけは避けられたか。後は、有栖川さんと高天原さんが良い関係になってくれれば良いんだけど…。



 次の日。シャーペンの芯が切れたので、お昼休みに購買に向かうと、偶然有栖川さんに出くわした。

「あら、貴方諜報部の…」

 そういえば、まだ自己紹介とか何もしとらんかったな。有栖川さんは私の名前も知らんのだろう。まぁ、名札を見れば分る事なんだけど。

「あ、どうも、1年B組の城ヶ崎です。有栖川さんも何かお買い物?」

 そう尋ねると、有栖川さんは微笑みを浮かべながら、

「ええ、この購買で販売しているカフェラテ。私、コレが大好きなんです。コレって、あまり余所のお店では見かけませんよね?」

 嬉しそうな顔をしながらそう言って、有栖川さんは手にしたカフェラテを見せてくれた。確かに、コンビニやスーパーでは見かけないメーカーの商品なんだよなぁ。一体どこから仕入れているんだろう?東郷学園の購買って、そういう所に謎があったりする。

「そう言われてみれば、確かにそうね。私もこの購買以外でそのカフェラテ、見た事無いなぁ~」

 ふと気付いたんだけど、有栖川さんはカフェラテを二つ持っている。一人で二つ飲むんかな?

「有栖川さん、それ二つ買うの?」

 余程気に入っているのかと思って、そう質問したら、

「はい。これからちょっと、高天原さんとお話しようかと思いまして。私の分と彼の分です」

 あぁ、なるほど。そういう事か。まぁ、良いんでないの?そういうの。一応、有栖川さんは、高天原さんとの距離を縮める努力をしているって事なんだろうな。

「そっかそっか~。今度こそ上手くいくと良いね~」

 私がそう言うと、

「はい。それでは、私はこれで」

 有栖川さんはそう言って、サッサとお会計を済ませ購買を後にした。あぁそうだ、私も早くシャーペンの芯を買わなくちゃ。有栖川さんに気を取られて、うっかり忘れるところだった。


 その日の放課後、例のごとく視聴覚室で駄弁っている時に、有栖川さんの事を岡と深山に話してみた。

「へぇ~、そんな事があったのか。有栖川さんも積極的に動いているんだね」

 岡が感心したような顔をして、そう言った。続けて深山も、

「良い傾向だね。これで上手い事、関係が発展してくれたら良いんだけどね~」

 そう言って頷いている。本当に、今度こそは上手くいって欲しいもんだわ。国木田君と仲村渠さんは気の毒だけど、とりあえず高天原さんとの関係が進展してくれれば良いんだけどねぇ。何度も同じパターンを繰り返すのだけは勘弁してもらいたい。

 そんな事を考えていたら、視聴覚室に新たな訪問者が現れた。

「諜報部の諸君、僕が高天原照彦だ!」

 …それは知っております。一体この人は何をしに、ここに現れたんだろう?イキナリ自分の名前を名乗るってのは新しいパターンだな。もしかしたら…だけど、国木田君、仲村渠さんに続いて、高天原さんも…って事かな?

 そう思っていたら、高天原さんは私を指差して、

「おぉっと、そこの君、僕に魅了されてはいけないよ。僕には心に決めた人がいるんだからね」

 …何を言っているんだろう?この人は。てゆーか、高天原さんって、こんなキャラだったのか。随分個性的な人なんだな~。やっぱ資料を見ただけでは、人の本質なんて分らないもんだ。しかし、こういう人だと分ると、有栖川さんに高天原さんとの交際を願うのは、ちょっとどうだろうか…?

 すると岡が、

「高天原さん、今日はどうしたんですか?何か諜報部にご依頼という事なら、お話伺いますけど」

 そう尋ねると、高天原さんは、

「そう話を急がないでくれたまえ。今回僕は君達諜報部に、極秘のミッションを与えに来たんだよ」

 何か知らんけど、上から目線で言われてる?まぁ、高天原さんは3年生なんだけど。

「君達諜報部に、ある人物を調査してもらいたい。その人物の名は…」


 高天原さんからの依頼は、まぁ予想通りというか、有栖川さんについての調査だった。これで有栖川さんについての調査依頼は三人目か。でも、これで話が上手くまとまれば、カップル成立って事になるんじゃないんかな?そうなれば有栖川さんの要望通り、恋愛相手が決まるって事になる。何やかんやあったけど、これでようやく終わるのか。

「有栖川さんの恋愛相手も、高天原さんで決まっちゃいそうですね。これで一件落着って感じでしょうかねぇ」

 私がそう言うと、深山が

「まだ有栖川さんの本心が分らないけど、上手くいけば…だね。有栖川さんが高天原さんにダメ出ししなければ良いんだけどねぇ~」

 確かに、そうなんだよな~。後は有栖川さん次第なんだけど、またアレがダメ、コレがダメなんて言い出さなければ良いんだけど…。ただ、今さっきのやり取りからも、高天原さんはかなり個性的な人だという事が分った訳だ。無理にオススメするのも気が引けるしなぁ…。



 あれから三日経ったけど、有栖川さんはどうなったんだろう?高天原さんには既に、有栖川さんの調査資料を渡している。二人の関係は順調に進展しているんだろうか?何の音沙汰も無かったので少し不安に思っていたけど、放課後の視聴覚室に有栖川さんがやって来た。

「やぁ、有栖川さん。高天原さんとは、その後どうだい?」

 岡がそう聞くと、有栖川さんはニッコリ微笑んだ後、

「やっぱりダメですね」

 と言った。はぁ、そうですか…。

「私に合わせようという努力は見えるのですが、根本的にズレていると言いますか、噛み合わない点があるのです。やっぱり私とは合いそうにありませんね」

 有栖川さんはそう言って溜め息を吐いた。合わせようという努力ってのは、多分私達諜報部が提供した有栖川さんの情報を基に、高天原さんが努力しているって事なんだろう。それをやってもダメって事は、本当に有栖川さんとの相性が悪いって事なんだろうか。まぁ、高天原さんはかなり個性的な人みたいだし、あまり強くオススメする訳にもいかんからなぁ。

「う~ん、そうかぁ~。それじゃぁどうしよう?また新しい人をこちらから提案した方が良いのかな?」

 岡がそう尋ねると、有栖川さんは

「そうですね。また、よろしくお願いします」

 結局こうなるんかい。国木田君もダメ、仲村渠さんもダメ、高天原さんもダメって、こんな事を繰り返していても、どうしようもないんじゃないんかなぁ?有栖川さんが満足する結果を出せるまで、一体何人提案すれば良いんだか…。


 有栖川さんが立ち去った後の視聴覚室、私達は打ち合わせをする。

「有栖川さんの希望を叶えられそうな人って、まだ他にもいるんですか?」

 そう岡に聞くと、

「いる事はいるよ。ただ、ストックが少なくなってきたから、もうそろそろ依頼達成したい所なんだけどねぇ…」

 岡はそう言いながらノートパソコンをカタカタと操作している。岡のデータベースは膨大な情報が集まっているけど、さすがにこんな事を繰り返していたんじゃ、いつかはネタ切れになるだろう。思い切って私は岡と深山に提案する。

「ちょっと考えたんですけどね、やっぱ有栖川さんの考え方を変えさせるべきなんじゃないんですか?恋愛観や人付き合いそのものを、もっと一般人に近づけるっていうか。ハッキリ言って、有栖川さんは特殊な人ですよね?」

 そう言うと岡が、

「確かに、そうした方が依頼実現度は高いだろうね。ちょっと俺が思ったのは、有栖川さんは今、恋に恋している状態なんじゃないのかな?って事。そうなると、どんな相手を提案しても、何かしら理由を見付けてダメ出ししてくる可能性が高いね。そうだとしたら城ヶ崎さんの言う通り、彼女の考え方をある程度誘導してやるのがベストなんじゃないのかと思うよ」

 なるほど、確かにそう言われればしっくり来る。有栖川さんは現状、誰か特定の男子を好きな訳じゃ無い。『これから好きになる相手を諜報部に探して欲しい』という依頼を出して来ている訳だ。恋愛感情が全く無い状態で、どんな魅力的な人を紹介したとしても、それが恋愛に発展するとは限らんだろうしなぁ。有栖川さんに『この人を好きになってね』って紹介するんじゃなく、有栖川さんに誰かを好きになってもらうより他に道は無いんじゃなかろうか。

「だとしたら、もうこんな事を繰り返していても意味が無いですよねぇ?どうにかして有栖川さんに考え方を改めてもらわんといけんですし」

 そう言うと深山から

「それじゃぁ、その役は城ヶ崎さんにお願いしようか。同学年の女の子同士なんだから、俺達から話すよりは彼女も共感出来るだろうからね」

 なんて言われてしまった。あうぅ、これは墓穴を掘ってしまったか?続けて岡も、

「それじゃ城ヶ崎さん、よろしく頼むよ。俺は一応、有栖川さんの依頼に対応しておかなきゃならないから。城ヶ崎さんが有栖川さんの考え方を改めさせてくれて、誰かを好きになってくれても良いし、考え方を改めさせた上で俺のプレゼンが効いてくれれば、今度こそ依頼は達成出来そうだね」

 まぁ、確かにそうなんだけど…。私に有栖川さんの考え方を改めさせるなんて事が出来るんだろうか?何か、一番面倒な役割を任されてしまったような気がするんですけど…。



 次の日。先ず私は、有栖川さんとの距離を縮めるべく、休み時間に1年C組へ行ってみた。今迄のやり取りと岡が作った資料で大体の事は分っているけど、有栖川さんがそもそもどういう人物なんかをもっと詳しく知る必要があるだろう。そして、有栖川さんに私の話を聞いてもらう必要もある。どうにかして仲良くならんといけんなぁ~。

 C組に入ると男子も女子も、それぞれグループを作って何かおしゃべりしているようだった。まぁ、こんな事はどこのクラスでも同じだろう。私は早速、有栖川さんを探したんだけど、C組のどのグループにもその姿は見当たらんかった。一体どこにおるんだろう?トイレにでも行っとるんかな?適当に近くにいる女子に尋ねてみる。

「あの~、有栖川さんってどこなんかな?」

 すると、その女子から

「有栖川さん?あの人なら、どこに行っているのか分らないけど、休み時間はほとんど教室にいないよ」

 なんて言われてしまった。う~む、困った。C組の有栖川さんはレアキャラだったんか。一体どこに行っとるんだろう?とりあえずトイレに行ってみたけど、有栖川さんはおらんかった。授業の間の中休みじゃ時間が足りない。またお昼休みにでも出直してみよう。


 お昼休み。手早く食事を済ませたら、再度C組に行ってみる。でも、やはり有栖川さんはC組の教室におらんようだった。あの人お昼はどうしてるんだろう?お弁当持参って感じはしないし、かといって学食も似合わないしなぁ。そういえば、この前購買で偶然会ったんだっけ。今日もいるかどうか分らんけど、とりあえず行ってみるかな。

 急ぎ足で購買に行ってみると、ここにも有栖川さんの姿は見当たらんかった。が、幸か不幸か国木田君に出くわした。

「あ…、諜報部の人…だよね?何かお買い物?」

 うぅ、何か気まずいな…。適当に挨拶してスルーしよう。

「あ、どうも。ちょっと人捜しをしてまして。それじゃ私はこれで」

 そう言って立ち去ろうとしたんだけど、国木田君に

「僕も有栖川さんを捜しているんだけど、どこにいるか知らない?」

 なんて言われてしまった。イヤ、私も今有栖川さんを捜しているんだけど、それ以前に、国木田君と情報共有する訳にもいかんのよね…。

「イヤ~、私は知らんね~。それじゃ、私はこれで」

 とりあえず誤魔化して、足早に購買を後にする。国木田君は、まだ有栖川さんの事を諦めとらんみたいだな。本当の事を教えてあげるべきなんだろうか?


 次に中庭に出てみる。東郷学園の中庭って、ちょっとした公園みたいに整備されていて、あちこちにベンチとか休憩スペースがあり、休み時間や放課後には多くの生徒がくつろいでいるのをいつも見ている。そんな中に有栖川さんがおらんかな?と思ったんだけど、ここにもその姿を見付ける事は出来んかった。

「やぁ、君は諜報部の人だよね?」

 そう声を掛けられて振り向くと、そこには仲村渠さんがいた。国木田君に続いて、今度はこの人か…。

「あ、どうも。こんにちは」

 とりあえず会釈すると、仲村渠さんは

「今ちょっと、有栖川さんを捜しているんだけど、君知らないかな?」

 なんて言ってきた。この人もか…。お願いだから、有栖川さんの事は諦めてくれんかねぇ?

「イヤ~、私は知らんですねぇ。それじゃ、私はこれで」

 そう言って、そそくさとその場を去る。仲村渠さんもまだ諦めていないんか…。これは厄介だなぁ~。このまま放置しといて大丈夫なんか?一応、放課後にでも岡と深山に相談しておこう。


 今度は図書室に来てみた。東郷学園の図書室は結構広くて、蔵書数も2万冊以上と、ちょっとした図書館並みの規模を誇っている。エアコンも効いているし、暇を持て余した人達には丁度良い場所なんだけど、ここにも有栖川さんはおらんかった。

「ヘイ、そこの君!」

 こんな場所で変な呼ばれ方をしたんでビックリして振り向いたら、そこには高天原さんが変な決めポーズを取っていた。この人、時と場所をわきまえないんか?

「あ、どうも。こんにちは」

 そう挨拶すると、高天原さんはこう言った。

「我が愛しき人、有栖川ありす君を捜しているのだが、君知らないかな?」

 またですか…。どうして誰も彼も、有栖川さん有栖川さんって言ってくるんかねぇ?もういい加減、諦めなさいよ…。

 そもそも、このややこしい事態を招いた有栖川さんは、一体どこに行っとるんだか。諜報部に恋愛相手を捜して欲しいなんて依頼を出すのもそうだけど、振った相手の後始末ぐらい自分でやれってーの。

「イヤ~、私は知らんですねぇ。それじゃ、私はこれで」

 そう言って、逃げるように図書室を後にする。こりゃ、放課後になんてのんきな事は言ってらんないな。今すぐ岡に電話してやる。


 岡と電話で話をしたら、相変わらずお気楽な答えしか返ってこなかったけど、岡の方は既に新しいプレゼン資料が出来上がっているとの事だった。つまり、私が早く有栖川さんの考え方を改めさせないと話が進まないって訳だ。でも、お昼休みには有栖川さんと接触する事が出来んかったからなぁ~。

 岡の話によると、有栖川さんには東郷学園でお気に入りの場所があるという話だったけど、実際そこにいるかどうかは分らんからなぁ~。部活にも入っていない有栖川さんが、放課後も学校に残ってその場所におるとは限らんし。まぁ行くだけ行ってみるか~と軽い気持ちで行ってみる。その場所は校庭の隅にある藤棚。今は花が咲く季節じゃないし、いる可能性は低いだろうな~と思ったんだけど、意外な事に有栖川さんはそこにおった。何を考えているんか知らんけど、藤棚を見つめながら何か考えているようだった。私が声を掛けると、

「あら、城ヶ崎さん…でしたっけ?」

 有栖川さんはそう言って、私と向き合った。こんな所で何をしていたんだろう?藤の花を見る季節じゃないし、誰かと待ち合わせ?だったら、私は完全にお邪魔虫だなぁ~。

「有栖川さん、こんな所で何してるの?今は藤の花の季節じゃないでしょ?」

 そう尋ねたら、有栖川さんは自然な微笑みを浮かべながら、

「私、この場所が大好きなんです。まだこの学園に入学したばかりの頃、満開の藤の花を見た時はすごく感激したものです。家にはこんな見事な藤棚はありませんから。お父様に、『うちの庭にも藤棚を作って下さい』なんておねだりしちゃいましたし」

 自宅の庭に藤棚をなんて、すごいおねだりをするんだな…。さすがは大金持ちのお嬢様だけはある。まぁとにかく、岡がプレゼンする前に有栖川さんと接触する機会を得る事が出来たのは幸いだったか。

 ただ問題なのは、どうやって有栖川さんの考え方を改めさせるか?という辺りだな。普通に私の話を素直に受け入れてくれるとは思えないし、かといって特にこれといった作戦も無いし。私の話術で有栖川さんの考え方を改めさせる事が出来るんだろうか?こういう事は岡や深山の方が得意そうなんだけどなぁ…。イチかバチか、ストレートに言ってみるか。

「有栖川さん、ちょっと私の話を聞いて欲しいんだけど。有栖川さんの恋愛観についてなんだけど、やっぱ根本的に間違っていると思うんよね。恋愛相手を諜報部に探して欲しいって依頼はハッキリ言って変よ。普通は自然に知り合って仲良くなって、友達になったりしながら恋愛関係に発展するもんじゃないんかな?今特に好きな人がおる訳じゃないのに、これから好きになる人を探して欲しいなんて依頼はおかしいと思うんよ」

 有栖川さんはイヤな顔一つせずに私の話を聞いてくれた。問題はこの後だ。私の意見を素直に受け入れてくれれば話は早いんだけど…。

 すると、有栖川さんは首を傾げて、

「う~~ん…、それが普通なのでしょうか?普通と言いますか、一般的な恋愛観なのですか?少なくとも、私の考えとはズレているように思えますが…」

 イヤ、だからズレてるのは有栖川さんの方なんだけど。何か調子が狂うなぁ。

「あのね、有栖川さんって今迄本気で誰かを好きになった事ある?いつもその人の事ばかり考えたりとか、会いたくてどうしようもなくなったりとか。最初に諜報部に来た時に『駆け引きを楽しみたい』とか言ってたけど、本気で誰かを好きになったらそんな事考えたりしないと思うんよ。恋愛はゲームや勝負じゃないんだから、余計な事は一切考えずに、ただその人を思い続けるような状態になると思うんよ。有栖川さんの『恋愛は勝負』とか、『駆け引きを楽しみたい』とかっていうのは、本当の恋愛じゃないと思うんよね」

 そう言うと有栖川さんは、

「それは城ヶ崎さんの恋愛観ですよね?それが恋愛の全てとは思えません。人の数だけ恋愛の形があるのではないのでしょうか。私の恋愛観と城ヶ崎さんの恋愛観が違っていたとしても、それは個性という事で何も問題無いのではないでしょうか」

 あ~~~~~~~っ!こん人まで岡みたいな事を言ってるし!グラグラするわ!

「あの~、ちょっと良いですか?」

 イライラがMAXになりかけた時、不意に知らない男子に声を掛けられた。何だろう?こん人は。名札を見ると、2年A組の藤枝さんっていうらしい。

「僕は園芸部の者なんですけど、これから藤棚の手入れをやりますので、おしゃべりは別の場所でやって頂けると助かるんですけど」

 あぁ、園芸部の人なんか。確かに、脚立や植木鋏を持っているし。とりあえず場所を変えるしかないか。

「有栖川さん、ちょっと場所を変えようか。手入れの邪魔をしちゃ悪いし」

 そう言ったんだけど、有栖川さんは私の言葉に耳を貸さず、何やら園芸部の人を見つめている。どうしたんだろう?すると有栖川さんは、

「園芸部の方…ですか?いつもこの藤棚の手入れをしていらっしゃるの?」

 そう聞かれた藤枝さんは、

「ええ、藤棚以外にも花壇や他の植木も手入れしていますよ」

 と答えながら、テキパキと脚立を組み立てている。有栖川さん、どうしたんだろう?何か、園芸部の人をジーっと見つめているけど。

「藤って、放っておくと蔓の方に樹勢を取られちゃうんですよ。だから適度に剪定して日当たりと風通しを良くしてやらないと、また次のシーズンに花が咲かなくなっちゃうんですよね」

 藤枝さんはそう言いながら、パチン、パチンと、剪定をやり始めた。しかし、この藤棚を一人で剪定するつもりなんか?何か大変そうだな。園芸部の他の部員はいないんかな?有栖川さんも同じ事を思ったんか、

「この藤棚、貴方お一人で手入れされるのですか?園芸部って、部員は何人いらっしゃるの?」

 そう質問すると、

「部員は僕一人なんですよ。高校生で園芸に興味を持つ人なんて、そうそういないでしょうからね。部員一人だと本当なら部活動としては認められないですけど、学園内の花壇や植木の手入れをするって事で、特例として認めてもらっています」

 そう言って藤枝さんは、照れくさそうに微笑んだ。何だか爽やかで好感持てる人だな。しかし、一人でやるっていうのは大変だろうなぁ~。藤枝さんの言う通り、園芸に興味のある人にしか務まらないだろう。

「有栖川さん、あっち行こう。ここに居ちゃぁ邪魔になるでしょ」

 私が再度促すと、

「…そうですね。お邪魔しましたわ」

 今度は素直に従ってくれた。さて、どこか適当な所に移動するか。


 適当な場所を探して中庭を歩いていたら、有栖川さんから突然こんな事を言われた。

「あの…、今諜報部に出している依頼なんですけど…、キャンセルします」

 は?何で急にそんな事を言い出すの?有栖川さんの真意が全然分からない。

「キャンセルって、どうしたの?急に」

 私の説得が通じたとは思えないし、一体何を考えているんだろう?訳が分からない。

「キャンセル料が必要でしたら、そちらはちゃんとお支払いします。その代わりに、新しい依頼をお願いしたいのです」

「新しい依頼って?」

 私がそう尋ねると、有栖川さんは

「先程の…、園芸部の方を調査して頂けませんか?」

 そう言った。え?さっきの藤枝さん?

「え?あの人で良いの?ついさっき、初めて会ったばかりでしょ?」

 そう聞いたら、有栖川さんは

「はい。何だかとても素敵な方でしたし。花を愛でる人に悪い人はいませんから」

 そう言って、ほんのり頬を染めている。まぁ確かに、藤枝さんはルックスも良い方だと思うし、悪い人には見えなかった。もしかして、一目惚れしちゃったとか?もしそうなら、恋に恋する状態から脱却出来たって事だよね?ここはこのまま流れに乗っちゃおう。

「そういう事なら、私から部長の岡に話しておくね。前の依頼はキャンセル、新しく園芸部の藤枝さんを調査するって事で」



 次の日、放課後の視聴覚室に有栖川さんを呼び出した。昨日頼まれた、園芸部の藤枝さんの調査資料を渡す為だ。

「お手数お掛けしまして申し訳ありません。有り難う御座います」

 岡が調査資料を手渡すと、有栖川さんはとても嬉しそうな顔をしてくれた。今迄のように岡がプレゼンした中から誰かを選ぶのとは違って、今回は自分から調査対象を指名してきたんだからねぇ。きっと本心から喜んでいるんだろう。

「藤枝は俺達と同じクラスだから、良いヤツだって保証するよ。彼女もいないみたいだし、今度は上手くいくと良いね」

 深山がそう言って、笑顔で親指を立てている。本当に、上手くいくと良いんだけどねぇ。

「はい。それでは依頼料と、前回分のキャンセル料をお支払い致します」

 有栖川さんがそう言って、また高級ブランドのお財布を取り出すと、岡が

「キャンセル料についてはサービスしておくよ。有栖川さんが自分で好きな人を見付けられたお祝いって事で」

 何言ってんだか、この男は。でもまぁ、訳の分からない恋愛観を持っていた有栖川さんが、能動的に藤枝さんの事を知りたいと思える様になったって事は、確かにおめでたい事だよなぁ。何が切っ掛けになるか分からんもんだねぇ~。これがちゃんと恋愛として発展して、相思相愛になってくれれば良いんだけど。何だかんだで諜報部は有栖川さんに振り回されちゃった訳だけど、今となっては成長結果を見届けられたって感じかな~。

 気掛かりなのは、国木田君達が有栖川さんの事をキッパリ諦めてくれるかどうかって所か。岡と深山は恋なんて一過性のものだなんて言っていたけど、こういうのは時間が解決してくれるものなんかねぇ?男心は私には分からん。まぁ、何かあっても岡と深山に任せてしまえば良いか。

 最初は訳の分からん依頼だと思ったんだけど、最終的には有栖川さんの成長に繋がったんだから、結果オーライか。私もこんな変な部活なんてやってないで、普通に恋愛でもしていたいもんだわ。

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