第2部5章 復讐代行屋、アデル・ヴァンダール
第87話 同族殺しの魔族を追って
「お久しぶりッス、アデルさん」
リックの件が解決して数日後。
俺とメイア、テティの三人はクレスに招かれ、ルーンガイアの王宮を訪れていた。
王宮の中に入るとフランがいて、いつも通りフランクな感じで接してくる。
「久しぶりってお前、昨日も《銀の林檎亭》に来てただろ」
「王宮では久しぶり、ってことで。いやぁ、王女様に王宮の部屋を充てがってもらったのは嬉しいんッスけど、やっぱり料理はメイアさんのが口に合うみたいッス。あ、また今日の夜もお邪魔していいッスか?」
俺は饒舌に喋るフランに嘆息しながらも、王宮の長い廊下を進む。
クレスの話によれば、今日はゼイオス王から話があるとのことだ。
クレスとゼイオス王の待つ部屋に向かいながら、俺はフランと言葉を交わす。
「そういえばフラン。盗みの被害者たちの割り出しをしてくれて助かったよ。サンキュな」
「いえいえ、何のあれしき。でも、良かったッスね。無事解決できたようで」
フランにはリックの一件について、盗難の被害に遭った者たちを捜してもらっていた。
幸いにもその者たちはすぐに見つかり、今度リックが直接会って謝罪をする予定になっている。
「それで、もう一つの頼んでいた方は? 何か進展あったか?」
「ああ、ようやく奴らも目を覚ましたんで尋問したんッスけどね。やっぱりどの人間もヴァリアスって奴のことは深くは知らされていないみたいッスよ」
「そうか……」
俺がフランに尋ねたのは《救済の使徒》の連中に関することだ。
シシリーの家族を含め、同族を手に掛けたというヴァリアス・ランダーク。
行方も目的も不明だが、マルクの時と同じく不穏な影を感じた俺はフランに情報を集めてもらうよう依頼していた。
シシリーの話によれば、地下水道で戦った機械仕掛けの魔獣、ガーディアンキマイラもヴァリアスの発明らしいし、《救済の使徒》にも何かしらの繋がりがあると見ていたんだが……。
どうにも、その方向からはめぼしい手がかりは手に入っていないらしい。
「にしても、何で《救済の使徒》の連中はルーンガイアの国民を攫ったりしていたんッスかね?」
「シシリーが言うには、《魔晶石》を扱える人間は限られるらしい。だから、ヴァリアスは《魔晶石》と適合する人間を集めようとしていたんじゃないかと思う。《救済の使徒》を通じてな」
「ふぅむ。そうなると……」
「ああ。『兵』を集めようとしていることになるな」
もっとも、ヴァリアスは駒として考えているのかもしれないが。
盗賊団の頭領アベンジオに声をかけていた件といい、ルーンガイアの王家を標的としているということなんだろうか?
俺が思考を巡らせていると、隣を歩いていたメイアも同じように解せないといった様子で呟く。
「でも、だとすれば何故ヴァリアスという魔族はルーンガイアの王家を狙うんでしょうか? 魔族の復讐、とはまた少し違うような……」
「わたしも、そう思う。マルクの時は魔族の復活のためにって言ってた気がするけど、ヴァリアスって魔族は仲間を殺していたんでしょ? それなのに、同族の復讐のために動いたりするかな?」
「そこなんだよな……」
メイアとテティが浮かべた疑問に同意したが、今ここで悩んでも答えが出ることはなさそうだ。
俺は頭を振って、話題を切り替えることにする。
「ところで、フランは今日の件について何か聞いているのか?」
「あー、それなんッスけどね。王女様と王様からアデルさんに頼みたいことがあるって言ってたッスよ」
「頼みたいこと?」
「はいッス。一緒になった時の方が良いだろうってことで、フランも詳細は聞いてないッスけど」
クレスとゼイオス王から頼み事か。ルーンガイアの王族からの頼みとなると、普通のことではないのだろうが……。
そんなことを考えながら歩いている内に、俺たちはクレスとゼイオス王の待つ部屋の前までやって来た。
ノックをして、中に足を踏み入れる。
「おお。アデル殿、それに他の方々も、よく来てくれた」
「ご無沙汰しております、ゼイオス王。お元気そうで何よりです」
「ハッハッハ。アデル殿のおかげで、な」
俺たちが部屋の中に入ると、ゼイオス王がにこやかに笑って出迎えてくれた。
窓辺にはクレスもいて、その傍に控えるような形で付き人のハリムも立っている。
ここ最近のルーンガイアで生じた事件について知る人物が集まっているようだ。
と、クレスが俺の元へと歩み寄ってきて、何故か頭を下げる。
「アデルさん、それに皆さん。先日の盗賊団の件、大変ご迷惑をおかけしました」
「迷惑? ああ……」
そういえば、先日執行したアベンジオは元王国兵なんだったか。クレスは、自分が追放した関係者が不始末を犯したと詫びているのだろう。
「別に迷惑でも何でもないさ。それに、クレスが気に病むことじゃない」
「いえ……。それでも、アデルさんにご負担をおかけしたことは事実ですから。本当に、アデルさんのおかげで事態が大事になる前に解決できて良かったです」
それに関してクレスには何の落ち度も無いと思うのだが……。
自分のこととして背負おうという意思が何ともクレスらしい。
やっぱり責任感ある王女様だなと、俺はそんなことを考える。
クレスから事の一件を共有されていたらしく、続いてゼイオス王からも頭を下げられた。報奨を渡すと言われたが、俺は貧民街の住人にでも渡してほしいと断りの言葉を告げる。
そうして、少し会話を交わした後――。
「さて、アデル殿」
ゼイオス王は改まった様子で俺に話しかけてきた。恐らく、今日俺たちを呼んだ用件についてだろう。
「今日はアデル殿に依頼したいことがあって足を運んでもらったのだ」
「はい。フランからも簡単に話は聞いています。私にできることだと良いのですが」
「いや、これはアデル殿にしか頼めん内容だろう」
「……?」
ゼイオス王はハリムに命じて、卓の上に大きな羊皮紙を広げさせる。それはルーンガイア全土を記す地図だ。
よく見ると、地図上の地名の一つに赤い印が付けられていた。
俺の隣にいたテティが背伸びをしながらその地名を読み上げる。
「あもんあす……?」
「《アモンアスの滝》。水が豊富なルーンガイアの中でも、特に豊富な水量が降り注ぐ滝です」
そう説明してくれたのはクレスだった。
クレスは赤い印の付いた場所を指でなぞりながら続ける。
「ルーンガイアの街に引かれている水路も、源流を辿ればこの《アモンアスの滝》に繋がっています。かつては自然豊かな景勝地で知られた場所なのですが、近年は魔獣の活発化もあって立ち入り禁止区域に指定されているのです」
「なるほど。つまりはルーンガイアの水の出処となる場所か。ここが何か?」
「実は、私の持つ【
「……ああ、なるほど」
クレスの持つ、極めて特殊なジョブだ。確か、抽象的ながらも未来が視えるというジョブのはずだが……。
場所が視えたというだけで調査に向かうというのは少し大げさな気もした。
「実は、視えたのは《アモンアスの滝》だけではなくて……。そこに、ローブを纏った白髪(はくはつ)の男の姿が視えたのです」
「ローブを纏った白髪の男? まさか……」
俺に向けてクレスがコクリと頷く。
先日の一件――アベンジオを執行した時のことはクレスにも共有済みだ。
無論、同胞殺しの魔族、ヴァリアス・ランダークのことについても。
「私の【
「かといって、《アモンアスの滝》は現在魔獣が活発化している地でもある。王国の兵たちでは力不足だろう。だから、実力のあるアデル殿たちに頼むのが最適だと考えたのだ」
クレスに続いてゼイオス王が説明する。
「地名が判明していると言っても、《アモンアスの滝》はかなり広大な水郷なのでな。実際に光景を視たというクレスが案内しなければなるまい。我としては、アデル殿が同行してくれるのであれば心強いことこの上ない」
言って、ゼイオス王は白い歯を覗かせる。
一国の王からそこまで信頼を寄せられるのはありがたいことだ。
ヴァリアスは王家に恨みを持つアベンジオに《魔晶石》を授けていたし、ルーンガイアの国民を攫っていた《救済の使徒》にも古代遺物を貸し与え、裏で糸を引いていた可能性もある。
王家としても見過ごすわけにはいかないだろう。
「急な依頼で無茶を言っているとは思う。だから、この話を引き受けるかはアデル殿にお任せしたい」
「いえ。俺としても、理不尽の芽は早めに摘みたいと考えています」
「おお、それでは」
「はい。この依頼、お引き受けします」
ゼイオス王の言葉に答え、メイア、テティとも今回の依頼について確認を行う。
場合によってはヴァリアスと遭遇する可能性もあるということで、同行するメンバーは戦闘が行える俺、メイア、テティに、案内役を買って出てくれたクレスの四人と定めた。
――さて、鬼が出るか蛇が出るか……。いずれにせよ、何が起きても良いようにしておかないとな。
俺はそう心に決めて《アモンアスの滝》へと向けて出発することにした。
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