第86話 一人の少年の顛末
「あ、アデル様」
貧民街の外れにある空き地にて。
あらかじめ取り決めておいた場所で、俺はメイア、テティと落ち合う。
「待たせてすまない。そっちは……上手くいったみたいだな」
「はい! テティちゃんのおかげでバッチリでした!」
「もう。それを言うならメイアのおかげだよ」
「そうか。こっちもアベンジオたち盗賊団は鎮圧できた。後でクレスに報告して兵を寄越してもらえばいいだろう」
二人の晴れやかな表情を見て、首尾よくいったのだろうと察した。
信じて送り出したことは間違いないが、それでも二人の無事な姿を見たことで、自分でも驚くほどに安堵したのを感じる。
「あれ、アデル? シシリーは?」
テティが獣耳を動かしながら辺りを見回すが、やって来たのは俺一人だ。シシリーの姿は無い。
シシリーはヴァリアスについて何か情報が入ったら教えてほしいと、そして、今は一人になりたいと言い残して俺の元を去っていた。
「シシリーのことは、後で話す。今はそれよりも――」
「……。そうですね。今はリック君のお母さんの元へ向かいましょう」
俺の様子から何かを察したようだったが、メイアは聞かないでくれた。
***
「母さんっ! しっかりして、母さんっ!」
リックの家へとやって来ると、外までそんな声が漏れてくる。どうやら状況は切迫しているようだ。
俺はメイア、テティと頷き合い、リックの家の中へと入る。
「お邪魔するよ」
「な、何だお前――あ、お前はあの時の……」
ベッドの母親に寄り添っていたリックが振り返ると言葉を詰まらせた。
昨日、ルーンガイアの城下町で出くわした連中だと気づいたらしい。
ベッドに臥せっているリックの母親は呼吸を乱し、顔は青白く冷めている。
「お前、何しに来たんだ! もしかして、オレが盗みを働いていたから捕まえにやって来たのか!?」
「君の事情は知っている。君がお母さんを救いたくて、アベンジオの奴に騙されていたってことも」
「な、何を……」
「説明は後でする。今は君のお母さんを助けることが先決だ。――メイア」
「はい、アデル様」
俺が視線を送ると、メイアが乾草(かんそう)に包んだアストラピアスの細切れを取り出す。
シシリーの言う通りなら、これでリックの母親にかかった呪いも解呪できるはずだ。
メイアが膝をつき、リックの母親の口にアストラピアスの身を含ませる。始めは意識朦朧として咀嚼するのもやっとという感じの母親だったが、次第にその効果は明らかとなった。
「う、ん……」
リックの母親が目を開ける。
顔には血の気が戻り、そして何より、腕からは蛇の刻印が消え去っていた。
「母さん?」
リックが母親の元へと駆け寄る。
場所を譲ったメイアの瞳にも涙が浮かんでいるのが見えた。
そして――。
「母さんっ……!」
リックは母親の胸元に顔を埋め、人目もはばからず泣き声を上げていた。
***
「本当に、ありがとう。アンタらのおかげだ」
「良かったですね、リック君。お母さんが無事で」
アストラピアスの身を食べさせたことで、リックの母親の容態はすぐに快復の兆しを見せた。
今は呼吸も落ち着いていて、この分なら問題はないだろう。
事情の説明を受けたリックは驚いていたが、今は母親の無事を喜んでいた。
「リック。君に渡したいものがある」
俺はリックと同じ高さに目線を合わせ、黒衣の外套から大きめの麻袋を取り出す。
麻袋はジャラリと音を立て、リックの手に渡った。
「それは、アベンジオたち盗賊団のアジトから回収した金品だ」
「え……?」
「その金品を自分のために使うか、それとも今まで盗みを働いてきた相手に返すか、それは好きにしろ」
「あ……」
「もし君にその気があるのなら、《銀の林檎亭》という酒場に来るといい。腕の立つ情報屋がいるからな。君が盗みを行った人たちを捜すこともできるだろう」
「……」
リックはその麻袋の重みを確かめるように、目を落とす。
「はは……。アンタら、お人好しなんだな。見ず知らずのオレのために、こんな機会までくれて……」
そしてリックは目元を拭い、顔を上げてはっきりと宣言した。
「ありがとう。オレ、ちゃんと盗んだ人たちに謝るよ。そのくらいは、自分でやりたい」
俺はその言葉に頷き、踵を返す。
そして、メイアやテティと共に《銀の林檎亭》への帰路につくのだった。
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