第81話 【SIDE:メイア&テティ】二人の少女の場合①

「どうですかテティちゃん。匂い、追えそうですか?」

「うん。リックのお母さんから感じたの、独特な匂いだったから。シシリーに聞いた情報もあるしね」


 アデル、シシリーと別行動を取ることになったメイアとテティは宵闇の中を歩いている。


 幸いにも目的とする場所はルーンガイアの国内にあった。恐らくはアストラピアスの群生地なるものがあり、リックの母親もこの場所に足を運んだのかもしれないと、二人は推測していた。


 呪いにかかったリックの母親から感じ取った匂い。それを頼りに目的となる蛇の所在を追えるテティが先導する形だ。


 街道から丘へ。丘から離れ、河川を辿り。


 結果的に二人はルーンガイアの外れにある深い森の中へと足を踏み入れることになった。


「メイアはさ」


 テティが行く手を阻む草木を掻き分けながら呟く。


「どう思う? あのシシリーって魔族のこと」

「シシリーさんのこと、ですか?」

「うん。わたし、ヴァンダールの王宮で会ったマルクって魔族からは強い敵意を感じた。他人を犠牲にしてでも自分の目的を叶えるんだって、それだけを考えているような気がして」

「……はい」

「でも、シシリーからはそんな雰囲気が感じられない。だから、魔族って何なのかなって」


 テティは前の方を見つめたままで言葉を並べた。


 恐らく魔族も一枚岩ではないということなのだろうとメイアは思ったが、テティに返す答えとしては相応しくない気がして、別の答えを返す。


「きっと、私たちと同じなんだと思いますよ」

「同じ?」


 テティはそこで歩を止めてメイアの方へと振り返った。


「きっと、千年もの時を生きていれば色んなことを見てきたんでしょうね」

「……」

「でも、根本的な感情……何かに喜んだり、怒りを感じたり、悲しんだり。もちろんそれは人によって違うものですが、魔族だからとか、人間だからとかで割り切れるものじゃないのかなって思うんです」


 メイアが微笑んで、テティは尻尾を一振りする。

 そして、テティは無垢な瞳を僅かに細め、自分の中である結論に達したようだった。


「……わたし、あのシシリーって人のこと、もっと知りたいな」

「そうですね。きっと、アデル様も同じことを考えていると思いますよ」

「アデルも?」


 少し予想外なことだと思ったのか、テティの耳がピンと立つ。


 そんな純粋な反応が可愛らしいなとメイアは思った。

 もっと言えば《銀の林檎亭》でよくしているように抱きしめたくなる衝動に駆られたのだが、今はそういうタイミングじゃないなと、ぐっと気持ちを押さえつける。


「アデル様は復讐代行屋として色んな人たちを見てきました。それこそ、救ってほしいと願う人も、悪いことを考える人も、たくさん」

「うん」

「私も傍にいて感じたのですが、アデル様って本当に人のことをよく見ているんですよね。それで、自分のことのように背負う強さを持った人だなぁと」

「……確かに」

「私を助けてくれた時もそうです。見て見ぬふりだってできたはずなのに、そんなことは微塵も考えなかったようで……。きっと、シシリーさんに対してもそうです。アデル様は真っ直ぐに向き合おうとしている。そういう真摯なところが、とっても魅力的な人だなぁって。私は思うんですよね」

「ふぅん。だからメイアはアデルのことを好きになったんだね」

「て、テティちゃん!?」


 突然放たれた言葉に、メイアは分かりやすく狼狽する。

 頬は紅潮し、急に上昇した体の熱を振り払うかのようにバタバタと手を振って。


 そんなメイアの不審すぎる行動を見て、何かおかしなことを言っただろうかとテティが可愛らしく首を傾げた。


「あれ、好きなんじゃないの? アデルのこと」

「そ、そそそ、それはもちろんっ! でも、改めて言葉にされると焦るというか、何というかでして……」

「アデルもそうだけど、メイアも不器用だよね。普段から押してるように見えて肝心なところで引いちゃうというか。何だっけ? フランが言ってたけど、ヘタレ?」

「フランちゃん……」


 今度はメイアが落ち込んで肩を落とす。そんなメイアにはお構いなしにテティの純粋な言葉が放たれる。


「アデルはお城を追放されてからずっと過酷な環境だったって聞くし、あれだけ恋愛事に疎いのも分かるんだけど。メイアが尻込みしてたらずっと気づいてもらえないんじゃない?」

「そ、それは確かに……」

「まぁ、二人で酒場をやってきた時間っていうのも大切だと思うんだけど、何か変化が無いとアデルは気づかないかもね。恋愛事にはびっくりするくらい鈍いし」


 随分な言いようではあるが、テティの言葉は間違っていない。いや、間違っていないどころか恐ろしく正しい。


 そんなテティを、畏怖を込めてメイアは見据えるのだが、当のテティはまたも真っ直ぐな言葉を続ける。


「頑張って、メイア。わたしも頑張るし」

「……」


 その言葉でメイアは察した。

 ああ、これは親子なんてとんでもない、と。


 深く感嘆し、そして不思議と嬉しくもなり、メイアがテティに対して問いかけようとしたその時だった。


「――っ。メイア、近いよ!」

「え?」


 突然テティが後ろを振り返り、駆けていく。

 どうやら風向きが変わったことでアストラピアスの匂いを感じ取り、その所在を把握したらしい。


 メイアは切り替えるように自分の頬を叩き、テティの後を追いかけた。


 そうして駆けること一分ほど。

 テティの足が止まって、メイアもそれに合わせて歩調を緩める。


「メイア、あそこ……」


 藪に隠れるようにして身を潜めたテティの一言。


 指差した方向を見やると、月明かりに浮かんで白い蛇――アストラピアスが這っていた。


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