第2部4章 救う者と裁く者

第80話 共闘へ


 夜――。


 貧民街の外れにいた俺たちの目の前に現れたのは、魔族の少女、シシリー・グランドールだった。


「し、シシリーさん?」

「あら。驚かれるなんて心外ね、メイドのお嬢さん。喚び出したのは貴方たちでしょう?」


 シシリーは紫色の瞳をメイアに向けて、頭の上に載せた魔女帽子を被り直す。


「喚び出した? じゃあこの石にはそういう力があったんだな」

「知ってて使ったんじゃないの? というより、よくその石の使い方が分かったわね」

「使い方を教えてくれなかったのはお前だけどな」

「ふふ、ごめんなさい。元々私が使って貴方を喚び寄せるつもりだったから。あの地下水道の時はちゃんとお話できなかったから、改めてお話をしようと思っていたんだけど、手間が省けたわ」

「……」


 ということは、突然俺がシシリーの元へ転送される可能性もあったわけか。

 なかなか衝撃的なことをさらりと言われた気がするが、それは置いておこう。


「それで? 執行人サンはどうしてその石を使ったのかしら?」

「お前に聞きたいことがあったんだ」

「ふぅん。もしかして私に興味を持っちゃった?」

「……」


 シシリーはからかい半分……いや、全部かもしれないが、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 しかし俺の反応が希薄で面白みに欠けたのか、すぐに「まあいいわ」と呟き、腰に手を当てる。


「もう一つ気になっていることがあるんだけど、何で執行人サンはその石の使い方が分かったの?」

「たまたまこの石を使っている人間を見かけたんだ。それで知った」

「《魔晶石》を……?」

「ああ」

「その話、詳しく聞かせて」


 それまでからかうような口調だったシシリーの声色が変わる。


 ――何だ? シシリーの目つきが変わったような……。


 仕方ない。どちらにせよリックの母親のことも話さなければならないし、事情を話すことにするか。


 俺はメイア、テティと視線を交わして頷き合う。

 そして、ここに至るまでの経緯をシシリーに伝えることにした。


「――というわけだ」

「なるほど。私を喚び出したのはそういうこと」


 話を聞き終えた後で、シシリーは目を細めて呟く。


 シシリーは俺が話している最中も黙って聞いていたのだが、何を考えているのかは分からなかった。


「《魔晶石》についてはその盗賊団の頭領――アベンジオって言ったかしら? とにかく、その男が絡んでいるということね」

「ああ。恐らくだが」


 シシリーは顎に手を当てて考え込んでいる。

 何を考えているのか気になったが、今はそれよりもリックの母親のことだ。


「それで、俺たちからお前に聞きたいのは一つだけだ」

「リックという子供の母親が受けたアストラピアスの呪い。それを解く方法があるのか、ということね」

「そうだ」


 シシリーは始めとは違って、真剣な眼差しを俺に向けていた。


「お願いです、シシリーさん。魔族であるシシリーさんなら、アストラピアスの呪いについて何か知っているんじゃないかと思ったんです」

「わたしからも、お願い。リックのお母さんを助けたいんだ」

「はぁ……。メイドのお嬢さんが言った通り、私は魔族なんだけどいいの? 貴方たちだって元いた国でマルク……魔族のせいでかなりの面倒事に巻き込まれたんでしょう?」


 シシリーはやや呆れたように言って、俺たちの顔をそれぞれ見やっている。

 しかし、シシリーが魔族かどうかは関係ない。今、俺たちに必要なのはリックの母親を助けるための方法と手段なのだから。


 それに……。


「俺にとって、お前が魔族だからとかは関係ないからな」

「……」

「頼む。もしリックの母親を助ける方法を知っているなら教えてほしい」

「本当に、貴方たちはお人好しね」


 シシリーはそう呟くと僅かに目を細める。それがどこか喜んでいるように見えたのは俺の気のせいだろうか?


 シシリーは一つ息をつき、そして語りだす。


「結論から言うと、呪いを解く方法はあるわ。それも、今すぐ実行に移すことは可能よ」

「――っ。それは、どういう……」


 俺だけでなく、メイアとテティもシシリーの言葉に食いついた。

 シシリーはそれを制するかのように、人差し指だけを上げて俺たちの前にかざす。


「それを教えても良いけど、一つ条件があるわ」

「何だ?」

「その盗賊団の拠点に案内してほしいの」

「盗賊団の拠点に? 何故だ?」

「そのアベンジオという男に、《魔晶石》をどこから手に入れているか聞きたいのよ。私の目的のためにね」

「……」


 シシリーが先程顔色を変えたのは俺が《魔晶石》を見たと言った時からだった。

 やはりシシリーは《魔晶石》について何かしらの因縁があるのかもしれない。


「一応聞いておくが、お前の目的というのは?」

「それは、盗賊団の拠点に案内してくれた後に」

「……分かった。それについては約束する。俺としても、あの盗賊団の頭領を許しておくことなんてできないからな」


 俺の言葉にシシリーははっきりと頷く。


「それで……。リックの母親にかかった呪いはどうやって解けばいい?」

「方法自体は簡単よ。アストラピアスの身は不浄を浄化する力がある。ならば、呪いにかかった者にアストラピアスの身を食べさせればいいわ。『蛇の道は蛇』という言葉の語源となったことね」

「しかし、それでは――」

「そうね。新しくアストラピアスの身を切った者が蛇の呪いを受けることになる。それじゃ同じことの繰り返しになるし、結局誰かを犠牲にする悪循環からは抜けられない」

「……」

「だから、かつて私たち魔族がアストラピアスの身を手に入れる時にはコレを使ったの」


 シシリーはそう言って、空中に手をかざした。すると、黒い渦のようなものが浮かび、シシリーはその中に手を差し入れる。


 黒い渦から抜いたシシリーの手に握られていたのは、赤い半透明の液体が入った小瓶だった。


「この中に入った液体を、身を切る前のアストラピアスに振りかければ良い。そうすれば第一段階はクリア」

「第一段階ってことは、次があるのか?」

「ええ。その液体が持つ効果は……呪いの具象化って言うと分かりやすいかもね」

「呪いの具象化……」

「そ。アストラピアスの呪いを形に変えたら、それと戦って打ち破るの。そうすればアストラピアスの身だけを持ち帰ることができるってわけ」

「じゃあ、その赤い液体を使って現れた奴を倒せば良いんだな」

「ふふ。でもその第二段階はそう簡単じゃないわよ。アストラピアスの呪いが具象化した姿は、貴方たち人間の基準で言えば危険度SS級の魔獣に相当するから。果たして勝てるかしらね」


 シシリーはそう言って、赤い液体の入った小瓶を投げて寄越す。


「どうするかは貴方たち次第。アストラピアスは独特な匂いを持つから、その獣人の子がいれば探すことはできるでしょう。とはいえ、私としては見ず知らずの親子のために危険を侵さなければならない義務なんて、どこにも無いと思うんだけど」


 試すように言ったシシリーの言葉に反応して、メイアが俺の手から小瓶を掴み取った。


「そんなの、答えは決まっています」


 メイアと顔を見合わせ、テティも決意の込もった表情で頷く。


「アデル様は、シシリーさんと一緒に盗賊団のアジトへ。アストラピアスの方は私たちが引き受けます」

「こっちは任せて、アデル。盗賊団だっていつまでも同じ場所に留まるとは限らないし」


 青と赤の瞳がまっすぐに俺を見つめる。それはまさしく二人の決意表明だった。


 リックの母親の容態を考えてもぐずぐずはしていられない。そのことを二人も理解しているのだろう。


「……分かった。俺は、この理不尽を作り出した輩を執行してくる」


 互いに頷き合い、シシリーからはアストラピアスの呪いと戦う際の注意点が教えられる。


 そうして、メイアとテティはアストラピアスの蛇を捜しに。俺とシシリーはリックを利用していた盗賊団の拠点へと。それぞれの目標を定めて俺たちは別れた。


「とても、いい仲間なのね。羨ましいわ」


 二人で盗賊団の拠点に向かう途中、シシリーがそんなことを言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る